閑話の間

第15話 ガスライト支部

 ――門をくぐり警戒線が張られる村長宅前で朦朧もうろうとしていた僕らを助けてくれたのは月森家の方々だった。

 僕らが3日間行方不明だったことは村中に知られていた、村人たちは不思議な体験をした直後と言うこともあり、村の人気者である優奈さんを心配し探し続けていたらしい、ついでに車を置いていった僕たちも。

 そのことを問い詰められた永井さんがとっさに、僕と優奈さんが駆け落ちしたのを姉妹である永井いもうと?さんと伊吹あね?が連れ戻したと言い出したものだからさぁ大変、僕は優奈さんの両親に激怒されながらも婿に来るなら仲を認め許してやると言いわたされた。

 火星では役に立たなかった永井さんの、


判定ダイス 永井 言いくるめ 成功 駆け落ちだと信じさせた】

判定ダイス 永井 説得 成功 許嫁いいなずけと認めさせた】


が完全に決まってしまった。

 その日は優奈さんと村中を謝罪して回り、再び月森家でお世話になった。

 次の日の早朝、優奈さんと東京での再会を約束した僕たちは永井さんの絶叫マシーンでガスライトに戻って来たのだった。


 ――カランカランとガスライトに入店すると同時に、永井さんから連絡を受けていたのかドア越しに待っていた佑香さんが僕と伊吹を嬉し涙うれしなみだを浮かべながらギュウっと抱きしめてくれる。

 2人の美女の胸の柔らかさが十分に感じられる体勢に顔を赤めながら戻ってこれたんだと言う実感がやっと得られた。

「おかえりなさい鈴森君、みのりちゃん、本当に心配したんだからね」

「つけを払うまでは死ねませんよ、三途の川の渡り賃すら無くなりますしね」とまぁ諦めかけていた僕がカッコをつけて言うと佑香さんが「さぁモーニングセット1人500円頂きますよ」と返してきた。

「お~本部から聞いたぜアッキー、火星に行ってきたんだってな」と奥のカウンターに座っていた三島さんが永井さんに話しかける。

「えぇまぁ本当は行く気はございませんでしたが、恭平様と話しているうちに成り行きで」

「あまり無茶はしないでくれよ? 俺はもう仲間を失うのに耐えられそうにない」

そう言う三島さんの席には夜にしか出していないはずのウォッカが出ていた。

 5人がそれぞれ生還の喜びを分かち合っているとカランカランと店のドアが開く。

「すいません本日は貸切でっ……て登志としどうしたの急に?」佑香さんが断わろうとするそいつは深淵九郎だった。

「姉さん今日は本部の連絡員としてきたんだ、永井様・伊吹様・鈴森様、火星よりのご生還まことにおめでとうございます、我ら深淵研究会一同驚愕きょうがくと共に賛辞さんじを送らせていただきます」

「あ~トシさんだぁ~おっひさしぶりぃ~」とやらたと親しそうに伊吹が近づく、永井さんと三島さんは冷ややかな目で一瞥いちべつすると2人は会話の続きを始めた。

 九郎が「伊吹様、こちらお約束の報酬となります」と1冊の禍々しい本を差し出すと伊吹が「うわぁぁぁぁぁぁこれくれるんですか?」と本をがっしり両手で握る。

「えぇ契約は守ります、まさか本当にご帰還なさるとは思っておりませんでしたが」とこちらをジロリと見てくる。

 言ってみるもんだな、これで伊吹からの1万円も戻ってくるだろうし永井さんからの1万円とで当分おなかいっぱい食べれそうだ。

「それとガスライトは本日を持ちまして深淵研究会の正式な支部として認められました。おめでとうございます、専属連絡員は、私深淵九郎が勤めさせていただきます」と一礼した。

「やっほぉぉぉぉ」と伊吹が本を高らかに上げジャンピングガッツポーズを決める。

「登志、時々顔見せに来てくれるんだ」と佑香さん。

「えぇそうなりました、姉さんここでは九郎と呼んでよあぁそれから三島さん聞き取り後報告書お願いしますね」

「あぁわかってるよ」とめんどくさそうに手を上げ答える。

「ではこれで失礼を……」

「登志ランチ食べていかない?」

「いきません」と店を出て行った。

「あの人佑香さんの弟なんですか?」

「えぇそうよ」

「そしてぇ~わたしを深淵研究会に誘ってくれた人でもあるのだよ」と伊吹が本を掲げ見ながらそう言った、あいつがラスボスか。


 深淵九郎からヴァルトゥームが再び1000年の眠りについたと連絡があったのはそれから間もなくの事であった。


 ――この春に東京の高校へ入学する事は前から決まっていたけど、まさか鈴森くんと同じ御須門学園だとは思っていなかった。

 私の転校が決まったのは母のお兄さん、つまり私の叔父さんに隕石の話をした時だ。

 花生村には昔からUFOの目撃情報が絶えなかったが、私はその正体が隕石だという事を知っていた。

 よく裏山へ遊びに行き隕石を拾っては遊んだ、小さかった頃の私はそれが当たり前のことだと思っていたがそうではなかった。

 隕石は非常に貴重な物で子供がそうそう見つけれるものではないのだ、けれど私の宝箱の中には虹色に輝く物や徐々に小さくなっていく物など様々な隕石が納められていた。

 そのことを自慢げに見せたとき薦められたのが御須門学園だった。


 しかしもう隕石たちは私の手元にはない、火星から戻ったのちに全て叔父に取り上げられたのだ。

 そう私はあの日、山へ出かけあれを見つけてしまった。

 花が咲いている珍しい物だったが村長さんが欲しいと言ったのでそのまま譲ったのだ、しかしそれが全て誤りだった。

 今でも後悔をしている。村長さんに譲るべきではなかった、そもそも隕石集めなどするべきではなかったのだ。

 もし鈴森くんたちが来てくれなければ村中の人々どころか妹の加奈までも死んでいただろう。

 私はその罪悪感からか精神的に滅入ってしまい叔父に東京のカウンセラーを紹介してもらった。

 その方の名前は『戸隠とがくし佑香うか』と言う、急遽きゅうきょ変更になった私の下宿先の大家さんだ。


 ――4月1日、火星からの興奮冷めやらぬ朝のコーヒーの香り、ここは英国風喫茶店ガスライトだ。

客はいつも通りの4人、入ってすぐのカウンターに僕、その隣に今日は大人びた服を着ている伊吹、カウンター奥の席にサラリーマン三島さん、手前のソファー席にゴスロリ永井さん。

「そうそう佑香さん、SAN値って知ってますか?」伊吹の奇妙な行動にほとほと困っていた僕は本人を目の前に相談を始める。

「えぇ、無くなっちゃうと探索者じゃいられなくなるっていうあれでしょ?」

「はい、それを回復させる手段って……」

「そんなことも知らないのですか? 恭平君は」と伊吹が絡んでくる。

知っているならまずお前が実行しろよ、もし実行してることがあるならそれ全く効果ねーから。

「いいでしょう。わたしが教えてあげましょう、事件を解決すれば回復するのですよ」と伊吹が人差し指を立てながらえらそうに言う。

「で、佑香さん知りませんか?」とガン無視して聞く。

「ふふっ、そうね鈴森くんくらいの年頃なら好きな人と良い時間を過ごすだけでも回復するんじゃないかしら、あとは本格的にならカウンセリングとかかなぁ」

「カウンセリングですか、いい先生ご存じないですか?」

「どうして、そんなに深刻そうに見えないけど?」

「いえ、伊吹をかよわせようと思って」

「えぇ~、わたしそんなことしてる暇ないよっ!」

「ん~、みのりちゃんは特別だしね、でも安心して、みんなのことはちゃんと診てますから」と意味ありげなセリフを吐いてカランカランと迷い込んできた客の接待へ向かった。

「あっ、優奈ちゃんだ」「あっ、みのりちゃん」

「えっ?」と振り返るとボストンバックを持ったお洒落おしゃれな帽子がよく似合う優奈さんがいた。


 優奈さんが改めて挨拶して回る、同じ高校に通うことは知っていたが下宿先まで被るとはまさに運命としか言いようがない。

 201号室が伊吹、202が僕、203が優奈さん、204は空き部屋で佑香さんが「学校が始まってからでいいから誰か引っ張ってきてね♪」とご機嫌で言ってきた。

 優奈さんは僕の隣へ座ってくる、そしていつの日と同じく美人に3方向囲まれた僕を三島さんと永井さんがおそろいのジト目で見てくるのだった。

 今度は1人まともな女の子がいるぞぉぉぉ。


 ――優奈ちゃんに鼻を伸ばすキョウちゃんを尻目に、わたしは持ち帰った『ポプリン卿の日誌』を詳しく研究することにした、トシさんから貰ったばかりの『ネクロノミコン(サセックス草稿そうこう)』も読みたかったが、それよりも気になることがあったのだ、そう、あの村長の日記に出てきた新参者のことだ、優奈ちゃんに訊ねてもそんな人は村にはいなかったと言う、わたしは魔道書コレクションからの『ポプリン卿の日誌(英語版)』を引きだし、まず概要を比べてみる、明らかに内容が違うのがわかる。

 例えばこの部分だ『ヴァルトゥームは枯れた火星を捨て地球を侵略するために宇宙船を欲しがっている』が村長宅版では『火星侵略の足がかりとして地球を征服するため門を使う』に変わっている。

 つまりこれは偽書ぎしょなのだ、誰が書いた物なのか? 悪い予感が当たっていなければよいのだけれど。

 丁寧に村長の方をめくっていくと1枚のページに透かしが入れられているのに気づく、光に当てると直線を折り重ねた単純なマークが浮かび上がってきた。

 最悪だった。『ニャルラトホテプの印』が本に刻み込まれていたのだ、これがニャルラトホテプの作品である事は間違いない、わたしたちは彼女の手のひらでもてあそばれただけだったのだ。

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