第83話

話が逸れたが、私は高瀬店長の胸の内を知りたかった。それが宮下さんに手紙を書く最大の目的だった。

書店勤務は初めて。うっかりミスはやるし、レジの誤差も出す。「最初のうちは、みんなそんなもの」とスタッフたちは口を揃えて言うものの……会計を待つお客さんが10人くらいいて、スタッフ4人が対応していた時、運悪く私は店長の右隣りにいた。レジにたどり着くまでの間に消費税を加えたお買い上げ金額をお客さんに知らせるため、先輩たちに倣い、電卓を叩き、8%分をプラスした。そこで、私は、ストレートに四捨五入すればいいのか、小数点以下は切り捨てなのか一瞬迷った。

「さっさと四捨五入した額をお客様に伝えなさい。君は四捨五入もできないのかっ‼︎」

と、後頭部に店長の怒りムキ出しの罵声が降ってきた。

カーッと頭に血が上りやすい店長には、こんなふうに数回感情的に注意された。その目は嫌悪感に満ちているように見えたので、店長は私をクビにする決意を固めつつある、とか、店長は私を疎ましく感じている、とんだ荷物を背負い込んだと後悔している、と考えるようになった。店長に話しかけるのも、わからない事項の質問をするのも強くなり、極力避けていた。


宮下さんのロッカーに棒状の磁石で留めてきた夜は、待っていたがメールは来なかった。よって、こちらからメアドを教えたことが恥ずかしかった。恥ずかしい、と感じるのは、やはり宮下さんにほのかな好意を抱いていたからだろう。手紙の内容の返答や意見を求めるのではなく、彼のメアドを知って、距離を縮めたいとの甘い期待が根底にあったからだ。

ちょうど10歳年下で独身で穏やかな宮下さんと、仕事以外の話をしてみたいな、とかねてから思っていた。


しかし、宮下さんがメールで意見や感想を述べるとは、初めから思い描き難かったため、その通りになっただけでもあった。彼はそういうタイプの男性だった。それに、彼ともしもっと親しくなれたと仮定しても、だからどうしたい、というさらに将来の明確なビジョンがこちらにあるわけでもなかった。


翌日、午後3時半過ぎ、タイムカードを押し、帰る準備をしていた時、宮下さんがそそッとバックヤードに入って来た。ギンガムチェックの厚手のシャツ(彼の襟つきシャツの多くはギンガムチェックだった)と黒いエプロン、メガネの奥の切れ長の目は、変わらず少し照れくさそうに瞬きした。

「あの…… 昨日手紙いただいて僕が思ったことなんですけど……」

直立不動に近い姿勢だった。


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