第75話

高瀬店長夫妻以下、宮下さん、手嶋さん、市丸さんの男性3名と、柏木さん、南さん、社員のSさんの女性3名に私が加わった形だった。柏木さんと南さん以外は独身で、書店勤務がどっかり生活の中心に据えられる人たちだった。

ショッピングモールの開店時刻10時に同時オープンし、その閉店時刻に合わせて閉めるのが午後8時。

2シフト制で、早番が9:30~15:30, 遅番が13:00~20:00。面接時ではどちらでもOKと考えていたが、宮下さんが17:30退社だし(シフト時間の例外あり)、愛息COCOを想うと、遅番は避けたくなった。第一、早番の実働5時間だけで十分疲労を感じたからだ。動いた分だけ腰痛はひどくなり、ファストフード店で傷めた右腕は、何もしなくても痛みがあるため、スタート地点からペナルテイを課された状態ではあったし……


ダンボール箱に返品可能な書籍や雑誌、コミックを詰め、荷作りする作業は、一見最も重労働だが、私にとって極めて致命的だったのは、平積みの棚に向かった中腰での作業だった。軽い物ならいい。『ポップティーン』とか『ベストカー』とかNHKテレビやラジオの各講座本とか。

強敵は、主に女性月刊誌である。『家庭画報』やら『STORY』やら『MORE』やらが7〜8冊まとまれば、女の細腕には相当キツい。ターゲット年齢層、ジャンル、ライバル誌、発売順、在庫数などを総合的に考えながら、入荷がない日曜日以外、周囲を見渡し、本を上げ下ろし、中腰でごそごそ場所を入れ替えていると、傷モノの腰や右腕が喜ぶはずはなかった。


また、パート要員になってわかったのは、幼い子がいるお母さんとか、掛け持ちで働きたい人を重んじて「月15~20日出勤出来る方」と求人ポスターに表示されていたわけではなかった。出勤希望表に、4~5日しか✖️を入れなくても、店長夫人が作成するらしいシフト表を受け取ると、私や、既婚者で同じ早番の柏木さんや南さんは、だいたい月16~18日間しか組み込まれていなかった。社員の宮下さんとSさんだけはオフの方が際立って少なく、宮下さんにおいては、休日は日曜日のみだった。

柏木さんたち2人はご主人という主軸がいるし、ちょうど良い加減かもしれないが、私は自分が名ばかりでも一応‘大黒柱’なので、このままではいけない、という焦りは拭えなかった。


しかし、この種の悩みは、出勤のたび直接襲いかかる脅威に比べたら、安らかなものだった。

11月、真面目でシャイで親切な宮下さんの手ほどきを受けていた間は、保護者に守られた未成年者みたいで、立場上ずいぶん楽な位置にいられた。研修8日間のリミットを気にしつつも、新しい、専門的な、それも大好きな本を相手にした仕事を覚えていく躍動感もあった。

が、どこの職場でもある〝人間関係〟の煩わしさが、やはりここにもあったのだ。

手嶋さんはバーテンダーみたいな風貌と雰囲気があり、カタイ書店勤務にはいささか向かないように見えたが、女性顔負けのソフトなものの言い方と声が特徴。人当たりも非常にソフト。30歳前後。

大学を卒業して2年目の市丸さんは、生意気な印象を受けた。南さんは、彼が苦手だと打ち明けたが、口は悪いとはいっても、新人の私にはいろいろ仕事のコツとか、店長が特に嫌うミスとか、困った時は僕のせいにしたらいいです、みたいな崖っぷち対策まで伝授してくれた。

柏木さんと南さんはいずれも優しく、女性や母親としての話題も尽きなかった。

総じて、同僚には恵まれていたが、Sさんだけが私の前に立ちはだかった。店長夫妻以外、年長者に対してもほとんどタメ口をきく彼女。20代後半だろうか。私の方が職場では若葉マーク付きの後輩ゆえに、タメ口でも構わない。そういうヒトなのだ、と認識すればどうってことない。

だが、勤務を重ねて行くうちに、Sさんは私にだけ冷ややかなのが明らかになった。他の同僚に対して、確かに態度はデカいが、笑ったり、ジョークを飛ばしたりしているのに。

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