第12話 火星の過去
――鈴森さんと伊吹様が石を持ち上げ門の中へ放り込もうとしている。
これで終わったのだ、わたくしもすでにそう思っておりました。
しかしながら、お二人は石を投げ入れる際に思わずあちら側を覗かれてしまい発狂、残念ながら投げ入れる事は叶いませんでした。
鈴森さんはその場で魅了されてしまわれたのか、村に来たとき同様デレデレと照れながら石から手を放されてしまいました。
一方、伊吹様は
伊吹様が中へ侵入すると、門は自分自身を吸い込むかのように消滅しました。
門があった所を中心に村一面に咲き誇っていた花々は一斉に枯れて消えてなくなっていきます。
ザザザザザザザザザ……という音と共に枯れていく
もうマスクを外してもあの性欲に訴えてくるような嫌な臭いがすることはございません。
ここに残ったのは、「えへへへ、僕そんな恥ずかしい事できませんよぉ~そのどうしてもっていうならいいんですけどぉねぇ~でへへへへ」とこちらが恥ずかしくなるような独り言を呟く、思春期の馬鹿が1人いるだけでした。
今以上に非力な事を悔やんだことはございません、もっと強烈な力で殴ってやりたかったのですが叶わず、わたくしのなせる最大の力を込めてぶっ叩いてやりました。
すると正気に戻られましたので、ことの
彼はただただ絶望するだけで何もなされようとしませんでした。
少しは見所があると思っておりましたが、ここまでのようですわね。
わたくしは自身のやるべきことをいたしましょう。
――伊吹はどこにもいない、あの伊吹がもう地球にはいないのだ。
火星? 馬鹿言うなよ、どうやって行くんだよ。
このまま見捨てるのか? そんなことできるわけないだろっ! それに伊吹は俺の……俺の……くそっくそっ……。
どのくらい時間がたっただろうか、すでに夜になっていた。
空には満天の星が輝き、うっすらと照らしてくれている、周りを見るとすでに永井さんの姿はなかった。
「死んだのかなぁ伊吹の奴、死んじまったのかなぁ」ボロボロと涙がとめどなく流れ落ちていく。
「鈴森く~ん」と俺を呼ぶ声がする、懐中電灯の光がこちらに近づいてくる。
月森優奈といったか、あの少女が駆け寄ってきた。
急いで涙を服の袖で拭く。少し
「鈴森くん……その……あっありがとう、こんな時にそのごめんなさい」
「いや、いいよ加奈ちゃんだっけ。無事だった?」
「うん、加奈もお父さんもお母さんも、村の人全員が元に戻ってくれて……」はじめうれしそうに話していた少女は気まずそうに小声になっていく。
「よかったね」そう言って行く当てもなく俺は歩き出した。
「私の家に来てください、今日はもう遅いですし」
「うん……」
体力も精神も限界だった俺はそれに甘えることにした。
――あの赤い屋根の家に戻ってきた、永井さんの真っ赤なスポーツカーがそのまま残っている。
玄関で靴を脱いでいると、少女は
「永井さんも今日はうちに泊まるそうです」
「そう」
「あのお腹すいてませんか? 簡単なものならすぐに用意できますけど?」
「いや、いいよ」
「じゃ、お風呂沸かしてるんで入ってくださいね」
「いやそれも」
「お布団が汚れてしまうので入ってもらわないと困ります」
「あぁ、それなら」
「着替えお父さんに借りてきますので、昼に話した居間にいてください」
そう言うとやっとどこかへ行った。
居間には永井さんと加奈といったか少女の妹がいた。
「お人形さんみたいですぅ」
「うふふ、そのお年でこの服のよさがわかるなんて将来の見込みがありますわよ」
楽しそうに会話している声が耳障りだ、来るんじゃなかったか……いや本当は永井さんに合わせる顔がないのだ。
「あら? 鈴森さんお入りになられたら。今日はお疲れでしょう」
「はい……」しかしもう動く気力もない俺はヨロヨロとへたり込む。
「食事とお風呂を済ませてきてくださいませ、明日からまた行動しますわよ」
えっ……いま永井さんはなんて言った?
「もう一度お願いします」と俺は聞きなおしていた。
「明日からまた行動するといったのです、このま支部長を置き去りにしてお帰りになられるおつもりですか?」
「なっなにか手段はあるんですかっ!?」永井さんに飛びかかっていた、その小さい体では俺を受け止める事はできず押し倒すハメになる。
「それは考え中です、ですが探索者として一番恥ずべき行為は諦めることです、わたくしはそう思っております」
それは違う。爺ちゃんの『探索者の心得』には絶望的な状況では1人でも多く生き残り、後世に情報を伝える事こそが重要だと書かれていたはずだ。
「すでに事の次第は佑香さんにお伝えしてあります、わたくしたちの選択は伊吹様を見捨てて後悔しながら生きるか、必死に考えてから諦めるかですわ」
「ん?」
「冗談です」
「は? ははははっ」この人でも冗談を言うんだ、冗談だよな? うん。
「あと、いい加減離してくださいませんか? 優奈さんと加奈さんの目の毒です」
「えっ?」
いつからいたのか着替えを持った優奈さんが顔を真っ赤にしながら立ち尽くしていた。
――お風呂をちょうだいした後、俺は断った食事もいただくことになった。
優奈さんのおじさんとおばさんは村の集会に出かけているらしくまだ帰ってきていない。
優奈さんが言うには村人にここ3日間の記憶はなく、大半の者が気がつけば畑で農作業をしていたという状況で、集められていた子供たちも似たような感じらしい、事件があったと認識しているのは優奈さんだけだろうと言う事だ。
永井さんは佑香さんに研究会本部へ連絡するよう頼んでいて、研究会が事後処理をした後に村長宅の件は警察に通報するという手はずになっているらしい、また優奈さんへの口止めの約定もとり終えていた。
流石永井さんだなぁ……と考えているうちにウトウトと眠ってしまっていた。
――朝、優奈さんの家族と共に朝食をとる。
設定は優奈さんの友人である俺が
「さて準備はよろしいでしょうか?」
食器の片付けでたまたま2人だけになったそのタイミングで永井さんが話しかけてきた。
「はい」
「どうなさいますか?」
「火星に行きたいと思います」
「どうやってかしら?」
「門を使って」
「火星までの門を開くには
「だったらすでにある門をつかえば?」
「そのような門はどこにも……あっ、ありましたわね」
「はい、場所は優奈さんが知っているはずです」
「かしこまりました、発見の方はお任せください」
その後、優奈さんに協力を頼み、またあの村長宅へ移動することとなった。
村長宅の巨人の死体は跡形もなくなくなっていた。
【
「誰だっ!?」人の気配を察した俺はそう叫んだ。
「これはこれは失礼いたしました、流石ですね私の『隠れる』の技能を見破るとは。それとも『忍び歩き』に失敗しておりましたか?」
黒服を着た嫌らしい顔つきのイケメンがそんなニヒルなセリフを言いながら登場する、俺が身構えようとすると永井さんが制止した。
「本部直轄の
「これは永井様、お久しぶりでございます、そちらの若い探索者の方々ははじめまして、
「おわかりでしょうが、偽名でしてよ」と永井さんが補足してくれる。
「それはこの依頼が世界級に変更になりましたので、深淵研究会は皆々様を全力でバックアップさせて頂きます」
「世界級?」
「人類滅亡の危機レベルの依頼、
「それで何をしてくださるんですか?」
「まずは情報提供をさせていただきましょう」
第一印象から気に食わない奴がベラベラとしゃべりだした。
無駄の多い会話だったが要約すればこう言う事だ。
火星には2種族が暮らしている、一方はよく知られているタコのような宇宙人で通称火星人。知られている通り好戦的な連中だそうだ、もう一方は昨日殺し合いをしていたアイハイ族。
アイハイ族と火星人は休戦中で不安定な状態にあるらしい、だから今回の件に火星人を巻き込むのは禁止事項であること。
そのアイハイ族だが本来は平和的な種族で地球の国連とも平和条約を締結しているとのことだった、どこまで信じていいのやら。
だが彼らには1つ問題があるらしい、それが火星の神格であるヴァルトゥーム。
つまり俺が見た女性型の花の怪物だ、こいつが約1000年前に突如火星に飛来し、アイハイ族の一部を魅了し自分の支配下において火星の征服を企てたらしい、だが結局アイハイ族に敗れた怪物は火星の地下奥深くに1000年の冬眠についた、しかし5年前突如活動を再開し始めたらしい、また5年前か。
ヴァルトゥームは前回の失敗を踏まえ火星侵略の足がかりに地球を選び、地球を征服した後に火星へ再び侵攻しようと考えた、そのために自身の体の一部を封じ込めた隕石を地球に落下させ何の罪もない村長に門を開かせようとしたらしい。
そしてそれを阻止するために送り込まれたのがあのスプレーを持ったアイハイ族だったというわけだ、成し遂げることもなく死んだようだが。
そして最後にもっとも重要な事を説明してくれた。
伊吹は高い可能性で魅了されており、ヴァルトゥームは魅了した相手を殺すことは無いということを。
「どうしてそこまで詳しいんですか?」
「それは言えませんが、なぜ我々が隕石の鑑定依頼を全国の探索者に依頼していたか考えていただければ納得していただける話かと」
「納得はできませんね、もともとこの情報があれば伊吹はこんな目にあわなかったかもしれないんですから」
「私どもも苦しい立場なのです、探索者の皆様にはもっと情報を差し上げたいのですが、いかんせん狂信者も混じっているようでして、ご理解いただければと思います」
「鈴森さん、この方に何を言っても無駄ですわ」と永井さんがいきり立ちそうだった俺を止める。
「情報以外には何がいただけるんですの?」
「火星におつきになられたならまずこれをアイハイ族の族長に渡してください、本部長からの親書です」と封印された鉄の筒を渡してくる、中は簡単には見れそうにない。
「そしてこちらが亡くなられたアイハイ族の結晶です、我々で言う所のご遺灰ですね。届ければ喜ばれはしないでしょうが恨まれることもないでしょう」とヒスイのような石を出してくる。
「これだけですの?」
「家の中に生活必需品などをつめたザックを用意しております。3日分の水と食料、携帯トイレまでいたれりつくせりでございます、また他に何か必要な物があればなんなりとおっしゃってください」
「アイハイ族の言語と向こうの環境について教えてくださらないかしら?」
「言語はテレパシーというものですね、説明より実際経験なさるのがよいかと、環境も問題ございません。彼らも人間と同様の適応範囲ですので」
「帰ってくるための手段はございまして?」
「これは異な事をおっしゃる、皆様は戻ってこれない事を承知で向かわれるのではないのですか?」
「やはりそう言う事ですか、承知いたしました」
承知しちゃいましたか、永井さん。
「あのこちらの優奈さんは行きませんよ、入会もされていませんし」
「それはご自由にどうぞ、私どもは皆様に行けと命令しているわけではありませんので、あくまで依頼です」
「ん~もし万が一帰ってこれたら、伊吹の奴が欲しがってた本を頂けませんか? 高いらしいので」
「あ~あれですか……まぁいいでしょう、わかりました。生還された暁にはプレゼントいたしましょう」
永井さんはそれ以上の会話を止め、村長宅からザックを運び出す。そして優奈さんに門の位置を訪ねて門の発見の儀式を開始した。
九郎と名乗った男はこんなことを言いながら儀式を見守っている。
「ご存知の通りその門は往復用です、ですが1度アイハイ族の方が使われているようですので皆様は片道切符ですね、行かれる方はお手を繋いでどうぞ」
「恭平様、お覚悟はよろしいでしょうか?」
「はい」俺は永井さんと手を繋ぎ門へと進む……。
「わっ、私も行きます!」とザックを背負った優奈さんが突然走ってきた。
「えっ」
緊張が一気に戸惑いに変わり、俺の手をとった優奈さんに押し込まれると思った矢先グネグネと空間が歪みだす。
【
【
【
その歪む時空の中、俺は激しいめまいに襲われ気を保っている事ができなかった。
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