第85話
懸案の書店勤務のみならず、以前は喜々としてやっていた日本語講師の仕事さえ億劫に感じ始めた12月。宮下さんの激励を受け、1月も本屋修行を続けると決めたが、実務上では似たような日々が過ぎていた。レジミスの恐怖感は勤務時間からはみ出し、私の生活全体を覆っていたし、プラマイ0にならなかった落胆や、店長や社員女史Sさんの過度な叱責や冷淡さに萎縮して、私は絵にすれば、しぼんだ枯れる寸前の花だったろう。
年を越し、5日間書店に入らないシフトにぶつかると、つくづく行くのが嫌になって来る自分が嫌だった。ノロノロでも前進すればいいが、エンストすると困る。なんとか走ってくれ、と祈った。
高瀬店長と接客に対する見解が異なる点も苦しかった。様々な接客業を経験したが、その基本は笑顔だった。丁寧な言葉遣いは社会人としても不可欠だが、笑顔で親しみのある応対をまず教えられた。
しかし、高瀬店長は、
「接客とは、お客様との勝負ですよ。」
と、私に釘をさすように言った。勝負? 何を戦うのだろう?
私がその書店で働いていて、店長が怖くて遣り辛い、と打ち明けた数人の知人が言った。
「う~ん…… 確かに。あの髭ヅラの背の高い男性でしょう? あの人、笑わないね。丁寧な言葉は遣うけど、ニコリともしない。ああいう商売なんだから、もっと朗らかな方がいいのに。」
ある日、
「君、サービス業界にいたんじゃないの?」(店長は標準語で話した)
とも責められたので、
「今までのサービス業とはここはちがう………」
と口ごもると、
「一緒だよ。どこも一緒。」
と叱られた。
でも、フレンドリーでなく、笑顔なしでなど、どうしてお客さんと対せよう。
そう言えば、スタッフたちは接客中、丁寧だが無表情だった。高瀬式ホスピタリティーを、同僚たちは受け入れていたのだ。
私は孤独感と、その店との相入れにくさを痛感せざるを得なかった。
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