第63話 スライムであってスライムではない
洞窟の中は、外よりも少しひんやりとしていた。灯りはないけど、壁全体がうっすらと光っていて明るいから、前に進むのに不便はない。
「へえ。ヒカリゴケか。洞窟の中が明るくなっていいな」
フランクさんが壁をこすると、指先が淡く光る。
「ヒカリゴケですか?」
「ああ。こういう洞窟によく生えてるぜ。これがないダンジョンだと、暗くて先に進めねぇこともある」
あぁ。そういえば初期マップのダンジョンはどこも明るかったけど、ある程度レベルが上がらないといけないダンジョンだと、
なるほど~。ダンジョンの中が明るいのは、ヒカリゴケのおかげなんだぁ。
ってことは、ヒカリゴケを食べるスライムがいたりして。
従魔にしたら、松明いらず!?
『試練の洞窟』はカールさんの言う通り、弱い魔物しか出てこない初心者向けのダンジョンだった。道も一本道で分岐していないから、そのまま真っすぐと奥へと進む。
途中に出てくるのは茶色い土スライムばっかりだったけど、私たちの方のレベルが高いからか、サッとよけて壁際でぷるぷるとしていた。
……うん。かなり可愛い。
でもそれをうっかり口にしちゃったから、カリンさんのスライム講座が始まってしまいましたよ。
「小娘。このダンジョンのスライムと普通のスライムの違いが分かるか?」
え~。違い? 違いなんてあるの?
私は逃げようとして壁にぶつかりながらぷるぷるしているスライムに目を向ける。
……どこにも違いなんて、ないように見えるけど。
「ふむ。勉強が足らんな」
いえ、別にスライム博士になるつもりはないから、勉強するつもりもないですけども……。
「ダンジョンのスライムにはな、匂いがないのだ」
「匂い?」
「うむ。そもそもスライムは結界の外に出て最初に取り入れた物によって変化する生き物だが、同じ土スライムでも、その土地によって微妙に匂いが違う」
「そうなんですか?」
「魔の森に生息するスライムとこの辺りの土地に生息するスライムでは、全く違う匂いがするぞ」
ほ~。匂いが違うんだ。
でもそれ。カリンさんにしか嗅ぎ分けられないんじゃないのかなぁ。
「だがダンジョンの中にいるスライムは、どれもこれも匂いがせぬ」
「なんででしょう?」
「ふむ。それを答える前に、小娘よ。ダンジョンの魔物を倒してそのままにしておくと、死体がどうなるか知っておるか?」
「えーっと。スライムが掃除するんじゃないでしたっけ?」
確か、そんな話を聞いた気がする。
「スライムのいるところでは、そうだな。だが強い魔物の生息する場所には、スライムはおらぬ。私も実際に見たことはないが。そのまま放置された死体は、いつの間にかダンジョンに吸収されてしまうらしいぞ。それに――」
言葉を切ったカリンさんは、腰に差してあった鞘から短剣を抜き、壁際のスライムに切りつけた。
ビチャッとスライムの表面が破れ、中から透明な液体が出てくる。
「カ、カリンさん!?」
「見よ。普通のスライムであれば、中身の土と水が出てくる。だがこれは、水だけだ」
「……土がないってことですか?」
スライムから流れた液体は、洞窟の地面にじわじわと染みこんでいって、やがて全て吸収されてしまう。
「緑のスライムであれば草と水だな。青の場合はどちらも水だから分からぬが……」
そういえば、エリュシアオンラインのスライムは青一色だったけど、倒すとたまに薬草を落としたんだよね。
あれが本来は緑スライムだったとしたら、食べた薬草が体の中に残っていて、倒すとそれが出てきただけってことになるのかも。
おお~。新発見だ!
なんでオオネズミが金の指輪をドロップするのか、っていう謎に続いて、スライムのドロップがなぜ薬草なのかっていう謎も解けたね。
「どうも、ダンジョンにいるスライムは、スライムであってスライムではないような気がする」
「スライムであって、スライムではない?」
それって、どういう意味だろう。
「つまり、本物のスライムではないということかな?」
私とカリンさんの会話を聞いていたアルにーさまが、逃げようとして壁にぶつかっているスライムを見て聞いた。
「うむ。興奮がないからな」
「興奮……」
意外な単語に、アルにーさまが水色の目を見開く。
匂い嗅ぐとか興奮するとか……。
なんていうか、もう本当にカリンさんって……。ちょっと……いや、かなり重度のスライムおたくだよね。
「こう、スライムを見た時の興奮というか胸のときめきが、このスライムを見ても一切ないのだ」
胸を両手で抑えるカリンさんは、乙女っぽいポーズをしてるんだけど、言ってる内容が変態です!
「これは私の仮説なのだが、ダンジョンの中の魔物というのは、実は本物ではなく、魔素による幻影ではないかと思うのだ」
「でも魔物を倒したら牙とか肉とか持って帰れるだろ? 幻影だと、それも消えちまうんじゃねぇか?」
そのカリンさんの説に、フランクさんが反論する。
うん。確かに、幻影だとしたら、ドロップした物も消えるはずだよね。
「だからまだ仮説なのだ。……むむむ。いつか解き明かしたいものだ」
そのまま先に進むと開けた場所に出て、そこには湖が広がっていた。
わぁ。これが地底湖……。
キラキラと輝く湖面に魚の姿は見当たらない。どうやら魚系の魔物はここにはいないみたいだ。
その代わりに青いスライムが湖の周りをぷるんぷるんと跳ねている。
おぉ。野生の青いスライムだぁ!
「おいおい、いつまで講釈たれてるつもりだ。スライムのことはもういいから、とっとと隠し部屋を見つけようぜ」
ダンジョンのスライムには興奮しないと言った割には突進しようとしたカリンさんの首根っこをつかんで、フランクさんは壁際を調べ始めた。
「くっ。放せ! 放せぇぇぇぇ!」
早く攻略しておいしいお酒を飲みたいフランクさんと、スライムの研究をしたいカリンさんでは、どうやらフランクさんに軍配が上がったみたいだった。
カリンさん。ここは、早いとこ隠し部屋を見つけましょうね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます