(3) 先輩「川尻みその」


 7月最初の土曜日を迎えたパークではあったが、夏休み前という事と急に暑くなったという点も影響したのか、あまり入園者の出足はよろしくなかった。


 AMBの撮影クルーがこのまえの取材の続きとして、この日はフェアリーリングに同行する予定になっていて、その予定を聞かされた舞は少し緊張していた。

 以前の流れが続くなら、どうやら自分を中心に撮影されそう、と思ったからなのだが、世の常としてその手の歓迎せざる予感はよく当たるもので、朝のミーティングから業務用HDカメラのレンズが自分をしっかり捕えていることを自覚するしかなかった。今回はカメラマンが女性だったのが舞にとって救いだった。明るい茶色の髪をポニテに結んだ20代くらいのお姉さんで、時々雑談したりして緊張をほぐしてくれた。




 舞たちが出演するステージは、前回のキッズフェアリーズの時とは異なり、アドベンチャー・ラグーン内にある「アドベンチャーラグーン・ステージ」で、海外貿易を営む商人が立てた商館、というバックグラウンドストーリーを持っている。

 万国旗が紐で吊るされ、船舶用の木製コンテナなどを改造した(という設定の)ベンチが客席に並んでいる。そこだけ見ればいかにも、という感じなのだが、例によってステージ以外の場所ではポスター・のぼり・自販機のテーマ性破壊御三家がいろいろ氾濫していて雰囲気をぶち壊している。


 舞がよく見るアニメとか漫画あるいはこれがライトノベルであれば、ここで客席一杯のゲストがステージを待っていて、緊張を乗り越えての涙のステージ! だったりするのだろうが、映像的にどうつくろっても集客率は30%程度で、フェアリーリングのメンバーは、バックステージの壁の隙間から顔を並べてその様子を不安そうに見ていた。



 ショーの開演にあわせてステージ周辺でグリーティングを行っていたフローラがバックステージに移動する時間になり、ハンドラーの誘導のもと、いずみを先頭に一列でバックステージに向かった。


 バックステージへの木戸につながる通りを進んでいると、カップルの若いゲストからいずみが声をかけられ、一緒に写真をお願いできないかと頼まれた。

 城野と目で合図していずみがゲストを応対したのだが、いずみはその場では写真を撮らずに、ゲストの女性に「ここより明るくてきれいに撮れるとおもいますので、あちらで撮るのはどうですか?」と提案していた。その笑顔はいつもの完璧なモデルスマイルで、女性はいずみの提案に全力で同意した。


 いずみたちの横をクリンナップ・アーティストの若い2人の女の子が通り過ぎて行った。レストルームの清掃をしていたようで、1人の女の子が「うぷっ」と気持ち悪そうにしていた。どうも芳香剤の臭いがダメで……みたいなことを言っていて、もう一人に心配されていた。


 いずみはそれを表面上は気にも留めないようにふるまい、ゲストに笑顔で対応していた。写真を撮り終え、カップルが何度もお辞儀して去っていくのを手を振って見送り、そのまま奥の木戸からバックステージにいずみたちは戻った。




 スケジュールの関係でパイレーツ・コーストの"海賊レストラン"といういずみが言うところの「ダッサイ名前!」な店舗のすぐ裏につながるブレイクエリアに入ったフローラのメンバーは、城野がもってきたリフレッシュドリンクを受け取って、安物のソファーに腰を下ろしてブレイクに入った。探検隊コスチュームはハーフパンツで、脚を組んだいずみが脚線美を惜しげもなく披露していた。数秒それに見とれていた美咲がいずみの隣に立ちながらさっきのゲスト対応について尋ねた。


 「さっきさぁ、なんでゲストに別の場所案内したの? いつもその場で撮ってたのに」

 「あのゲストの事? そりゃ、あの場所があんま気に入らなかったからよ」

 「そうなの?」

 

 リフレッシュドリンクのペットボトルを半分くらい一気に飲み干した後、いずみが理由を答えた。


 「店にはポスター、場違いなのぼり、安い作りの商品ワゴン! どれも雰囲気ぶち壊しだったっしょ? それに……」

 「ほかにもあるの?」

 「トイレよ、トイレ! あそこにゲスト用のトイレがあったでしょ? あの臭さを芳香剤でごまかすの、私ダメなのよ。小さいころから車の芳香剤かいだだけで車酔いしたぐらいなのに。ゲストの前で鼻つまんで写真撮るわけにいかないっしょ? ゲストにも失礼だし」


 ゲストはあまり気にしていないようではあったが、写真は長い期間残るものであってそういう点をいずみは気にしているようだった。


 「私が仕事で撮影してた時だって背景は結構気にかけたものよ」


 というのがいずみの考えらしい。すると美咲が


 「いずみんは、そういうとこも考えてるのか、なんかすごいね」


 と、えらく感心していた。だが、そこまでいうと、美咲の腹のなる音が聞こえた。ブレイクエリアのお店につながるドアから、甘いタイヤキを焼く香りが漂ってきて、胃袋がそれに反応したようだった。

 美咲が顔を赤くして、「だって、朝そんなに食べてなくて……」と弁解していた。

 

 「美咲は色気より食い気ってところね」

 「食欲だって大事だよ。 お腹すくと人って死んじゃうらしいよ?」


 美咲が少し恥ずかしそうに反論していると、城野がスマホの通話をやめて美咲たちに声をかけた。


 「みんな、次のロケーションいくわよ」


 はーい、と美咲たち3人の声が揃ってブレイクエリアに響いた。



          **


 

 客席が55%ほど埋まったところで、「We ARE AdventurerS!」の開演時間が近づく。このショーにもステージを進行するMCとしてパフォーマンス・ユニットのダンサーが出演することになっている。台本も決まっていて打ち合わせることはあまりないので挨拶と軽いミーティングしかしない予定だったが、今日出演する予定だったダンサーが急遽出演できないという事で代役のダンサーさんが来ることになっていた。


 SVがそのことを説明して間もなく、楽屋の扉がノックされた。


 代役として急遽送られてきたのは、この前舞とトレーニングしていた「川尻みその」だった。すでに水兵のコスチュームに着替えていたて、楽屋に入るとすぐに舞に気が付いて片手を広げて「おはよー」と挨拶した。

 広森と藤森が一瞬驚いた。会話する機会はあまりないがパフォーマンスユニットの中でおっかけが出るほど人気がある人物だと知っていたからだった。

 3人でおはようございますっ!と挨拶を返すと、みそのは舞に軽くウィンクした。

 

 「さっそく、同じステージに立てたねっ」

 「はい! よろしくお願いします!」

 「アンバサダーの名前でステージに立つのみんな初めてなんだよね?」


 広森がちょっと緊張した笑顔で答えた。


 「ええ、キッズフェアリーズでは名前は出しませんでしたから……」

 「そっかー。そうだよねぇ。じゃあ、名前覚えてもらうチャンスだね」


 舞は少し遠慮がちに質問した。


 「あの、こういうショーで名前って覚えてもらえるものなんでしょうか?」


 みそのは目を閉じて少し考えてから、舞にちょっと首を傾げながら口をひらいた。


 「正直わかんないなぁ。私、ここで名前出して出演した事ないからね」

 「え? そうなんですか? でも……」

 「ん? あ、えっとねぇ……名前とか出したりしないんだけど、ショーとか好きなゲストにはいつのまにか覚えられててね。うちらのユニット、そういうの多いんだ」


 パフォーマンス・ユニットの出演者情報は会社外には漏らさないようになっているし、原則として非公開のはずなのだが、どこで情報を見つけてくるのか、その手の追っかけ的なゲストはいつのまにか出演者のスケジュールなどを知っていることがある。


 みそのの場合はまさにその典型例で、彼女が出演するショーやアトモスファなどにファンらしきゲストが何の告知もないのに集まっていたりする。

 ただ、会社側もある意味で黙認している状態で、個人で勝手に写真に一緒に写ったり、フルネームのサインをしたりするのを禁止するだけで、ファンが暴走しない限り、あるいはほかのゲストに迷惑でない限り止めたりしない。


 みそのは、その意味で「アンバサダー・キャスト」の先駆けともいえる存在といえるのだが、では、なぜ彼女がアウローラのメンバーにならないのかという事は舞たちにはわからないことだったし、詮索するのも失礼なような気がして尋ねることもしなかった。


 広森や藤森はまだみそのとは面識があまりないはずではあるが、みそのがあまり上下関係を強調するタイプではないこともあってか出会ってから数分で藤森たちと打ち解けている。それを見て、みそのは十分すぎるほど美人だし人気出るのも当然かな? と舞は思った。


 みそのが出演することをかぎつけた「おっかけ」がやってきたおかげか、ほんの少しだが集客が増えたようだった。それでも、客席にはだいぶ空きがあった。

 ただ、前方のファミリーエリアには子連れのゲストが集まっていて、子供たちがにぎやかな声でわいわいと騒いでいた。




 開演時間5分前となり、MC役を務めるみそのがステージにあがり、ゲストにショーの進行の諸注意や手拍子の練習などをして場を暖める。

 そして、開演時間のオンタイムとともにオープニングのミュージックが流れ、ココやミミとともにフェアリーリング達がステージに飛び出して、ショーがスタートした。



          **



 月曜の夕方のニュースがはじまる。オフィスの応接エリアにあるテレビの前に陣取って、アウローラのメンバーみんなでオンエアチャックという名目のお茶会が始まる。

 今日はフローラがスケジュールの関係でOFF日になっていて、さくらたちが出勤していなかったが、ほかのメンバーはドリンクやら久保田が差し入れたお菓子やらを手にしてそれぞれソファーに座ったり、テレビの見える位置に立ったりして放送をわいわいと待っていた。

 全国ニュースから飛び降りて短いローカルニュースが伝えられると、地元の話題を特集したコーナーが始まる。


 広森と藤森に挟まれて座っていた舞が、顔に変な力を入れながら放送を待っていると、いきなり舞のトレーニング風景が画面に映し出される。

 みんなが少し前のめり気味にテレビを見ていると、ここ数日取材されていた内容が編集されて放送された。


 舞が予想していた通りほぼ全編にわたり舞が取材対象になっていて、女性アナウンサーのナレーションが映像につけられ、まさに「目標に向かって頑張る女子高生」というイメージだった。コーナーの最後にフェアリーリングの出演は次の土曜日も予定されている、という告知が流れた。


 画面がスタジオのセットに切り替わると広森とこまちがなんだか楽しそうに拍手し、つられてみんながパチパチと続けたので、舞は照れ笑い半歩手前という複雑な表情を浮かべていた。もう少し湿度が高ければ頭上に湯気がたったに違いない。広森が舞をなだめながら、反対側に座っている藤森にいつもの穏やかな表情を向けた。


 城野と顔を並べてデスクで作業していたトレーナーが、トレーニング用の資料をバインダーに挟んで立ち上がり、腰に手を当ててみんなに宣言した。


 「さあ、練習に戻るよー。舞ぃ、お前注目されるからな、気合入れてやれよ」

 「ひぃ!」


 ご指名を受けた舞が、びくりと背筋を伸ばした。




 その日の勤務が終わり、終礼後のタイムレコーダーの儀式が始まるころ。

 学校の制服姿の舞がカバンからスマホを取り出してみると、3通の新着メールが届いていて、それぞれさくらたちからのものだった。


 いずみは短く「テレビみたよ。なんかいい感じだったね」という実直なもので、逆に美咲は顔文字などを多用しつつ「まいちん、まじヒロイン」とか「これは惚れますわ」とか、読んだ舞が苦笑するような内容だった。ただ二人とも、舞が思った以上に真面目に練習に取り組んでたということに感心したよ、というようなことを文末に書いていて、なんだか恐縮するような気持ちになってしまった。


 3通目はさくらのメールだった。


 「舞ちゃん頑張り屋さんだね。すごく伝わったよ。私も頑張るから 一緒にステージ頑張ろうね」


 と、そんな内容だった。そして、画面をスワイプしてメールを読み進めると、舞はふと表情を明るくさせ、口元を緩めた。


 「いつか 舞ちゃんとおんなじステージで 一緒に何かできたらいいね」


 それは、さくらの性格を考えれば心の中の勇気を相当量消費する発言なんだろうと舞は直感した。でも、率直にこういってくれたことがうれしくて、何度か読み返した。そして、退勤時間になると舞はIDカードをタイムレコーダーのIC読み取り部にタッチさせ、合成音声にうれしそうに「お疲れ様でした!」と挨拶した。




          **





 翌日、クラスの間で話題にされて顔を何度も赤くしていた舞が通勤のために秋田駅に行くと3両編成の運転席の後ろにさくらたち3人が立っていた。

 美咲が気が付いて、「あ、まいちん、おっつー」と声をかけてきた。

 いずみも気が付いて、軽く手を上げたが、すぐにスマホをスワイプしてメールを読み始めた。気になったのかさくらがいずみに聞いた。


 「なにか、あったの?」

 「今日のトレーニングの事で、城野さんにね。午前中にメールおくったからさ」


 どうやらその返事が届いたようで、それを読んでいたのだろう。

 そして、ふーん、と小さくつぶやくと、舞たちにスマホの画面を見せた。

 メールは城野からのもので、舞たちが3人顔を並べて読んでみると、「ショー内容に変更があるから、今日は出勤したらトレーニングの前にアドベンステージに直行」というものだった。


 美咲がうえっと声をあげた。


 「変更あるの? せっかく覚えたのに」

 「しょうがないでしょ。ショーってそういうものだから」


 さくらと舞が顔を合わせて、肩をすくめた。


 「また、覚えないと、ね?」

 「そうだね。頑張んないとね」


 ホームから発車案内が流れ、電車は軽いショックの後にゆっくりと動き出した。

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