第41話 余興は必要

「スライムレースなのだ、じゃないでしょう? イゼル砦での賭け事は禁止なのを知らないわけじゃないでしょう? 一体何をやっているの」


 アマンダさんに怒られたカリンさんは、きょとんとしてアマンダさんを見上げる。


「賭け事などやっておらんぞ?」

「さっき、賭けろって言ってたじゃない」

「駆けよとは言ったが、賭けよなどとは言っておらぬ」


 う~ん。エリュシアの言葉は私には日本語っぽく聞こえるけど、多分、実際には違う言葉なんだと思うんだよね。なんていうか、耳から入ってくる音と、脳で理解する音が違ってるというか。


 たとえば『ルコの実』は聞こえる音からすると『ルコス』って呼ばれてるんだけど、私の頭の中では『ルコの実』に変換されちゃってるのよね。

 いわば、自動翻訳されてる感じかなぁ。


 ってことは、こっちの言葉でも『駆ける』と『賭ける』は同じ音の言葉なのかも。おもしろいね。


「一体どういうこと?」


 腰に手を当てたアマンダさんが見るのは、フランクさんだ。


「ちょっとした余興じゃねぇか。それにしてもこのスライムレースってのは面白ぇな。結界の外でもやれんのか?」


 アマンダさんの問いを無視したフランクさんは、カリンさんが作ったらしきサーキットコースを見る。


「うむ。ポーチを作る時に開発した技術を使っているのでな、結界の外でもこのスライムたちが変異することはない」

「なるほどなぁ。……というわけだ、アルゴ」

「何が、というわけなんですか」

「だからよ。とりあえず魔の氾濫が終わって平和になったんだから、こういう娯楽も必要なんじゃねぇかってことだよ。二年先のはずの魔の氾濫が起こったんだ。みんな不安なんじゃねぇか? これなら皆楽しめるだろ。それにな――」


 そこで言葉を切ったフランクさんは、、ニヤリと悪人のような笑みを浮かべた。その表情は、どこからどう見ても神官じゃなくて、どこかの山賊だ。


「キュアで魔物を懐かせられるなんていうのは、いずれ神殿の上の奴らにバレる。でも変異種の子供なんてそうそう見つからねぇだろ。そこでこのスライムの出番だ。手軽に手に入るし、スライムレースが流行れば需要も増える。今日のこのスライムは変異してねぇ普通のスライムだが、緑や茶のスライムも出せばレースはもっと面白くなる」

「しかし、賭け事は治安を悪くするんじゃないか?」

「だから神殿が関わるのさ。神殿内でやるスライムレースを見たけりゃ、見物人はお布施をしないと中に入れねぇようにすればいいだろ」

「いつから神官が商人になったんだ……」


 こめかみを押さえるアルにーさまの眉間にしわが寄っている。


 神官さんって、もっとこう、威厳があって皆に尊敬されてる人っていうイメージがあるんだけど、フランクさんにかかると、そのイメージがガラガラと崩れてきちゃうよね。


「神に仕えてるっていっても、霞だけ食って生きてるワケじゃねぇしな。先立つモンは必要だろ。それにカリンが神殿に関われば、キュアを覚えてたって問題ないしな」


 え?

 カリンさんがキュアを覚えてたら、問題なの?


 以前アマンダさんが言ってたけど、普通は神官としての修業を積まないと覚えられないものだから、本来は修業してないカリンさんが覚えちゃダメだったとか?


「まったく……。フランク神官が、どうせ覚えられないだろうからって、面白がってカリン博士にキュアを教えたのがいけないんですよ? 本来、神官でない者に聖魔法を教えてはいけないんですから」


 やっぱり神官以外がキュアを覚えちゃダメだったんだね。


 あ、でも私は神官じゃないけど覚えちゃってる……。一応、ゲームの時には、神官の職についてたからセーフかなぁ。


「だがよ、シモン。まさか神の加護を受けてないのに覚えられるとは思わねぇだろ」

「カリン博士はエルフですからね。元々神の加護を受けやすいんです。それにおそらくは、カリン博士の連れているスライムが聖水を糧(かて)としていることで、神の加護に近くなったのでしょうね。検証は必要ですが」


 ほむほむ。

 ということは、カリンさんがえーと、マクシミリアン二世くんを可愛がってたから、キュアを覚えられたってことかな。


「えっ。じゃあ私がキュアを覚えるのは無理ってこと?」


 シモンさんの説明を聞いていたアマンダさんが、頬に手を当てる。そしてスライムレースに出ていたスライムたちに目を向けた。


「かなり厳しいと思いますよ。ただ……」

「何か手があるの!?」

「カリン博士と同じように聖水のみを糧とするスライムを飼い、フランク神官とパーティーを組んだ状態で練習すれば、あるいは、と思いますね」


 なるほど。フランクさんはなかなかヒール飛ばしができなかったけど、パーティーを組んだらすぐに覚えたもんね。それならアマンダさんがキュアを覚えることも可能かも。


「ただ、可愛がるだけならば、特に従魔にしなくても良いのでは、と思いますが」


 シモンさんはそう言うと、意味ありげにフランクさんの頭の上を見た。


「きゅっ」


 そこには可愛らしいピンクのうさぎがいる。


「にゃあ」


 シモンさんは次にノアールへと目を向ける。その頭の上にはプルンがいる。


 ……もしかして、従魔って頭の上が定位置だったりして……。ノアールも、私がちびっこじゃなかったら頭の上に乗っかっていたんじゃ!?

 ま、まさかね……。

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