火星の花
第7話 入会とお金
――早朝、節約して朝食も取らなかった僕は、昨日もらってきた『入学のしおり』を片手に高校へ通う準備をしていた。
【
そして、ドアがノックされる。
先程の
【
というログと共にガチャと扉が開く音がする。
「あっ開いた」開けた本人もびっくりしているが、開けられた僕もびっくりだよ。
「おっおい、伊吹」
「いるんなら出てください、出てくれないのが悪いんだよ」
と手に入会承諾書が握られている。
「これ書いてください」
「しつこいなぁ……入ったらまた変な事件に巻き込まれそうで嫌なんだよ」
「恭平君がそんなこと言ってたら星辰が揃って世界が終わってしまいますよ」
真顔でそんな事を言う美少女がその長身を活かして見下ろしてくる。
「うぅ……わかったよ、入会するよ」
パァーと顔が明るくなった伊吹がいろいろ説明しながら記入事項を書かせていく。
必ず生きて戻ること、真理の探求をあきらめないことなど大きな説明から、伊吹に言われた日記のことや時間を気にして夜の探索を避けること、仲間との情報共有、ドアを開ける前に聞き耳をたてることなど、ずらりと並んだ承諾事項に目を通していく。
「入会するのは良いんだけど、金はないからな?」
「お金はいらないよ?」
「伊吹は金集めてるんだろ?」
「あれは研究会が販売してる本が欲しいだけだから」
「へ~、それなら僕の1万円を」
「はいっ、これで終りっ! ありがと、ではまたね、恭平君っ」
最後の拇印を無理やり押し終えると、伊吹はそそくさと部屋を出て行った。
「僕の1万円……」
――高校の科目数の多さに用意してきたノートが足りない、買いに行こうと階段を降りると、朝食を食べていない空きっ腹にガスライトからのカレーの香りがしみわたる、当然我慢できずに入店してしまった。
カランカランとここの鈴は変わらず心地よい音を出してくれる。
そして出迎えてくれるのもいつも綺麗なお姉さんこと佑香さん。
「鈴森君、いらっしゃい」と予想通りカレーをよそっていた。
客はあのゴスロリ人形さんだけで、三島さんの姿はなかった。
僕は昼食のメニューとにらめっこしながら結局素カレーを注文したのだが、出て来たのはなんとカツカレーだった。
「佑香さん!?」嬉しさのあまりに涙目で感謝を伝えると、佑香さんは苦笑いで「私じゃないの、永井さんからのオーダーよ」とゴスロリの方を見る。
カウンターからゴスロリの方へ会釈すると「食べ終わったらこちらへ来ていただけませんか?」と人形がしゃべった。
「はっ、はい……」
先日と同じパターンだ、断わった方が良いと頭でわかっていてもスパイシーなカレーの上に乗っているカツの香ばしい匂いに成長期の僕はカツことはできなかった。
食後に出されたアイスを食べながらメニューを見ていると、カツカレーセットにアイスはついていないことが判明した。
完全に餌付けされている、そして恐ろしい事に彼女もまたあの深淵研究会の会員なのだ。
――食事が終わると、僕は意を決してソファー席へ移動する。
「どうも、カツとアイス、ありがとうございます」
「いえ、あのダゴンと対峙されて生還された探索者とお近づきになるには安すぎる対価です」
「はぁ……」やっぱりそっち関係の頼みごとかな? と彼女の顔をうかがいながら席に着く。
伊吹によると大学生くらいの年齢とのことだが、体格は小さく小学生に見える。
可愛い唇の横に先程まで彼女も食べていたカレーのルーがついていた。
【
「改めまして、
「鈴森恭平です、こちらに下宿しています」
「えぇ、存じ上げております」と紅茶をすすった。
「あの僕に何か?」
「わたくしが骨董店を営んでいる事はご存知ですか?」
「はい、伊吹から聞いてます」
そう、彼女はこの近所で骨董店を経営している、小さなビルを丸ごとひとつ1階は古本屋、2階には小物や絵画、3階には古民具やアンティーク家具などが売られているらしく、伊吹はそこの常連客なんだと、全く何を買っているのやら。
「そうですか、実は研究会から明日、栃木県の
「研究会ですか、あの、どうして僕なんでしょうか? 三島さんは?」
「三島様は古巣の方々と先日の処理をされておられるようで、連絡が取れませんでした」
古巣って聞きたくないなぁ……。
「あのぅ一応難易度は?」
「☆1つです、隕石を鑑定するだけですので」
「その……バイト料は?」
「隕石の価格にもよりますが、ただの石だった場合でも1万円は出せると思います」
また1万円、されど1万円、あれがあればお腹一杯ご飯が食べられる、だが問題は……。
「伊吹はどうしますか?」
「支部長にもお願いしようと思っております」
やっぱり。
「そのバイト料、僕に直接いただけるのならお受けしようと思います」
永井さんは首を少しかしげながら「かしこまりました」と返答してくれた。
その時、見たことのないログが頭の中を走る。
【
成功も失敗もでない謎のログ。
「ご苦労なさっておられるのですね」と言う永井さんのセリフでこの技能の正体がおぼろげに理解できた、この人……他人の心が読めるのか……。
――出発は明日の朝、車は永井さんが出してくれることになった。
探索者は単独行動してはいけない、これは爺ちゃんの決めた探索者の鉄則らしく入会書にも書かれていた。
だからといって高校生にも満たない僕を駆りだすのか? とも思ったが、探索者に年齢は関係ないとのことで、なんでも小学生であの神話的現象に立ち向かっている子供たちもいると伊吹に言われた、本当かね。
とはいえ爺ちゃんのこともあり、複雑な気分のままではあるが僕は積極的に関わっていこうとも思っていた。
その爺ちゃんの探索者の心得によると、事前調査はとても大切らしいのでその教えに従ってスマホで花生村について調べる。
【
成功か、そんな事を思いながらサイトを眺めていく。
花生村は比較的新しい村で、明治時代に地主が生け花用の花を栽培するために山の斜面を削って花畑をはじめたのが起源らしい。
戦後、農地改革により小作人たちに畑が分け与えられ人々が住み着き村となった。
一時、花作は小規模になっていたが昭和のバブル経済時に花産業が栄え、昔の技術を生かして栄華を極めたようだ。
しかし、バブル崩壊後から過疎化が進み、また技術の
さて、そんな事が知りたいのではないので他に何かないかと閲覧していくと、UFOの目撃情報をまとめているサイトに行き着く。
その中に1枚の写真が投稿されており、撮影場所が花生村となっていた。
流れ星のような一本の明るい筋が夜空に写っているだけの物で、UFOのようにはみえなかった。
【
あ~きたよ、何に失敗したのかわからない失敗だよ、この写真は明日にでも伊吹か永井さんに見せようか。
そんな事を思いながらリュックにペットボトルとチョコレート、ビニール袋にガムテープなどを詰め込んでいく。
――早朝、カランカランとガスライトのドアを開け佑香さんに挨拶をしてモーニングを注文する。
永井さんはまだ来ておらず三島さんは今日も不在のようだ、佑香さんがテキパキと慣れた手つきでハム入り目玉焼きが乗ったこんがりと焼けた食パン、チーズサラダと、パセリがアクセントのコーンスープを出してくれる。
「なぁにぃそのリュック、もうここから出て行くの?」
客が誰もおらず暇になったのか、早速僕をからかい始めた。
「いえ、永井さんから手伝いを頼まれて」
何故か言い訳がましいことを言わされていると、カランカランと前回と同じく真っ黒な魔女の服装をした伊吹が入ってくる。
「佑香さん、おはようございます、わたしにもご飯ください」
「はぁ~い」とやる事ができた佑香さんは、すでに僕の前から消え料理を始めていた。
伊吹はいつもの席に座り、僕の皿にあったパンの耳をつまんで食べた。
文句のひとつも言いたかったが、後で取り返そうと思いとどまった。
「伊吹も永井さんに頼まれた?」
「モグモグモグ、ゴクっ うん頼まれたぁ~」
「そっか、あっ、この写真みて欲しいんだけど」
そう言ってスマホを見せると。
【
「流星の写真かな、そう珍しいものでもないけど? これがどうかしたの」
「花生村でとられた写真らしいけど、それだけ?」
「う~ん、この後ろにも薄くだけど何本も筋が写ってるよね」
「これってカメラのレンズに光が反射してるんじゃないの?」
「流星群だとおもうよ、何個も隕石が落ちたのかな。燃え残ってるかどうかわかんないけど」
「ふ~ん、この隕石の1つを鑑定するのかな」
そんな話をしていると、カランカランと永井さんが入ってきた。
「皆様おはようございます。本日はよろしくお願いします、佑香さん紅茶を」
そういっていつものソファー席へ移動する。
はじめて見た、立ってる所と歩いているところ。
背が低いのは知っていたがこれほどとは、知らない人が見ればゴシック人形が歩いているとしか思わないだろう。
それとも伊吹と比べるのが悪いのだろうか? そんな事を思いながら食後の飲み物は紅茶にしてみた。
――前回同様、佑香さんに「帰って来てから払います」と3人で食い逃げした後、永井さんが店から回してきた真っ赤なスポーツカーに乗ることになった。
女性同士のほうがいいだろうと助手席を伊吹に譲ろうとすると、「ぐむぅ、その手にはのらんぞ」となぜか急にじゃんけんをすることになった。
負けた伊吹はしぶしぶ助手席に座るのだが、どことなくしょんぼりしている。
スポーツカーの後部座席はせまくてあまり座り心地は良くないはずなのに、そんなに座りたかったのか?
「晶子さん、運転する前に頼まれていたこれどうぞぉ~、アーティファクトですよ」
とあの古代ミクロネシアのナイフを渡す。
「まぁ、伊吹様、感謝ですわ」とポーチにしまう。
「さぁいきますわよ」とプレゼントを貰って上機嫌な永井さんはアクセルを全開にした。
「あっ、しまった、着いてからの方がよかったっ」と伊吹が後悔している。
【
ん? えっ、事故るんじゃないのこれ。
僕がそんな事を思った瞬間、ものすごい勢いで車が走り出した。
舌をかんでしまいそうになりながら、急発進と急ブレーキを繰り返す地獄のような運転が続き、なんとか高速に入る。
高速でも三島さんとは違い、常に追い越し車線を走っているのが恐ろしい。永井さんは人形のようなクールな表情を崩していないが、伊吹の顔は蒼白で無理やりジェットコースターに乗せられた猫のようになっている。
普段ならザマァと思っただろうが、僕自身も車酔いの限界が近づいているのだった。
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