第32話 ぽんぽこ腹黒狸
いや、まあ、確かにあれだけ派手に魔法を使ったから、私の事が噂になるのも仕方がないけど。
ううーん。やりすぎちゃったかなぁ。
でもあの時は必死だったし。
どうしようかなぁと考えていると、肩に乗ってきたノアールが私のほっぺを舐めて「にゃぁん」と鳴いた。そしてノアールの背中に乗っていたプルンは、ぷるるんとノアールとは反対側の肩に移動して、私の頬にスリスリしている。
あはは。二匹とも、くすぐったーい。
「あら、ユーリちゃん。起きたの?」
ドアの開く音と共に、アマンダさんが朝食のトレイを持ってきてくれていた。
いつもは食堂でご飯を食べるのに、どうしたんだろう?
疑問に思っているのが顔に出たんだろうか。アマンダさんが「ああ、これね」と、手に持ったトレイを軽く上に上げる。
「あんまり顔を合わせたくない貴族が来るって聞いたから、避難してきたところなの」
貴族って……。もしかしたら……?
思わず窓の下を見ると、トレイを置いたアマンダさんもつられて下を見る。そして苦虫を噛み潰したような顔をした。
「うわ。レーニエ伯爵じゃないの。最悪……」
「お知り合いっぽいですね」
「実家の商会のお得意様なのよね。あんなとぼけた顔をしてるけど、かなりの切れ者よ。とりあえず顔を合わせなくて良かったわ」
「何かあったんですか?」
「後妻になれって迫られてるのよ」
「えっ、でもアマンダさんにはゲオルグさんがいますよね?」
「そうなの。だから断ってるんだけどしつこくて……。イゼル砦にはレーニエ伯爵の息子のランスリーもいるから、そっちからも断ってもらってるんだけど諦めないのよね。確かに普通だったら商家の娘が貴族に嫁ぐなんて物語になるくらいの大出世だし、かなりの資産家らしいけど、レーニエ伯爵って私よりも年上なのよ? それに私はゲオルグ以外と結婚する気はないわ!」
あわわわ。アマンダさん、声が大きいですってば!
案の定、レーニエ伯爵って呼ばれた狸っぽいおじさんが上を見上げた。慌てて窓から離れたけど、ばっちり目が合った気がする。
「まずいわ……。私は魔の森の調査に行ってることになってるのに、居留守がばれたかもしれない」
っていうか、確実にばれてると思います。だって目が合ったもん。しかも横にいたクルムってドワーフさんもこっちを見上げてた気がする。
何事も起こらないといいんだけどなぁ。
なんていう不安は、ばっちり当たってしまいました。
レーニエ伯爵が滞在している間はヴィルナさんに協力してもらって食事を運んでもらえば、部屋にこもってやり過ごせると思っていたのに、魔法の訓練だってセリーナさんから呼び出されて行ってみたら……。
――いました。ぽんぽこ腹黒狸が。
「どういう事かしら? ユーリちゃんの魔法の訓練だったはずだけど」
アマンダさんは地下の訓練場の入口で、腰に手を当ててセリーナさんを非難した。その姿はどこからどう見ても怒っているんだけど、でもその怒りに揺らめいている赤い瞳が、たとえようもなく魅力的だ。
「レーニエ伯爵は土の魔法の使い手でいらっしゃる。私では教えられない土の魔法を、わざわざ教えてくださるというのだもの。ありがたいと思いこそすれ、なぜそんなに怒っているのか分からないわ」
セリーナさんはアマンダさんの鋭いまなざしにもひるまず、綺麗な青い瞳でじっと私達を見つめている。その目には特にアマンダさんに意地悪をしようとかそういう悪意のようなものは見えない。
「団長に確認したの?」
「なぜ、確認しなくてはいけないの? 私はこの砦の魔術師長よ? わざわざレオンハルト様に聞かなくても、これは私の権限の範疇(はんちゅう)だわ」
「――お話にならないわね。ユーリちゃん、戻りましょう」
アマンダさんが踵を返して立ち去ろうとすると、それまで黙っていたレーニエ伯爵が呼び止める。
「そうすぐに帰らなくても良いではないか。久しぶりに会ったのだ。その麗しの顔(かんばせ)をもう少し見せてくれたまえ」
レーニエ伯爵にそう声をかけられたアマンダさんは、無言でポケットから紙を出して丸めた。前にも見たことがある、手紙代わりのパフボールだ。
パフボールは、アマンダさんが息を吹きかけると、すぐに白い綿帽子になって飛んでいく。
「すぐに団長がいらっしゃるから、麗しの顔をご覧になりたいのであれば、団長の顔をご覧になればよろしいと思いますわ」
「ははは。相変わらず気が強い。だがそこが良いと思わぬか、クルム?」
「ドワーフは従順な娘を好みますので……」
「気の強い女が私だけに従順になるのが良いのではないか。まったく、ドワーフ族は面白みがない」
くっくっくと、まるで悪役のように笑うレーニエ伯爵の横で、クルムさんは興味なさげにアマンダさんを一瞥して視線を逸らした。
むう。ガザドさんとお友達っぽいのに、クルムさんはなぜこんな性格の悪そうなレーニエ伯爵に仕えているんでしょうか。謎です!
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