第29話

呼び出し音が続き、緊張した。男性が「もしもし」と出た。羅弁護士かもしれない、と声から思ったが、

「羅弁護士はいらっしゃいますか?」

と聞くと、私ですが、と返ってきた。嬉しくて、

「羅弁護士ですか? よかった〜、私です………」

と弾んで言ったら、わかります、わかります、と弁護士も言ってくれた。日本人で、かつて離婚問題で事務所におじゃました者だという印象が残っていたのだ。手紙も書いていたし。

羅弁護士によると、5月いっぱいで前の事務所から、さらに台北の中心地に移転した、ということだった。電話をかけたのが6月20日頃だったので、ほんの少し前の引越だったのだ。

実にラッキーだった。あの録音のインフォメーションは、一定期間が経つと打ち切られるはずだった。

長くご無沙汰したことを詫びてから、

「私、今月29日に台湾へ行きます。その時、弁護士をお訪ねしたいんです。新しい事務所の場所も確認したいし…… 改めてお時間のお約束はお願いしますが、どうでしょう、会っていただけますか?」

と訊くと、いいですよ、と即答してくれた。あの白髪の下の温和な笑顔が見えるようだった。


6月末からの10日間航空券は、台湾の長栄航空(EVA AIR)で4万5千円だった。29日に関空を発ち、夕方には桂と待ち合わせ、夕飯を食べた。ふだんLINEやSKYPEで会話したり、顔を見合っているのに、自宅マンション階下のセブンイレブン前で久しぶりに生の母親を目にした10歳の娘は、少し決まり悪そうにはにかんだ。それに胸が疼いたが、嬉しくてぎゅっと抱きしめた。蘭とは正反対の薄い身体で、弱々しく、キュンとした。

桂の好きな麺の店で、翌日の相談をした。翌30日は終業式だった。台湾には日本のような終業式はないが、とにかく2ヶ月間の夏休みに入る前日だった。

また、台湾は9月始まりなので、一学年の終わりでもある。正午に放課するという。家族の者が校門まで迎えに行く決まりになっており、いつもはジャックが徒歩で出向くのだが、数年ぶりに桂が校舎から出てくる姿を見たくて、お帰り〜、と迎えたくて、早くから30日は私が行く、とジャックに許しを乞うていた。

桂はもしかしたら、クラスメイトたちがめったに見ない母親が来ていたら騒ぐとイヤだ、と言うかな、と案じたが、

「いいよ!!」

と喜んだ。そして、

「それから、ママのところに泊まってもいい?」

と目を輝かせる。離婚後、台北へ行く時の常宿にしているビジネスホテルを桂はたいそう気に入っている。自宅マンションからも小学校からも徒歩10分圏内で、内装もきれいだ。朝市も目の前に立つ。

「いいよ。じゃあ、学校へお泊りの用意持って行って、そのまま来る?」

と訊くと、そうする、と答えた。




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