(2) クッキーとストラップ
最初に田所たちが訪れたのは、エンターテイメント棟の1階にあるリハーサルルームだった。レッスンルームとは異なり、ここではショーに出演するキャストが練習したりする場所で練習の場所というよりは舞台監督などが演者の指導をしたり、配役のオーディションや審査をする場所、という意味合いが強い。設備そのものは普段さくらたちがつかうレッスンルームとはほとんど変わらない。ただ広さだけは倍以上ある。
田所さんが先に中に入り責任者に承諾を得ると、しばらくして扉を開けてみんなを呼んだ。中には新人のダンサーさんらしき女の子が6人がいて、その前に立っているのは川尻みそのだった。
「落ち着いて練習通りにすれば大丈夫だから。バディが何か失敗したらフォローしてあげてね。パレードはお互いのチームワークが一番大事だから」
みそののその言葉に、ダンサーたちが一斉に「はい!」と返事していた。
リポーター役の美咲が声をひそめてその様子をレポートした。
「どうやら、新しいパレードのオーディションのようです。みんな緊張していますねー」
いつもはどちらかというと優しい人というイメージのあるみそのだったが、この日カメラに捉えられたみそのは、高校生とは思えないほど大人びた、真剣な顔をしていた。
見た目はどちらかと言えばギャル系のみそのだったが、その視線はプロのものだった。
みんなが練習を始めると、みそのはいずみに声をかけられ、カメラの前にやってきた。いずみがインタビュアとなって収録を始めた。
「ダンサーのステージユニットのリーダーのお一人、川尻みそのさんです」
そう紹介すると、みそのは先ほどまでの怖いぐらいだった視線を一変させ、明るい笑顔をカメラに向けた。
「エンターテイメント部、パフォーマンスユニットの川尻みそのですっ! よろしくね!」
「今は何をしていたんですか?」
「今度はじまる新しいパレードのオーディションがあるから、そのトレーニングだよ。今そこで練習している子たちは、みんな新人さんなんだ」
「なるほど。先輩として、いろいろ指導していたんですね」
「うん。みんな大事な新人さんだから、できればみんなデビューしてほしいんだ」
「みんな女の子なんですか?」
「男の子は男の子で別にリーダーがいるからね。あ、もちろん、普段は一緒に練習もしているよ」
最後に、キャストに一言、といずみに頼まれるとみそのは、カメラに元気な微笑みッ見せた。
「わたし達ダンサーも、新しいイベントやパレードに頑張って準備しているから、楽しみにしててね! そして、キャストのみんなも一緒に盛り上がっていこうね!」
田所がOKを出すと、みそのは「こんな感じでいいの?」と田所に尋ねた。
「はい、ありがとうございます。それにしても、すごいですね。台本とかないのにインタビュー受けるの、とても上手ですね」
「あはは、まあ、そんなに難しいこと聞かれるわけじゃないから。いずみちゃんの話し方もわかりやすいのもあったしね」
さくらたち4人がダンサーたちに話を聞いている間、壁際でその様子を見ていたみそのがいずみに声をかけた。
「このまえ、妹がお世話になったらしいね。妹が感謝してたよ」
「妹さん?」
「うん。ほら、ステージに遅れて……」
「妹さん、Figure!のメンバーだったんですか?」
「うん。わかばっていうんだけど」
「あ、あの小っちゃい子……」
「メンバーで中学生なのわかばだけだからね」
「そうですか。さくらが聞いたら喜びますよ。仕事を横取りしたと思われたんじゃないかって気にしてましたから」
「そうだったんだ。じゃあ、2人にもお礼言っとかないとね」
いずみとみそのがそんな雑談を続けていると、ドアが開く音がした。
ふたりがそのドアに視線を送ると、よく知っている顔が二つ並んでいた。
藤森と舞がいつもと違う雰囲気に気が付いてきょとんとしていた。
手にしたバスケットを持って藤森がいずみに気が付いて笑顔を作った。
「いずみさん達だったんですねぇ。カメラが回っててびっくりしました」
「それ、どうしたの?」
「差し入れです。あの、みそのさんの指導してるユニットに混ぜてもらっていつもトレーニングしているので」
みそのが明るい表情を浮かべ、藤森と舞の顔を見た。
「二人がいるおかげで、みんなも練習にハリが出るしね。それに、いつのまにか妹がりさちゃんと友達になってたし」
いずみが少し驚いた表情を見せた。
「え? 知り合う機会なんてあった?」
「はい! あ! 言ってませんでしたっけ? あの、この前のライブの収録の後なんですけど、竿灯祭りの屋台のところで偶然……」
そう答えながら、藤森は折り畳みの机の上にバスケットを置いた。舞が持ってきた2本のお茶のペットボトルを隣に置いて、いずみに声をかけた。
「りさちゃん、すごいんだよ? クッキーとかパンとか焼けちゃうんだよ!」
「そうなの? すごいね。 わたし、料理はできるけど、お菓子とか作らないから」
いずみに褒められて、藤森が顔を赤くして「そ、そんなことないですよ~ レシピ通りにしてるだけです~」とやたら恥ずかしがっていた。
インタビューを終えたダンサーの6人を集めて、みそのは休憩させた。
みんな女の子だからか、床に座り込んで中心に置いたバスケットを藤森があけると歓声があがった。1人の子が「りさちゃん、ありがとう!」というと、「いつものお礼です~」とまたまた恥ずかしがっていた。
その様子を田所さんと佐藤さんが撮影していた。
そして、佐藤さんが隣に立ついずみに耳打ちすると、いずみは6人に混ざって座っていた美咲とさくらに耳打ちした。
みんなにクッキーがいきわたると、緊張した面持ちの藤森と舞がカメラの前にいた。その両サイドに美咲とさくらが膝立ちして、インタビューを始めた。いずみが自分でやらないのは、美咲とさくらに収録の経験値を積ませたかったからだ。一応フローラのリーダーであるいずみの配慮だった。
さくらが藤森にマイクを向けた。
「りさちゃん、ダンサーさんたちと練習してるんだね?」
「はい! 私たち、まだまだ初心者だし、それにパレードとかショーの経験もまだまだたりないし、それでみそのさんに相談したら誘ってもらえて。だから、みんなと練習一緒にできてとってもうれひいれひゅ!……うー噛みました…」
みそのといずみが妹を見る姉のような表情で小さく笑った。
いずみにこっそり耳打ちして、みそのは目を細めた。
「こういうとこ、妹となんか似ててね……」
「ふふ、そうなんですか」
美咲はそこはスルーして舞に尋ねた。
「それで、こうやって差し入れとかしてるんだ」
「うん。あ、でも、私はお菓子とか作れなくて……」
ダンサーの1人が自分のポーチを取り上げて、ついているレザー地の小さなストラップを美咲に見せた。
「これ、私たちの目印にって
「そうなんですか! えー まいちん、めっちゃ女子力高いじゃん!」
「ええ!? 100均で売ってるのを組み合わせただけだよ~!?」
さくらと美咲がまわりを見ると、みんなのポーチに同じレザー地のストラップがついていた。
「安浦浜さんがね、楽屋とかでポーチとかよく混ざってこんがらがっちゃうから、それでって」
「なるほどなるほど、まいちん、やるじゃん!」
舞は「えへへ、そ、そうかな……」となんだか少し恥ずかしそうだった。
**
舞たちの意外な特技を知り、練習風景の撮影も終わった田所たちは、舞たちに見送られてファンタジー・ガーデンのバックステージに向かった。そこにはちょうどグリーティングに向かうところだったSTARの3人が待機していた。
コスチュームはRPGのゲームに出てきそうな冒険者風のものだった。最近販売されたゲームのデザインに準拠しているとこの前のトレーニングでさくらたちも聞いていた。こまちとつばさがやたらテンションが高くなっていて、ちょっと呆れ気味の田澤がお姉さんのように2人を見守っていた。
撮影の予定はなかったが、田所と佐藤がその場で相談して撮影を始めた。
だが、そのターゲットはSTARの3人ではなかった。
てっきりインタビューされるのは3人だと思っていた、20代半ばぐらいのキャラクター・ハンドラーのお姉さんは、いずみにマイクを向けられると「ええ!?」と驚いて緊張した顔をカメラに向けた。
お姉さんはさくらたちとも顔なじみで、普段はココやミミなどのキャラクターなども担当している。顔を出して直接やり取りできるアンバサダーたちとは自然と仲良くなっていた。とはいえ、接する時間は短いし、同じエンターテイメント部に所属するとはいえ部署が違うのであまり詳しい話を聞いたことはなかった。
いずみが(あざとい)笑顔をカメラに向けて、話し始めた。
「キャラクター・ハンドラーはどんなお仕事ですか?」
「はい! キャラクターやダンサーさんなどの出演者のオンステージでの誘導、そして出演中のエリア周辺のモニターやゲスト対応などを行っています!」
「私たちのステージ周辺でも対応されてますよね?」
「もちろん! アンバサダーのみなさんのステージには、最近では小さなお子様だけでなく、大人の方や学生さんなどもよくご覧になるので私たちも勉強の毎日です!」
「どんなことに注意しているんですか?」
「そうですね~ アンバサダーのみなさんのファンの中には、応援する気持ちが熱すぎて体を大きく動かしたり、ジャンプしてしまう方もいらっしゃいますので、気持ちはわかるんですが周りのゲストの迷惑になってしまうこともありますから、そうならないようにスピールしたりして気を付けています」
「なるほど、気持ちがわかるだけに……ん?」
「ん?……あ!」
キャストらしい表情で話していたお姉さんは、自分の発言の意味に気が付いて顔が赤くなり始めた。つばさが気が付いて顔をニンマリさせた。
「どんなライブでもレギュレーション違反は良くないからねー」
さくらと美咲は意味がよくわからないらしく、「れぎゅれーしょん?」と口にして顔を見合わせた。いずみは一応意味が分かっているらしく、触れていいのかどうかちょっと悩んだ。
いずみと美咲たちの顔を交互に診て、お姉さんは白状した。
「私、昔から声優ファンでっ! アイドルとかも好きで! 秘密とかじゃなかったんですけど!……ライブとかよく行くんで……」
つばさがお姉さんの肩に手を置いて、うなずいた。
その顔には「わかるわ」と無言の文字列が貼りついていた。
お姉さんはその顔を見て、どうやらつばさが『同志』であるらしいことに気が付いて手を取り合っていた。
**
つばさとお姉さんの間に友情が芽生えたのを確認した後、さくらたちは本来の目的地へとバックステージを進んでいった。
その目的地は周りを森に囲まれ、小さな泉を模した人工池がある場所で、建設中のテーマエリア「シルバーラッシュ・ヒル」とのエリア境界線に隣接している。その森の中に山小屋のような建物があり、シアター形式のアトラクションとなっていた。
バックステージ側の入り口からアトラクションのオフィスに取材に来たことを田所さんが伝えると、このアトラクションのSVがアトラクションの概要をさくらたちに説明してくれた。
このアトラクションは「森のコンサート」という名前で、アニマトロニクスという技術でリアルに再現された「森にすむ様々な動物たちによるコンサート」をゲストに体験してもらう、というストーリーになっているとの事だった。
施設は、森の中にある待ち列(キューライン)、ゲストが最初に案内されるプレショーエリア、そして、実際にショーをみるショーエリアに分かれている。
さくらたちが見せてもらったショーエリアは、まだゲストが入ってくる前でその作りがよく見えた。森の中にある丸太や木の葉などでできた(ように見える)座席やステージがスポットライトで照らされていた。非常口を表す緑の光がここが室内であることを再認識させるが、ステージの方を向いて座っている分には関係なさそうだとさくらは思った。
そして、そのショーエリアとプレショーエリアの間にある「関係者専用」と小さく書かれた扉を開けると、そこはプレショーエリアを監視する機械操作室だった。オンステージ側はマジックミラーになっていて雰囲気を壊さずにステージを操作できるようになっている。
演出用の機器を操作するのはアトラクション・キャスト、そしてプレショーを担当するのがアトラクション・エンターテイメント・キャストということだった。
アトラクション・キャストのベテランのお兄さんが、撮影の前にということでプレショーの台本を見せてくれた。美咲が興味を持ったようで覗き込んで読み込んだ。
「えーと…… 『こんにちはー (ゲストに呼びかけ、反応をみる。アドリブ可) 私は森に住む(きこり・女の子等 アドリブ可)です! 今日は私の住む森の動物たちがコンサートを開くそうです。その動物たちがゲストのみなさんを会場に招待したいといっていますよ。(映像再生 21秒)……」
ほうほう、と頷いて美咲がさくらたちに興味深そうな顔を向けた。
「なんか、意外とアドリブOKなんだね。全部決まってるかと思ってた」
お兄さんが教えてくれた。
「東京のテーマパークのアトラクションだと、台本は全部決まっててアドリブ禁止なんだよね。ここはそういう点ではすごい自由だよ」
一同が「へー」と納得していると、ピーピーという電子音が聞こえた。スタンバイキューラインに並んだゲストをプレショーエリアに入れる準備ができたことを教える合図だった。お兄さんは「じゃあ、始めますよ」というと、操作卓の"SHOW PROGRAM START"とプリントされたボタンを透明の蓋を開けて押した。
操作室の監視窓から見ると、ゲストが入ってきた。窓越しに様子を撮影するために、田所が三脚に載せたカメラを回し、佐藤がデジカメで写真を撮っていた。
小さな子供を先頭に親子やカップルなどが続いたが、不思議なことに『おっきなお友達』のような男性の姿もちらほら見えた。お兄さんが壁のシフト票を確認すると、さくらたちに教えた。
「あー、この回はさっきの『自由』の意味が分かる感じになると思うよ」
さくらたちはまだ意味が呑み込めないので、「そうなんですか?」と小首を傾げながらキャストが登場する予定の正面のステージに注目した。
台本によるとステージの中央には演出用の機械式ポップアップが設置されていて、BGMで流れるドラムロールに続いてプレショーを担当するキャストがせりあがってくることになっている。ゲストの案内を終えたキャストが扉を閉じ、所定の位置で確認のボタンを押すとBGMとステージ上のスポットライトが変化した。
さくらたちが注目する。
台本を下読したさくらたちは、最初の「こんにちは」の一言がいつ来るのかを待っていた。
ドラムロールが鳴り響き、
ステージ中央に女の子が飛び出した。
なぜかネコミミ、いや、それ以外のケモノミミを付けた女の子が。
そして、最初の一言は――――
「みなさーん! こんにちはですわー!!」
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