第36話 みんな一緒だよ

「そ、そうね。ユーリちゃんにはちゃんと家族がいるものね。……でも、どうやってレーニエ伯爵から逃げればいいのかしら」


 もし元の世界に帰れる可能性がゼロなら、アマンダさんと家族になってたかもしれない。でも、賢者の塔っていう希望があるから、やっぱり九條悠里っていう名前は捨てたくないの。


「ユーリちゃんは、クジョウっていう苗字が残っていれば、身を守る為に養女になってもいいって思うかい?」


 えっと……。それはどういう意味?


 私はアルゴさんの言っている意味が分からなかったから、続く言葉を待つ。


「でも、それだと、相手の家族の人に申し訳ないんじゃ……」


 だって本当は九條悠里なのに。

 九條の両親だけが私の両親なんだから、新しい家族ができても、仲良くなっちゃダメだと思うし……。


「だから、ユーリちゃんの両親が迎えに来るまでの仮の家族でいいから、僕の妹にならないかい?」

「アルゴさんの……?」

「そう。我が家はね、男ばっかりの兄弟で、うちの両親は娘ができたら凄く喜ぶと思うんだ。だから、ユーリちゃんがうちの子になってくれたら、家族みんな、大喜びするよ」


 ちょっと屈んだアルゴさんが、私と目を合わせる。

 優しい水色の瞳に、じっと見つめるこの世界のユーリが映る。


 やっぱり、こんなちびっこが一人で生きていくのなんて絶対に無理だよね。アルゴさんの言葉に甘えちゃって、いいのかなぁ。


「ずるいわ、アルゴ! 私の方が先に言ったんだから、うちの子になるべきよ!」

「でもアマンダの家だとクジョウの名前は残せないだろう? うちなら残せるからね」


 どうしてアマンダさんの家だとクジョウの名前を残せなくて、アルゴさんの家だと残せるんだろう?

 首を傾げていると、アルゴさんが柔らかく微笑む。


「貴族の場合は、家を残すために養子縁組をする事があるから、元の名前も残せるようになっているんだ。だから、もしユーリちゃんがうちの子になったら、ユーリ・クジョウ・オーウェンになるね」

「ユーリ・クジョウ・オーウェン……」


 なぜだろう。なんだか凄くその名前がしっくりする。


「ユーリちゃん、どうかな?」


 アルゴさんの優しい声が、心の中に染みこんでいく。


 ねえ、お父さん、お母さん、お兄ちゃん。

 私……この世界の家族を作ってもいいのかな……?

 仮の家族でもいいって言ってくれてるから、その言葉に甘えちゃってもいいかな……?


「あの……。でも、いいんですか? アルゴさんの家が貴族なんだったら、いきなりこんな身元不明の私なんて養子にしちゃって、大丈夫ですか?」

「貴族と言っても、我が家は自由な家風だからね。ユーリちゃんが気にすることはないよ。実は、こんなこともあろうかと、もう既に家族には話を通していたんだ。だから、はい。手を出して」


 言われるままに手を出すと、アルゴさんが私の左手の中指に指輪をはめる。

 ブカブカだからすぐ落ちちゃいそうだと思ったけど、指にはめるとすぐに私の指にフィットする大きさになった。


 これ……魔道具だ。

 よく見ると、金色の指輪には小さな青い魔石がはまっている。それを囲むように、鳥の羽が描かれていた。


「まったく……。いつの間にそんな物まで用意していたの? これじゃ私の出る幕なんてないじゃない」


 感心したような、それでいて呆れたような顔をするアマンダさんに、アルゴさんは爽やかな笑顔を浮かべる。


「そりゃあ、僕も、オーウェン家の一員だからね。誉め言葉だと受け取っておくよ」

「油断も隙もないわね。ユーリちゃんはうちの子にしたかったのに、本当に残念だわ」


 アマンダさんは肩をすくめると、私の指輪のはまった手をそっと両手で包みこんだ。


「ユーリちゃん、これはあなたがオーウェン家の者であることを示す指輪よ。大事になさい」


 ……という事は、もう私はアルゴさんの妹になったって事!?

 ええっ。アルゴさんってば、いつからこの指輪を用意してたの?


「正式な養子縁組は王都に行かないとできないけど、それでもその指輪を見ればユーリちゃんがオーウェン家の保護下にある事はすぐに分かるからね。あのレーニエ伯爵も、おいそれとは手出しができなくなると思うよ」

「そうね。アルゴの家はそれなりに名家だから、ユーリちゃんは思いっきりその権威を利用するといいわ。アルゴなら、ユーリちゃんを大切にすると思うし、安心して良いわよ」


 私がこの世界で一番信頼しているアマンダさんがそう言うのなら、きっと大丈夫だと思う。


 アルゴさんがお兄ちゃんかぁ……。なんだか、こそばゆい。

 アルゴさんがお兄ちゃんなら、アマンダさんがお姉さんで。お父さんはフランクさんかな。じゃあお母さんは誰だろう……?


 面倒見が良くて優しい人……あ、どうしよう。ゲオルグさんしか思い浮かばない。

 レオンさんは近所のお兄さんのポジションかなぁ。


 なんだかそう考えると、ちょっと楽しいね。


「あの……そしたら、ノアールとプルンも一緒でいいですか?」


 これだけはちゃんと聞いておかないと。ノアールとプルンは森に返してきなさいって言われちゃったら、絶対に嫌だもの。


 でもアルゴさんは一瞬水色の目を見開いて、それから優しく微笑んでくれた。


「もちろんだよ。ノアールもプルンも、ユーリちゃんの家族だからね。一緒にうちの子になればいいよ」


 良かった!

 ノアールもプルンも、ずっと一緒でいいって!

 本当に良かった!


「にゃ~ん」


 アルゴさんの言葉が分かったのか、膝の上のノアールが私に頭をこすりつけてきて、その拍子にノアールの頭から落ちたプルンが、私の膝の上でぷるぷると弾んでいた。

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