第十二話 艦長、転校生です。
「さーて、女子の水着姿もいいが……ここはハワイ! ならば探すはやはり外人のダイナマイトヒップよ!」
鼻の下を伸ばすハゲ坊主は、高まる興奮を解き放つようにビーチを駆け回る。
視線は常に女の尻、そこにカモフラージュやチラ見という隠蔽行為は微塵も存在せず、堂々とガン見しては次へ次へと目標を変えて走り続ける。
これが世界を守る正義の味方──その一人の姿であった。
「やはり、日本人と違い全員デカイ……だが、大きければ良いというものではないのだ、俺の理想を舐めるなよ!」
正直そんな不純な理想、誰も舐めたくも関わりたくもないだろう。
ただ一人砂浜を駆ける三蔵だったが、尻を夢中で追っている間に、人気のないビーチの端へとたどり着いていた。
「ふう……眼福ではあったが、心から惹かれる尻はなかったか……実に残念だ……ん、あれは?」
ここに来て初めて三蔵の腐った
それほどの美人がいたわけでも、WCが現れたわけでもない。
──それは、漂流されて流されてきたように、ぐったりと倒れる女性の姿であった。
「おいおい、マジかよ!」
これでも、一応人並みに正義感を持つ三蔵は慌てて彼女の元へ駆け寄ると、体を仰向けにし状態を確認した。
「これは……し、死──」
その蒼白い顔を見て驚いた三蔵は、思わず彼女から手を離し後ろに倒れる。
「死ぬほど可愛い…………ハッ! 俺が尻以外で女に欲情を抱いただと……バカな!?」
間違いなくお前はバカだ。ここに誰かがいたならば誰もがそう言うだろう。
しかし、ここには三蔵以外の仲間はいないので、誰も彼の一人漫才にツッコミが入ることもなく、暴走が止まる事もなかった。
「いや、今はそんなことはどうでもいい、キス──じゃない、じ、じ、じじじ、人工呼吸と胸を──違う違う、し、ししし、心臓マッサージをしなければなぁーッ!! うん、生死に関わる必要なことだもんなぁーッ!!」
煩悩まみれの坊主の息子は、まるで誰かに同意を求めたいかのように声を大にして何度も叫びながら、まるでタコのように耳まで赤くし、彼女の唇に顔を近づける。
──が。
「ん──ここは……ッ!!」
「んおっ!? いててぇーっ!!」
幸運にも唇が重なる直前に目を覚ました少女は、華麗に三蔵の側頭部に掌を叩きつけ、バランスを崩した隙にクルリと背後に周り込み、片腕でサブミッションを掛ける。
空いた片手で自分の腰に手を回し、拳銃を突き付け尋問を行おうとするも、ホルスターそのものが取れてなくなっている事に気がついた。
「銃が──! いや、私は……そうか」
「いててー……ってあれ、止めてくれた?」
三蔵を取り押さえようとする中、状況を理解した少女はゆっくりと絞める手を離し三蔵から距離を取り、頭を下げる。
「すまない、急に意識を取り戻したから暴漢と勘違いした」
「い、いえいえいえ、無事ならいいんですよー、無事ならー」
暴漢みたいな事が目的だった男は失敗したことを悔しがるも、自分の行いを反省し彼女の謝罪にやさしく答える。
「ところで、ここは?」
「えーっと、ハワイです、はい。それにしても日本語、お上手なんですね」
「ん……? あっ、ああ、今時はやはり英語だけでは生きていけないからな……」
慌てた様子で首のチョーカーを手で隠すようにに覆う、その少女の仕草に特に何も思わなかった三蔵は、いっそこの状況を活かして、少しでもお近づきになろうと企んだ。
彼女いない歴=年齢。このチャンスを逃しては二度とできないものと考えた三蔵は、慎重に言葉を選んで発言を始める。
「そうなんですかー……ところであなたのお名前は? 私は桑島三蔵と申します。どうして倒れていたのですか? それに変わった格好だ……いえ、詮索するわけではないですが……あ、好きな食べ物とかありますか? 和食なら自分でも作れるんで、今度ご馳走しましょうか? それに若いですね、おいくつですか? 自分は16歳です。出身は? 兄弟や姉妹はいますか? よければ住所と電話番号を教えてください。よければ自分のも教えますよ、それから──」
「ま、待った!」
「え?」
(し、しまった! つい調子に乗って、自分のペースで話してしまった。ダメだ、スタートは良かったのに、これは絶望的だッ!!)
少女に声をかけられて、ハッと我に帰る三蔵。
しかし、気づいた頃には彼女は困惑した顔でこちらを見ていた。
お経を読む事が日課の三蔵の口からペラペラと発せられた質問の嵐は、それはもう他人からしたらお経と大差のないほど、何を言っているのかわからないものであり、そんな表情をされるのは当たり前の事であった。
「す、すみません、自分ばっかり話してしまって!」
「い、いや、構わない。全部は答えられないが、少しだけなら……」
「……え?」
「兄弟は弟が一人いた、出身は合衆国、歳は同じ16、好きな食べ物はホットケーキ、名前は──」
三蔵と違いゆっくりと質問に答える少女はそこまで答えていくと、彼のように息が続かず、一度息をついてその名を言った。
「シャーロット・エイプリーです」
「シャーロット……エイプリー──フッ、ときめくお名前です」
この時の三蔵は、なにも気にすることなくその名を呼び、キラリと歯を輝かせてそんな感想を添えた。
「あの……もしよろしければ、故郷へお送りいたしましょうか?」
「できるのか?」
「フフッ、もちろんです。これでも自分、正義の味方ですから!」
先程まで欲望に走っていた男は、自らの事を正義の味方だと称して、シャーロットに詰め寄る。
本人はいたって真面目に話すが、シャーロットは少し怪しむように彼を見つめる。
「……バカにしているのか?」
「フッフッフッ、正義の味方をあまり侮らないで方がいいですよ……ついてきてください、シャーロットさん」
「……わかった」
まるで王子様気分に浸っている三蔵は、身元を疑われている事など微塵も知らず、少女に向かってその手を伸ばす。
伸ばされた手に抵抗のあるシャーロットであったが、この男ならば怪しい雰囲気を見せたところで、逃げだす事など容易だと判断し、彼の手を掴む。
柔らかく白い手の感触に緊張がトップギアへと上がる三蔵は、先程までの饒舌が嘘かのように黙りこんでしまう。
手を繋ぐという三蔵の望んでいた展開──しかし、そんな甘い展開がいつまでも続くことはなかった……。
「こ、これは……エーテリオン!?」
「シャーロットさん、よくご存知ですね。実は自分、ここでパイロットをやってるんです」
「パ、パイロットだと!?」
「はい、あ、ちょうど整備中見たいですね、アレです、アレ」
「アレ……は……」
突如彼女を襲う衝撃の事実に、声を上げて驚くシャーロット。
そんな彼女へのトドメとなったのは、展開されていたカタパルトから見えた黄土の機体──ドライであった。
自分の乗る機体を破壊した相手が、今まさに自分の手を握っていたのだ。
「では、中に入りましょ──」
「ッ──汚い手で触るな‼」
「なんでぇっ!?」
罵倒の言葉と共に三蔵に掴まれていた手をシュッと引き抜き、その勢いで空いた左手でビンタをお見舞いした。
「シャ、シャーロットさん?」
「──ハッ! いや、何と言うか……お前は生理的に受け付けない」
「なぁーっ!?」
シャーロットの放ったその言葉は三蔵の頭の中で無限にこだました。
成就したわけではないが、これが彼の初めての失恋である。
「ちょっと三蔵、そんなところで何ぼーっと突っ立ってんのよ? ってか、誰?」
「カ、カグヤか……この人は……」
「私はシャーロット・エイプリーと言います、海で流されて倒れていたのですが、この人がこの船で故郷に送る代わりに一発やらせとほしいと、ここまで連れてこられました!」
「言ってないですよね!? 最後の一言、自分言ってないですよね!! シャーロットさん!?」
いきなりの手のひら返しに三蔵は慌てて発言の訂正を要求するが、カグヤを含む他のみんなの見る目は「ああ、コイツついにやったか……」と語りかけるような、蔑みの目であった。
「シャーロットさん……ああ、長いからシャロって呼ぶわね……とにかく災難だったわねシャロ、だけどあなたの故郷へはすぐに行けない、私達にも使命があるから──でも、もし私達の行く先があなたの故郷になったら、その時は必ず送り届けるわ……でも、それまではコイツと同じ屋根の下で生活しないといけないけど、それでいい?」
「はい、大丈夫です」
「そう、なら館長の私が責任をもって送り届けるわ。部下の失態は私の失態だものね」
同じ女で、身内の不始末として、いつも以上に心配するカグヤに対し、シャロは困る顔も見せずキッパリと言うので、カグヤは心から安心した。
「でも、さすがに部外者を乗せて行くのはダメじゃないですか? また帝さんが文句言いますよ?」
「たしかに……またうるさくされるのは面倒ね、かといってコソコソ生活させてたら、三蔵が見えないところで何するかわからないし……」
「いや、何もしないから!? 何かするの前提で話さないでくれる!?」
五月蝿く抗議する三蔵だったが、周りはそれをスルーし頭を抱え、しばらくこんな扱いを受けるんだと悟った三蔵は、その場に落胆するのであった。
「そうだ、あなた歳は?」
「今年で十六です」
「同い年……なら、いけるわね」
「なにがいけるんですか? カグヤさん」
「簡単なことよ、学校のお約束行事といったら転校生……だから、シャロちゃんを転校生として迎え入れるのよ!」
「また無茶苦茶言うなぁ、この人は……聞いたのは僕ですけど」
ロクな発想ではないと予想していたが、本当にロクでもない答えをされ、白雪光思わず呆れた反応をする。
「じゃああんたは可哀想な女の子一人置いてけっていうの!? シャロちゃんは今心身ともに三蔵に痛め付けられてるのに……あんたそれでも女なの!?」
「僕は男ですよ!」
「そんなことはどうでもいいわ。あんたがそれでも引かないって言うなら、あんたと三蔵をここに置いていくわよ!」
「それは嫌です」
「待て待て待て待て!! 心身ともに痛め付けてないから! むしろ心身とも痛め付けられてるの俺だから! あと、なんで俺が置いていかれることになってんの!?」
「それは日頃の行いが悪いせいです」
追い討ちをかけるかの如く、命の言葉が三蔵の胸を抉(えぐ)る。
しかし、三蔵まだ倒れずに反論を述べる。
「まてよ、俺が何やったつていうんだ! 毎日普通に授業受けてるだけだろ? そりゃ少しはエロいよ? でも他の男子と変わらないぐらいじゃん、俺悪くないじゃん!」
「何と言うか……見た目?」
「ハゲ=変態みたいな扱いやめろよ!」
「でも私知ってますよ。三蔵さんがー、階段の下でー、女子のー──」
「わあああぁぁぁぁぁーっ!!」
命の言葉を聞かせないように大声で叫ぶが、もうほとんどを聞かれてしまい、彼の行動がそれを裏付けると、彼を見る目は更に冷たいものになった。
「行きましょうシャロ、制服のサイズ合わせてあげるから」
「ありがとうございます」
「あ、ああ……さらば、初恋の人……」
こうして三蔵の恋は一年、一日、一時間と持たず、十分で幕を降ろしたのであった。
(……エーテリオンへの浸入がこうも容易いとは……必ず占領して私達の物にしてみせる。見ていてください隊長)
こうしてシャロことシャーロット・エイプリーという新たな生徒を乗せ、エーテリオンはハワイを後にした。
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