第31話 闇の終焉


 部屋の中には沈黙が流れている。

夢子ちゃんが狂気に陥ってるのか、それとも素でやってるのか、皆がはかりかねているのだった。

 その時、ビクッ! モゾモゾと巻きにされた捜し求めるものシーカーが動き始める。

 それを見た夢子ちゃんは、間髪入れず、指で空中に三角を描き、フッと息を吹きかけ。

「漆黒のエクスハティオ ! 相手は死ぬのだ」と吠えた。

 すると、捜し求めるものシーカーはガクッ! とまた当然のように動かなくなる、何かのコントか?


 再び訪れる沈黙に、永井さんは耐えられなくなったのか。

「申し訳ありませんが、後はお任せいたしますわ、少しのどが渇きましたので、あと夢子様が着てらっしゃる服は私の物です、失礼」

「あっ姉様、わたしもお願いします」

 とカサカサ肌の二人は寝室から出て行ってしまった。

「とりあえず、チビ、あの穴は埋められるのか?」

 三島さんがベッドの上の暗闇をどうにかしろと夢子ちゃんに命令する。

「チビじゃないのだ、ハオンなのだ」

 はぁとため息をついた三島さんは諦めたのか、

「ハオン様、あの穴を塞ぐことは可能ですか?」と言い改める。

「あれはアドゥムブラリの傷口なのだ、あんなことは夢子はできないのだ」

「じゃあ誰がやったんだ?」

 三島さんが考えてる隙に、僕は紙にエルダーサインを描き捜し求めるものシーカーに押し付ける。

「何をやってるんだ? 恭君」

「エルダーサインが効くかなと思って」

「ふっ、エルダーサインはそんな単純な物じゃないさ、術士が自分の精神を込めながら編む魔法陣なんだよ、しかし試したいならここにある」

 と一笑した後、1冊の手帳を捜し求めるものシーカーに押し付けた。

「こいつには効果はないようだな」


 僕が考えることを放棄したくなった時、玄関が開く音がする。

 夢子ちゃん以外の全員が慌てて廊下へ確認しに出た。

「あれ? みんな来てたんだ」

 そう言って登場したのは、目をぱちくりさせてこちらを警戒する伊吹だった。

 その手にはあの永井さんの『イステの歌』が抱えられていた。


 ここからの展開は早かった、伊吹が英語で足りていなかった部分の文章を伝える。

 それを永井さんが翻訳し、夢子ちゃんが精神を込めて消されていたラテン語の方へ清書した。


判定ダイス 永井 ラテン語 成功】

判定ダイス 土岐 POW 成功】


 その本を捜し求めるものシーカーに向けると、本に吸い込まれるかの様に、彼は消えていった。

 なお、伊吹の話によると本1冊につき封じ込められる捜し求めるものシーカーは1体までらしく、すでに英語の方には1体封じ込められているとのことだった。

 おそらく、あの古堂先輩に化けていた奴だろうか?

 さて、残った問題はこの穴だけなのだが、よく見てみると徐々に塞がっていくのが判明した、傷なのだから当然と言えば当然なのだろうが、あまり気持ちのいいものではない。

「これ、塞がったらもう大丈夫なんでしょうか?」

「えぇ『イステの歌』によると本来、アドゥムブラリとわたくしたちの次元を繋ぐものは捜し求めるものシーカーのみとのことです、ですが気味が悪いので、残念ですが、このベッドは売りに出しましょう」

 永井さんは紅茶を皆に振る舞いながらそう返答した。

 売っちゃうんだ……。


 穴が徐々に塞がるのを確認しながら伊吹に質問する。

「この穴、あけたのは伊吹か?」

「知らないよ、キノコさんが何度も何度も何度も復活して、どうにもこうにもならなかったから本を探しに行っただけだよ?」

 結局、この穴をあけた存在について、僕らは推理することができなかった。

 ある違和感を感じ続けていたにも関わらず……。


 永井さん宅には、三島さんが穴が閉じるまで残るという事になり、少し嬉しそうな三島さんを見ることができた。

 邪魔になってはいけないと僕たちは、そそくさと中二病を小学一年生で発症した夢子ちゃんを押し出し、帰ることとなった。

「クックックッ、この人類最古にして最強の魔術師、ハオン=ドルを紅のカエルム永井さんの家の封印から目覚めさせようとするとは、神の怒りトニトルス裁きの雷に抗うに等しき行為だとなぜ気づかないのだっ!」

 やっぱり狂気に陥ってるのかな? 永井さんに診てもらっておけばよかったか?


 ――戻る前に本を手に入れたことを丁字先生に伝えると、ガスライトへ取りに来てくれるとのことだったので、夕食もかねてガスライトへ向かうことになった。

「鈴くん、私一度部屋に戻るね」と苦笑いする優奈さんに、理由がわからないふりをしながら返事をする。

 

 カランカランといつもと同じように良い音で迎えくれる店内には、佑香さんと遥さんが二人で仲良さそうに会話していた。

「あっいらっしゃい」

「帰ったのだ」

 夢子ちゃんはつまらなさそうにそう言うと、永井さんの指定席に座りメニューからお気に入りのオムライスを注文した。


 カウンターに座ると、

「ねね、恭平君『イステの歌』みせてよ」と伊吹が話しかけてくる。

「あぁ」

 そう言うと僕は伊吹に本を手渡した。

「部屋で見てくるね」

「あっこら、僕も行く」


「えっ注文は?」

「日替わり作っててください」

 佑香さんの問いかけに忙しく答えた僕は伊吹を追いかけた。


 伊吹は部屋で見てくると言ったくせに、もうすでに歩きながら本を読んでいる。

 僕は伊吹を誘導してやるかのように階段を登り始めた。


 慣れた階段、いつものように後ろにいる伊吹、よくからないうちに終わった今回の事件、わからないうちに終わるのは毎度のことか? そんなことを思いつつも階段を一段一段登っていく。


 しかし、その時、突然、伊吹の部屋のドアが開き、女性が這い出てきたかと思うと、そのまま階段を転がり落ちてきた。

 長いロングヘアーの隙間から声がする。

「さんちわけて、キョウちゃん……」

 僕の膝に縋りついてくるのは、再会した時よりも弱り切った伊吹だった。

 紛うことなき伊吹がそこにはいたのだ。


 じゃぁ後ろにいる伊吹は誰だ?

 そう考えれば、恐怖としか言いようのない空気が背中の皮膚を錆びさせてくる。

 本能から声が湧き上がる、振り向くな、振り向くな、振り向くな、振り向くな、振り向くな。

 僕のスマホが鳴りだし、振り向くな、ガクガクと震えながら着信を見れば、振り向くな、三島さんからだ。

 通話ボタンを押すのが、振り向くな、精いっぱいだった……。

「あぁ恭君か? エルダーサイン壊れてたよ、ははは」

 三島さんの機嫌のよさそうな声が鳴り響く中。 

 伊吹が僕にすがりつきながら立ち上がり、おでこに貼っていた絆創膏を投げ捨てると、彼女は僕が聞いたことのない怨みの籠った声でこう叫んだ。


「ニャルゥラァトォ~ホォテェプゥゥゥゥゥゥ!!!」


判定ダイス 伊吹 格闘技 成功】

判定ダイス 伊吹 キック 成功】


 久しぶりに感じる伊吹の判定ダイスに、今までの違和感の正体を理解する。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


「伊吹!」


 気合の籠った声に触発され、階段から飛び膝蹴りをする伊吹を目で追ってしまう。


 ぐちゃ。


 生々しい音と共に階段下にいた伊吹の顔はへこみ、そこから真っ黒な触手が1本ウネウネと湧き出してくる。

 それは瞬く間に全身を覆い、大量の触手で形作られた人型になる。


判定ダイス 鈴森 SAN値チェック 失敗】

判定ダイス 伊吹 SAN値チェック 失敗】


判定ダイス 鈴森 アイデア 成功】

判定ダイス 伊吹 アイデア 成功】


 そのログで、自分が正気ではいられなくなるのが理解できた。




 ――なんだか、物凄い声と音がした。

 シャワーを浴びていた私は、すぐに着替えて廊下に出てみる。

 すると、階段下で鈴森とか言う馬鹿が、みのりちゃんを襲っているのが見えた。

 ひたすら、あの巨乳に顔をうずめながら、撫でまわし「ママ、ママ、怖いよ」とか泣きついている、殺す。

 しかも、なぜかみのりちゃんもみのりちゃんでされるがまま、鈴くんの頭をカジカジ齧っている。

 もう見てられない。

 私は姉様直伝の精神分析とやらで二人が気絶するまで殴り続けた。

「エグっエグっ」

 と二人の情けない声が鳴り響く。

 気が付けば、それを引きつった顔で丁字先生と佑香さんが眺めているのだった。

 げぇ最悪。


「あっ戸隠さん、本は預かっていきますので、後の子供たちのことよろしくお願いします」

「えぇ、はい、わかりました」


 私のことを見なかったことにした、大人二人の会話が痛々しかった。

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クトゥルフ神話 探索者たち 鈴森くんの場合 鈴森恭平 @TRPG

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