(3) それぞれの事情

 休憩時間になり、アウローラメンバーはブレイクエリアに移動した。オフィスの前の廊下を進んで奥の方にいくと、本社勤務の社員たちが使うブレイクエリアがあり、そこはアウローラのメンバーが使ってもよいことになっている。開放的な作りになっていて静かにつかうように指導されている。


 美咲と舞がお菓子を半分こしながら廊下近くのソファに座っていると、足音が聞こえてきた。首だけ動かして音のしたほうをみる。つられて舞も顔を向けた。

 映像制作グループやショー開発グループのオフィスが近くにある場所で、その扉の一つに見覚えのある2人が入っていくのが見えた。


 興味をそそられた美咲とそれに気が付いたこまちが、そ~っとその部屋に近づいた。入口のガラス戸には「外部の声優さんも使用されます。きれいに使用しましょう」と書かれた紙が貼ってあった。ガラス戸にStudio-Aと書かれている。


  さくらが、美咲の後ろに来て、遠慮がちに声をかけた。


 「だ、だめ、だよ? お仕事中だよ?」

 「でも、さっきのはさ、城野さんとSVだったよ?」


 こまちが壁に耳を当て、『声っ! 城野さん?』と小さな声で美咲に報告した。




 音声スタジオの中では、スタジオの音声製作チームのエンジニアが二人ほど詰めていて、音声ブースの手前の椅子に腰かけて、SVが中にいる城野の様子を見ていた。エンジニアが声をマイクで城野に指示を出す。


 「それでは、ページングの1番お願いします。通常放送で」

 「わかりました」


 ガラスの向こうの小さな音声ブースで、城野が呼吸を整える。

 エンジニアがキューを出す。城野がマイクに顔を向ける。

 いつもの声とは違う。



 『アーニメント・スタジオ、デイタイム・エンターテイメントプログラムのお知らせです。あと、30分で、ここフェアリーガーデン・ステージにおいて、ココと仲間たちが繰り広げる愉快なダンスバラエティ―「アーニメント・キッズフェアリーズ!」が始まります……』


 気が付けば廊下のドアにメンバーが貼りついていて、中から漏れ聞こえる声に耳を澄ましていた。通りかかった社員が驚いて2度見していたが、城野の声に耳を傾けていたさくらは気が付かなかった。


 『家庭教育出版グループがお送りする、「アーニメント・キッズフェアリーズ!」は、あと30分で始まります。どうぞお楽しみに!』


 城野の声は、いつもの声とは全く異なり、美咲にはまるで優しいお母さんかお姉さんのように聞こえた。表情を作って読み上げていたが、それが終わると、ちょっとブスッとしていた。


 一呼吸おいてエンジニアの「はい、OKです」という声がブースに響いた。

 城野は「ありがとうございました」と頭を下げた。


 そのエンジニアが椅子に座ったまま後ろに振り向いてSVに聞いた。


 「どうです? いいと思うんですが」

 「そうですね。ありがとうございます。これで監督に確認してもらいます」


 いきなりお願いしてもうしわけないです、とSVが声をかけると、エンジニアは別にかまわないですよ、オフィスで作業するより楽しいですし、と気にかけていないようだった。音声ブースから出てきた城野は、ずれたメガネを右手でくいっと挙げた。


 「なんで、今さらこんなことに……」


 ドアのガラスから見ていた美咲には、SVは城野の様子を面白がっているように思えた。腰に手をあてて、上機嫌そうだった。


 「よかったと思うわよ? おじさまも気に入るとおもうわ」

 「音声撮りなんて何年ぶりですよ? プロに頼んだほうが……」

 「そんなことないわよ」


 SVがひらりと体をドアに向け、ドアを引いて開けた。

 そこには、山なりなった美咲たちがあっけにとられる姿があった。


 事態を把握した城野は


 「んあぁ……んがっ!」


 と、形容困難な声を上げた。

 城野の反応に満足したSVは、追い打ちをかけた。


 「評判いいみたいだし、ほら、ね?」


 美咲は、城野と目があって、えへへ、とバツが悪そうに笑っていた。城野は固まっていたが、美咲たちの後ろにみんなを呼びに来たトレーナーが顔を見せたので、視線をあわててずらした。


 「はいはい、トレーニングの続きよ! ほら、戻った戻った」


 はーい、というみんなのあわてたような返事が重なり、小走りにみんながトレーニングルームに戻っていった。トレーナーは左手を腰にあてメンバーの様子を見ていたが、ちらりと城野に視線を向けると、にたーっと表情を変えた。

 

 「よかったと思うわよ。かわいくて」


 うえー!? 


 と、また変な声を城野は上げた。


 トレーナーがみんなを追いかけてスタジオの前からいなくなると、若干顔を赤くした城野がSVの顔を覗き込んだ。その目はいつもの城野らしくない、女の子のそれだった。


 「黙っててくださいよ。私の経歴、あんま自慢できないですから」

 「わかってるってば」




          **



 7時を過ぎたころに田澤とつばさも合流し、全体練習も始まった。

 その練習もダンストレーニングも後半に入り、午後9時を過ぎたころにはユニットごとにトレーナーの前で各パートの動きが確認されていた。 


 さくらや田澤のユニットは問題ないと判断され、トレーニングルームで城野の指導を受けながら演技指導が行われていた。


 だが、舞たちのユニットは妙に時間がかかっていた。

 気になったさくらが視線だけ隣のトレーニングルームに向けると、ガラスの向こうで舞たちが踊っているのが見えた。



 トレーナーは腕を組みながら舞たちのユニットの動きを見ていた。

 後半になるにつれて、舞の表情から笑顔が消えた。

 そして、何より気になるのは、ダンスのステップに集中しすぎて顔がすこし上向きになることだ。リズムを追うのに必死すぎて表情に意識を向けられない時にでる初心者特有の問題だった。


 すかさずトレーナーが声を上げる。


 「舞! アゴ引いて! 表情作る!」


 そういわれて舞が意識して表情を作ると、今度はステップに乱れが生じる。

 ショーの進行が不可能なほどではないのだが、必死さが伝わってくる。

 そういう必死さは大切なのではあるが、今出演しようとしているショーは子供向けの「ダンスバラエティ」なのであって、子供からどういう風にみえるか、という点は見過ごせない。



 最後のステップが終わり、3人ともポーズを決める。

 そこはうまくできたので、トレーナーは軽く頷いた。


 「とりあえず合格点じゃないかしら。舞は表情とステップ両方に気を配れるように気を付けて。いいわね」

 「はい……」


 じゃあ、汗を拭いてストレッチしておきなさい、とトレーナーは手にしたバインダーの書類に記録を書き込んでいた。


 舞は広森と藤森にさきにいってて、と声をかけると、一歩前に出てトレーナーに必死そうな顔を向けた。


 「あの、さっきのところ、もう一度見ていただけませんか!?」

 「舞、おまえ自主トレもやったろ? そんなに一気に練習してもきついだけだぞ?」

 「気になるところがあって…… 一回だけでいいんです」

 「……よし、わかった。どこを見てほしいんだ?」


 顔を洗いに楽屋に行っていた美咲たちがトレーニングルームに戻ると、舞がトレーナーの前でダンスを見せていた。トレーナーも何か動きを指導しているようだった。


 美咲は舞の様子に感心したらしく、


 「まいちん、頑張ってるなぁ」

 

 と素直な感想を口にしていた。

 だが、全体練習から参加していた田澤は、



 「ちょっと頑張りすぎじゃない?」


 とスポーツドリンクの入ったボトルのストローを口にしながら心配していた。



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