第二十七話 艦長、主人公です。
「……ん? ハッチが──引き渡す気になったか……」
(男の方はここから落としてしまえばいいか……)
「さあ、姫をこっちに渡せ!」
「……ああ、わかった」
高高度の中ハッチを解放すると、そこから生身のカグヤと飛鳥が姿を現し、ティーラルキアの手の上に向けてゆっくりと歩き出した。
素直に応じる相手を見て、この先の未来も知らない少年に対し嘲笑の笑みを浮かべるカイセル。
──だが、先の未来を知らないのはカイセルも同じであった。
「──お前達には絶対に渡さない」
「おまっ──バカなっ!?」
ティーラルキアの腕に立った飛鳥は、カグヤを強く抱き寄せたまま空へと身を投げた。
その予想外な男の行動、最重要の鍵である姫の安否、そして姫を無事確保できなかった時の自分への処遇等が頭の中で一斉に駆け回り、カイセルは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「あと、そいつは俺からのプレゼントだ──あばよ相棒……」
「早く救出を──エーテリアスからエーテル反応!? これはまさか──!!」
設定した時間になり、機体に搭載されたエーテルエンジンが自動的に臨界を超える稼働を始め、そして──
ドオオオォォォォォーン!!
ティーラルキアの腕に掴まれていたアマツは、強烈な爆発音と衝撃を起こし、自爆した。
「くっそぉぉぉーっ!! 鍵を無事届ければならないというのに、こんな事をしてティーラルキアを傷つけられると思っていたのか!!」
自爆する機体を手に持っていたにも関わらず、その腕は焦げ付いているものの健在であり、血走った目でカイセルは確保すべき目標と、倒すべき目標を探す。
しかし、カイセルが最初に目にしたものは二人ではなく、見たことのない白のEGであった。
「ナイスだぜ、命、繁先生──来い、俺のアマツ!!」
ただ、入力された位置へと射出されただけの機体は、飛鳥の声に反応したかのように、両手を使い、解放していたコックピットに二人をゆっくりと入れる。
「アレは……バカな、機体を外部からエーテルで操作するなど、能力に長けたローメニア人でも難しいというのに!!」
「これは……?」
「アルテーミスに一機だけあった予備のアルテリアスに、アルテーミスのエーテル製造炉とか言うので繁先生が作り出した装備を換装させた……それがアルテリアス──アマツ」
飛鳥が左右のレバーを握り、機体のエーテルを瞬時に活性化させると、純白の機体は背中の翼を広げ、大空へと羽ばたいた。
「くっ、ジャンナめ、アルテリアスベースのカスタム機をもう一機持っていただと……!? そしてローメニア人でもないくせにアルテリアスに乗るなどと、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁーっ!!」
「来るか? だったら──相手してやるよ、行けっ、リーヴェス!!」
ジャンナから知らせられたその名を叫ぶと、アマツの広げた翼が散り、ひし形の小さな羽となったそれらは、エーテルの光を帯びると一斉にティーラルキアへと放たれた。
「バカなバカなバカなっ! エーテルで遠隔操作を行う必要のあるリーヴェスだぞ!? あのジャンナのヘイラーでさえ、重力のない宇宙で六つが限界だというのに。この重力圏内でいくつ操作できるというのだ!?」
カイセルの目では数えることすらできない、その小さく高速で動く羽の数は合計で24存在し、全てが別々の方向からの突撃攻撃を仕掛ける。
「だが、この程度の出力ならば、このティーラルキアのフィールドを突破することは不可能!」
「ちっ、そう何でもカッコよくはいかないか……だったらコイツで」
飛び交う羽達は攻撃を仕掛けるも、ティーラルキアの障壁に弾かれて、宙へと舞う。それを見かねた飛鳥は翼の付け根にある新型ライフルをエーテルを使い手元へと引き寄せ、照準が重なると同時に引き金を引く。
ヘイラーのライフルよりも弾速が落ちる代わりに、高出力のエーテルが深緑の光を放って発射される。
「くっ、蛮族がエーテルライフルまで……だが、その程度の弾なら先程の豆鉄砲の方が速かったぞ!!」
巨体ながら腕の動きと大型のブースターを駆使し、その巨体からは想像できない軽やかな動きで、舞散る羽を払い除けて、射線から大きく退避する。
「こいつのリーヴェスにはこういう使い方もできるんだよッ!」
一度言ってみたかった言い回しができ、満足気な表情を浮かべた飛鳥は、念じるようにリーヴェスをエーテルの力により操作する。
操られた羽は羽同士と結合し、三つ一組となったソレは高速で円を描くように回転し……。
「バ、バカな!? リフレクトだと!」
回転する羽に当たった閃光は、一度吸収される形で消滅すると、次の瞬間にはティーラルキアの腕を背後から貫くように、回転する羽からエーテルの光が放たれた。
「まだ攻撃は終わってねぇぞ!」
「くっ!?」
腕を貫通したエーテルを次の羽が受け止め、再びティーラルキアの腕を射ぬく。
それからも連続的に反射と攻撃を繰り返し、ティーラルキアの四本の腕は一発の弾により全て破壊された。
「ディオス様から頂いたティーラルキアが……悔しいが、今は退くしか──」
「逃がすかよ!」
腕を失い、武装のないただの飛行機に成り果てたティーラルキアは、急ぎティーターンへと飛び、それを追うようにアマツも残った翼の根のブースターを全力で稼働させる。
しかし、機体の大きさと飛行能力の違いから、その距離は次第に離される。
「フン、追い付けるものかよ、このティーラルキアに!」
リーヴェス達も追い付けずにアマツの翼へと戻り、射速の遅いライフルは楽々と回避される。
「だったら……!」
飛鳥は残された手として、腰に装着された武器を手に取った。
それはヘイラーとの戦闘で驚異の存在であった、エーテルブレードであった。
「カグヤ──お前の力、貸してくれ」
「私の……! ええ、わかったわ!」
飛鳥の膝の上に乗るカグヤは、その手を飛鳥の手の上に重ねる。
飛鳥がエーテル技能に、バスター砲を唯一使えるカグヤの技能が合わさることで、通常の活性化を遥かに凌駕するエネルギーが機体へ作り出される。
そして、マガジン式のライフルと違い、ブレードは機体内の、パイロットが活性化させたエーテルを活用する兵器……。
機体の持つエーテルを最大限に宿した柄から決壊したダムのように淡い光が溢れ出る。
それを飛鳥が一本の刃へと紡ぎ、そのブレードは完成した。
機体の数倍も長く、断てぬ物が存在しない白刃の剣が……。
「なっ!? なんだアレは!!」
「人のこと散々鍵扱いしておいて、ただで返すと思わないことね!!」
「くらえぇぇぇぇぇーっ!!」
巨大な光の大太刀は雲を裂き、風を切って、そのままティーラルキアを容易く叩き斬る。
「ちっ、こんなところで死ねるかぁぁぁーっ!!」
機体の九割近くを失ったティーラルキアだが、それでもまだ脱出ポットは奇跡的に生きており、カイセルを乗せた脱出機はティーターンへと帰艦する。
「ちっ、しぶといやつね──って、飛鳥!?」
「アレもやらなきゃダメだろ!」
翼を元に戻し、飛行能力が向上したアマツは一先ずブレードを腰に戻すと、ティーターンに目標を変え、接近を開始する。
──そのころティーターンでは……。
「くっ、ディオス様から頂いた機体が……」
「カイセル、貴様は一体何をやっている! 姫も取り戻せず、ティーラルキアも大破させ、それでおめおめ逃げ帰ったか!!」
「ディ、ディオス様! しかし、あの相手の力量は──!」
「言い訳は後でもいい、アルテリアスが相手の手に渡っている以上、ジャンナも事の真相に気付いている……ティーターンを宇宙に後退させるぞ!」
「ですが、それでは姫は──!」
反論を述べようとするカイセルの襟首を掴み、顔を近寄らせながら今の自分達の状況を怒声のまま説明する。
しかしカイセルは怒られている立場ではあるが、ディオスの顔の近いこの状況は満更でもなかった。
「こちらは先駆けをジャンナ艦一隻に任せていたのだぞ!? 故に、このティーターンには機体はあっても、優秀なパイロットはお前しかいない。今はあの羽付きだけたが、ジャンナやその側近騎士に攻められれば、この艦は終わりだ!!」
危機的状況をカイセルに伝えると、掴んだ手で彼を格納庫の床に突飛ばす。
「ティーターンのアモールを展開しつつ、ワープの準備だ。念のため下の主砲の何門かは使えるようにしておけ」
「イエス・ユア・ハイネス!!」
カイセルは急ぎブリッジへとワープすると、艦内に命令を
「飛鳥、ティーターンからなんか来るわよ!」
「なんだよあの数……!」
ティーターンから放たれた無人のアモールは、カイセルの命令からおよそ数分で、その数は三百を超えていた。
「チッ、最期の抵抗ってか!!」
「気をつけて、アレはティーターンの製造炉から何体でも作れるって言ってたわ」
「それはジャンナからも聞いたっての! くそっ、アイツらエーテリオンにも向かうつもりか!」
エーテルライフルにより数十機単位でアモールを撃墜できていた飛鳥だが、増加はさらにその上をいき、アマツの横を抜け、エーテリオンへと矛先を向ける。
「待って、あっちからもアモールが!」
カグヤが目にしたのはティーターンのアモールとは正反対の方向から現れたアモールであった。
しかし、そのアモールはティーターンからのアモールと衝突し、次々に数を減らしていく。
「こちらはジャンナだ、作戦通り、お前一人では到底なんとかなりそうにないようだから、これより貴様を援護する……ジル、レイ、行くぞ!」
「了解! ジル・ド・リリィ、ガメイラ出ます!」
「同じく了解! レイ・ド・リリィ、テレイア出ます!」
「よし、ジャンナ・D・ローゼス、ヘイラー出るぞ!!」
アールテーミスから三機の薔薇色の機体が、アモールを引き連れてアマツの援護に入る。
「俺もいるぜ、飛鳥」
「大輝──って、何でエーテリオンの上なんだよ、お前」
「お前は固定砲台だけやってろ、だそうだ」
それを言ったのは、恐らくジャンナであろう。
結果としてこんな大混戦に彼が入り込む余地もなかったので良い采配ではあるが、大輝はどこか不服そうであった。
「こちらは大丈夫だ、だからお前はティーターンとその逆賊を捕まえろ!」
「大丈夫だって……くそっ、どう見ても四機じゃ無理だろうが!!」
しかし、相手は増え続け数千近く。だが、こちらはアモールを含めても百にも満たなかった。
そんな状況で、仲間を見捨ててティーターンへと行く訳にもいかず、飛鳥は仲間達を守るためにティーターンに背を向けリーヴェスを展開し、ライフルとブレードを手に持つと、アモールを撃墜していく。
「フッ、時間稼ぎはなんとかできたな……ティーターン、ワープ開始!」
空に再び現れた巨大なリングはティーターンの巨体を徐々に転移させていく。
「よし、いまなら……カイセル、主砲を二隻に向かって放て」
「しかし、この距離では……」
「撃沈せずとも、少しの間追いかけてこれなければそれで充分だ」
「ハッ! 主砲を放て!!」
ティーターン下部の砲門がいくつか光を灯す。飛鳥もそれに気付きはしたが、数百のアモールに囲まれた今では、対処するために動くことができなかった。
「飛鳥!」
「チッ、せめて少しだけでも──リーヴェス!」
敵を次々に刺突していく羽達は、飛鳥の示す目標に狙いを定め、エーテルを羽の先端に集中させる。
「今だ!!」
主砲がアモールを巻き込みながら下にいる二隻に目掛けて発射される。
発射された主砲に対し反射が不可能と判断した飛鳥は、少しでも軌道を変えさせるために、射撃モードに切り替えたリーヴェスを四機一組で移動させ、放たれた光の真横からエーテルを放たせる。
ほんの少しの邪魔により軌道をズラされた主砲は、エーテリオンに届く頃には大きく反れ、海上に水柱を建てた。
「くっ、残り二発──一発はこっちに来ます!」
「光、回避運動しないで下さい。艦のエーテルはこちらで使わせてもらいますから」
「わかりま──って、ええっ!? 攻撃来てるんだよ!?」
焦る言葉に耳を傾けることなく、命は艦のエーテルを総動員しフィールドを構築。更に主砲の反応から予測着弾地点を割り出し、一点集中型のフィールドを作り上げた。
主砲は命の予測通りの位置に着弾し、厚いフィールドが主砲と激突し、それを阻む。
予測通りにいかなかったことがあるとすれば、それは主砲の威力が高過ぎて、相殺することが出来ず、一部がフィールドを突き抜け着弾したことであった。
「そう上手くはいかないかー。損傷はメインブースター三割破損、他軽微の損傷多数。ミサイルへの誘爆は問題なし……って、大輝さーん、あそこは盾持って防ぐ場面じゃないんですかー?」
「スサノオどころか全機に盾なんて無いだろうが!」
「そこはーほら、体で……」
「俺に死ねってか!?」
「冗談ですよー……さて、あっちの様子はー……あー……」
一難を乗り越え、大輝を茶化し終えた命は、アルテーミスの様子を見た。
そこには黒煙をモクモクと立ち上がらせ、撃沈まではいかないものの、かなり危険な状態のアルテーミスの姿があった。
アルテーミスの艦長であるジャンナと、その右腕左腕のジルとレイが戦場に出払っているため、命ほどの高レベルな芸当どころか、まともな対応すらできていなかったのだ。
「よし、あれならばしばらくは追ってこれまい……」
「カイセル様、先程のエーテリアスの攻撃により、右側ブロック3番から8番までが炎上、尚も被害が拡大しております!」
「なんだと!? まあいい、右側の区画は全て姫の居住スペースだ、他の乗員に支障はあるまい……炎上しているブロック及び、被害が少しでも出た区画は切り捨てろ!」
「よろしいのですか?」
「本隊と合流した際にディオス様の艦に損傷があれば、笑い者にされるではないか! 切り捨てた場所は合流までに製造炉で作らせれば問題ない」
ディオスの顔に泥を塗るわけにはいかないと、大胆な命令を出すカイセルに、乗員は迷いながらも言う通りにその区画を切り捨てた。
「ふむ、これでいい」
「しかし、よろしかったのですか?」
「……? 一体なにがだ」
「いえ、被害のあった区画には……ティーターンの格納庫の一部があったのですが……」
「な、ななななな、なんだと!? どうしてそれを先に言わない!! ただちに回収部隊を──!」
「ワープ、無事完了しました」
別のオペレーターからのその一言で、カイセルの顔から血の気が引いた。
「今戻った……どうしたカイセル、酷い顔をしているな。今回の件はもう忘れろ……次に失態を起こさなければそれでいい」
身だしなみを整えてブリッジへと戻ってきたディオスはカイセルに優しい言葉をかけるが、カイセルは既に次の失態を起こしていたのであった。
(ま、まあ、所詮この艦に積んであったのはティーラルキアとアルテリアスの素体だけ、ティーラルキアは別区画だから、落ちたのはただの素体のみだ……素体ならば大きな問題ではあるまい……)
しかし、アマツが元々アルテーミスの機体でローメニアで造られたと勘違いしているカイセルは、この時まだ知らなかった……。
Aアマツがエーテリオンに住む創造の魔物によって造られたと言う事実を……。
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