第三十二話 艦長、告白です。
「さあ、着きましたよ姫」
「ハッ……まさか、手錠つけて里帰りするとは思ってなかったわよ」
体裁を気にし、紳士のように振る舞うディオスに連れられて案内された中世の洋城……。
本来ならばホッとするような我が家のはずが、今のカグヤにとっては豪華な牢獄にしか見えなかった。
「で、一体どこに連れていくのよ」
「ローメニアの三帝貴族が、今後のあなたの処遇について話し合いたいとのこと……」
「ふーん、三帝貴族だか四魔貴族だか知らないけど、悪態ついてスパッと処刑でもされちゃおうかしら?」
自分の重要性を知る上で、ディオスに対してそんな煽りをするが、ディオスは一切顔色を変えることはなかった。
「例え禁固刑だろうと斬首刑だろうと、ここに着いた時点であなたの身は私の一存でどうにでもできる……つまり、私はもう何も恐れることはないのだよ」
「ようやく参られたか、ディオス卿」
「申し訳ないウルカ卿、まだ彼女も反抗の意思があるようで、連れてくるのに手間取りました」
「ディオス卿、洗脳されているとはいえ、その方は我らローメニアの姫君……あまり粗相のある扱いは控えたほうがよいと思うが?」
「そ、それは……そう──」
ウルカ卿の放つ圧力に負けそうになるディオスだが、間を割って入るように、貴族らしからぬ格好の大男が話に割り込んでくる。
「黙れウルカ、このクソ女は俺のアルレウスをぶっ壊したんだぞ!? 王女だかなんだかしらねぇ、体売って修理代稼ぐのが筋ってもんだろ!」
「ブラム貴様! 姫に向かってなんと言う事を! そのような腐敗した筋、私が切り裂いてくれる!」
「あぁ!? テメェだってさっきの戦いでコイツの艦落とそうとしてたじゃねぇか! 所詮テメェは俺と同じなんだよ、ギャハハハハッ!!」
「くっ、この狼藉者が!」
ブラムの態度に怒りで頭に血が上ったウルカは、腰に取り付けられた鞘から剣を抜き、ブラムもそれに対して懐からナイフを抜く。
自身の国の中核の有り様を見て、呆れ半分にディオスへ再確認を取る。
「アンタ……ホントに何も恐れることはないんでしょうね? ここ出る前に私死ぬかもしれないわよ?」
「だ、大丈夫さ、この私の計画が、は、破綻することなんて……ない、はずさ」
「斬る!」
「殺す!」
「そこまでだ、二人とも。君達二人が重傷でも負ったら、これから攻めてくる相手に僕は一人で戦わなくてはならないじゃないか」
刃を持つ二人を止めたのは、中央の席で沈黙を続けていたアルゴであった。
「アルゴ卿、しかしこやつは──!」
「君が逆上して姫の乗るエーテリオンを攻撃したのは事実だ」
「それは……弁明の余地もない」
「ブラム卿、アルレウスがやられたのは相手の行動を察知できなかった君の責任だ。私とウルカ卿は察知したからこそ艦に一つの痛手も負ってはいない。それに、今回は彼女の今後を話し合う場だ、君がどうしたいかもそこで話せばいい」
もちろんアルゴもウルカも、カグヤの行動を予知して艦を停止させたり、後退させたわけではない……が、ブラムを止めるには自己責任であると思わせるのが手っ取り早いと考えたアルゴは、彼に対してそう話す。
「……チッ、わかったよ」
「わかってくれて助かります。ディオス卿、場の準備ができましたよ」
「すまないアルゴ卿……それでは話し合おうか」
アルゴによって整えられた場で、ディオスは口を開いた。
……一方その頃
「さて、これからどうするかだな……」
ローメニアから少しはなれた星々の影で、Rエーテリオンメンバーは今後の事について教室で話し合っていた。
「正面突破はやっぱり無理なのか?」
「ローメニア星には戦艦もEGもアモールも製造炉も、前回の比ではない程存在する、貴様であっても多分無理だ」
「飛鳥さんで無理ならまず無理ですね、諦めましょう」
「諦めちゃダメだってば……」
「とは言われても……艦長がいないと、艦が動いても、エーテリオンのピーキーなバスター砲改めブラスター砲は撃てませんし……」
二隻が合体することによって完成したエーテリオンの戦略兵器であるエーテリオンブラスター(命名者カグヤ)はそのパワー故に、ここにいるメンバーどころかアルテーミス艦長であったジャンナですら発射するのは困難であった。
「先に例のブツが封印されてるところに先回りするとかはどうだ?」
「いや、あそこはローメニアからそんなに離れてはいない……すぐに全勢力を投入されて負けるだろう」
「うーん……」
その後も、歌で解決しようだの、敵味方を全滅させるような古代兵器を探そうだの、夢オチにしようだの、訳のわからない討議を繰り広げる面々。
そんな中にいるのが耐えられなくなったのか、一人が教室から姿を消した。
(相馬さん……?)
その事に気がついた貴理子も、辺りを見てからコソッと教室から抜け出し、その背中を追う。
「相馬さ──」
「来るな!」
「え……?」
「知っていたのか?」
「な、何を……?」
「とぼけるな! 私がお前よりも弱いと言うことを知っていたのかと聞いてるんだ!」
「それは……」
感情をあらわにして吠える相馬に、思わず貴理子は言葉を詰まらせた。
……数ヵ月前
「貴理子さんは能力が一番高いですが、副隊長をお願いします」
同じメンバーのはずが、何故かEGの成績表を片手に持ちながら自分に接する命に、小首をかしげながら聞き返す。
「副隊長?」
「はい。艦長に全部の隊長が女だと、なにかとバランスが悪いと言いますか、男女間で格差が生まれてしまいますので、副隊長です」
「たしかに……そう言うことならわかった、やろう」
「助かります。一番二番の副隊長を隊長にすると問題が増えそうなので……あ、言い忘れてました」
「なんだ」
「赤城相馬さん、メンバーで一番弱いんで守ってあげてください」
「赤城相馬……わかった」
顔写真付きの電子成績表を貴理子に見せると、その名前を呟いた彼女は、笑顔でそれを引き受けた。
……
「知って……いました」
「ッ! やはりそうか、君は私の事をいつも道化だと心の中で笑っていたのか、神野飛鳥と同じように!」
「そんなことはないです!」
「信じられるか……もうなにも──」
その場から闇を抱えて立ち去ろうとする相馬だったが、その手掴まれて歩みを止める。
「信じて……ください」
「……貴理子」
「相馬さん、ここで初めて会ったときの事を覚えてますか?」
「……すまない、覚えてない」
「私は……覚えてます。相馬さんが声をかけてくれたときの事……誰とも馴染めずに一人でいた私に声をかけてくれたのは相馬さんでした……」
当時の貴理子は中学校時代、その趣味故のイジメを受けた後だった事もあり、エーテリオンの他の仲間とは馴染めずにいた。
他の生徒からまたイジメられたらどうしようか? そんなことばかりを考え、誰とも話すこともなく、1人うつむいたまま席に着いていた。
そんな彼女に声をかけたのが相馬であった。
「君はまともそうだな、私の補佐をしてくれないか、って……すごい声の掛け方でしたけど、その時の私はとっても嬉しかったです……その日から私は相馬さんのことを尊敬してきました。例えパイロット技術が劣っていても、いつも全力で何事にもぶつかっていく貴方の事を!」
「貴理子……」
「私にとっての主人公は、ずっと赤城相馬ただ一人です……だから、一度失敗したからって逃げないでください……また全力で戦ってください、ずっと尊敬できる存在で居続けてください! 私は、貴方のことを忘れたくないです、嫌いになりたくないです……好きでいたいんです!」
「…………」
相馬は無言のまま無重力で浮いていた足を地面に着け、足先を涙を溢したままうつむく彼女へと向けた。
「……重いな、その言葉は」
「──ッ!」
嫌われた、と感じた貴理子はその肩を小さく揺らし、空いた片手で熱くなる目元を押さえようとする。
──しかし、その手は目元へと向かう前に、相馬に掴まれてしまう。
「だから、一緒に背負ってくれないか? 私が私でいられる為に、これからも一緒に……」
「…………っく……はい!」
悲しみと喜びでクシャクシャになった顔を相馬に向けて、貴理子は涙混じりに心の底からわき出る笑顔を見せた。
「恋の歴史に、また1ページ、っと…………私もそろそろ仕掛け時ですかね……」
影から覗いていた少女は、ゆっくりとその場から立ち去ると、その胸に思い人の姿を思い浮かべる。
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