(4) 迷子の女の子
SVはゲストからアドベンチャー・ラグーンのお店について質問を受けていたところだった。ゲストがお礼を言って去ってゆくのを手を振って送り出すと、舞がSVに声をかけてきた。
「あの…… この子、迷子みたいで……」
舞と手をつないでいる女の子は今にも泣きそうだった。SVは肩にかけたバケツに半分ぐらい残ったポップコーンを見て、親と離れてそんなに時間がたっていないと判断した。そこにちょうどみんな戻ってきて、SVの周りに集まっていた。女の子は周りにいるみんなを不安そうに見渡した。
SVは腰をかがめて右の片膝をついて女の子に話しかけた。
「今日は誰ときたのかしら? お母さん?」
こくんとうなずくと
「あと、お兄ちゃんと、おばあちゃんと……」
と小さな涙声で答えた。
「小学生かな? 何年生?」
「1年生」
「そっか、1年生か。実はね、私も、このお姉さんたちも1年生でね、今お勉強してたところなの」
「お勉強?」
「そうなのよ。それでね、ちょうど私たちこれから迷子センターを見に行かないといけないところだったの。どうかな? いっしょにいってもいい?」
「でも、遠かったら、お母さん探せないし……」
SVは駅のガード下にあるドアを指差した。
「大丈夫。ほら、そこ、目の前だから。それに、お母さんもたぶん迷子センターに行くように言われてると思うから、まってたらすぐ来ると思うわよ?」
SVの話を聞いて、女の子は舞に顔を向けた。
「お姉ちゃんも同じ1年生だから、だいじょうぶだよ?」
何が大丈夫なのかはよくわからないが、女の子は納得したらしく、小さくうなずいた。SVはしゃがんだまま、みんなに声をかけた。
「と、いうわけだから、早速迷子センターに行きましょう」
通常、よほどの緊急事態でも起きない限りパーク内では個人あての呼び出し放送は一切行わない。いかにゲストの少ない地方のテーマパークとはいえ、呼び出しを行えばかなり頻繁な放送となり、そのたびに音楽や効果音が停止され雰囲気が台無しなる。
遊園地なら問題ないだろうが、ここは腐っても「テーマパーク」であり、いくらオンステージに場違いな自販機が並ぶようなパークであるとはいえ、そこは超えられない一線として守られている。
したがって、迷子の呼び出し放送も基本行っておらず、代わりにパーク内の迷子はすべて、ここ迷子センターに集約して案内される。親も子も迷子の時の窓口は1つなので、個別に放送するよりも効率がよい、という側面もある。
その迷子センターへは15秒程度で到着した。
迷子センター自体はフロンティア・オブ・プログレスに存在するが、施設のデザインと運営はスチームストリートに準じている。
普通オープン中は施設のドアを開けておくことが決まりだが、迷子センターと救護室だけは例外となっている。
迷子センターとベビーセンターは同じ建物の中で、通路を挟んで授乳室と迷子の部屋に分かれ、室内はスチームストリートの建物と同じクラシックだが温かみのあるデザインとなっている。迷子の部屋は幼稚園や小学校の多目的室のような作りで、DVDや絵本が読めるようになっているほか、部屋の奥には仮眠用のベッド室もあり、どの部屋もカウンターにいるキャストからも目が届くようになっている。外に出ようとしてもキャストのいるところを通らないと出られない作りになっていて、安全に十分配慮された作りとなっていた。
ガラスのドアを開けてみんなでカウンターに向かうと、大人数の一行に一瞬ぎょっとした迷子センターのキャストにSVが事情を話した。迷子センターのキャストはロングスカートのメイドのようなコスチュームで、腰をかがめて女の子に名前を聞いたり、母親のことを聞いたりしていた。
その間、ずっと女の子は舞の手を握って離さなかった。
迷子センターのキャストが女の子に
「じゃあ、奥の部屋でお母さん来るの待ってようか?」
と声をかけると不安そうな顔を舞に向けた。
舞はしゃがんで、やさしそうな笑顔を向けた。
「お姉ちゃんも、小さいとき迷子になったけど、迷子センターにいたらお母さんがすぐに迎えに来たよ。だから、ね?」
「……じゃあ、お部屋までついてきてくれる?」
舞がSVに顔を向けると、SVがうなずいた。キャストのお姉さんに案内されて舞が一緒に奥の部屋にいくと、いずみが感心したような声をあげた。
「
広森がうなずいた。
「舞ちゃんね、すぐに女の子と打ち解けてたし、才能かしらね?」
一同がへー、と感心していた。
女の子は迷子の部屋の中央にあるソファーに座って、キャストのお姉さんから、「お母さん来るまで、何かして遊んでようか?」というと、小さくうなずいた。舞が腰をかがめて女の子に話しかけた。
「じゃあ、お母さんが来るまで待っててね? お姉ちゃんたち、お勉強の続きがあるから」
部屋から出るとき、女の子は舞に向かって小さく手をふってバイバイしていた。少し安心したのか、もう涙目ではなくなっていた。舞も小さく振りかえして廊下を歩きだそうとすると、ロビーから覗き込んでいる美咲の感心するような顔にドキッとした。美咲がうなずきながら、舞を褒めはじめた。
「うん。安浦浜さんはいかにもキャストのお姉さんですな~。素晴らしい」
「えぇ……いや、あの、なんか照れくさいな……あはは……」
その後、カウンターで迷子センターのキャストから改めて施設と注意事項の説明を受ける。そして、舞が代表して迷子登録を行い、書類を提出して対応を終えた。
オンステージは高くなった太陽の光が強くなり、お昼の白い光で満たされ始めていた。
「まあ、実際に迷子を連れて行くことになるとは想定外だけど、いい勉強になったでしょ?」
SVがちょっと微笑みを浮かべ、セントラルパークへと歩きながらみんなに声をかけた。さてと、と表情を改める。
「つぎは、このパークのシンボルである、あそこにいきます」
指を揃えた手を「いばら姫の城」に向けてそう告げた。
**
最初に見た広場を左手に通り過ぎ、お城の前のセントラルパークへと向かう。
BGMもアニソンやゲーム音楽などが主体のフロンティア・オブ・プログレスから、スチームストリートの『ラグタイム』に変わり、キャストたちのコスチュームも昔のイギリスやアメリカのように変化する。例の噴水がある広場につくころには雰囲気は完全に一変していた。そこから後ろを振り向くと、スチームストリートの街並みが思ったよりも近くに見えた。
「あれ?」
と、こまちが疑問を口にした。つばさも気が付き「なんか近くにみえるなー」とつぶやいた。それを聞いたSVがみんなをとめて、街並みの方を見るように促した。
「スチームストリートの方から見たときは、この広場もお城も遠く見えたでしょ? でも、こっちから見ると思ったより近いわよね? これは強化遠近法という手法で作られているからよ」
強化遠近法とは、本来の遠近法をより強化して、意図的に距離を遠く見せる手法の事をいう。スチームストリートの建物は1階よりも2階が小さく作られている。実際すべての建物が3階建てに見えるが中身は2階建てになっている。
そして、スチームストリートの正面の広場は、セントラルパークよりもさらに高い位置に来るように設計されていて、手前から中央に向かうこの公園内の通路も手前は広く、奥は狭くなっている。植えられている木も手前は高く大きい広葉樹が、奥の方は低く細い針葉樹が多く植えられている。
これによって、スチームストリートからお城を見ると遠くにどーんと構えているように見え、逆にお城から見ると実際の距離よりも近くにあるように見える。
ちなみに、このセントラルパークからは各テーマエリアの代表的な建物の屋根などが見えるようにできていて、これによって、ゲストはこれから行きたい場所へスムーズに移動できるようになっているのだ。
この一連の説明を聞いて、みんなは感心したり、へぇーっとうなずいたりしていた。
そして……
「このパークのシンボルが、この、リトルブリアローズ城、通称『いばら姫の城』よ」
みんなが振り向き、仰ぎ見るようにそのお城を見上げた。
パークの中心にそびえるお城。
アーニメントの代表作である『いばら姫の物語』に出てくる城をモデルにしたお城で、多少子供向けアニメっぽく色が変えられたとはいえ、いまでもパークの精神的なシンボルとして輝きを放っている。いばら姫の物語の終盤、暗き森の魔女が自らかけた呪いを姫と王子のために100年の時と引き換えに解いて、城が本来の輝きを取り戻したシーンが再現されている。
パーク内の多くがいかにも地方のテーマパークのように変化していっても、このお城だけは守られてきたのは初代監督がそれこそ寝食を忘れて設計した会社のシンボルでもあるからだった。多くのアニメ関係者がかつての初代監督の偉業を偲ぶためにここを訪れるという。
ある歴史的に有名な漫画家は、生前このパークに時々やってきてはお城が見えるカフェテリアの外の座席に座り込んで丸一日動かなかったという。その座席があった店の壁には「日本漫画界への功績と敬意を表して」という趣旨のプレートがはめ込まれている。
いばら姫の城は単に城であるというだけでなく、多くの人生を見守ってきた歴史的な場所でもあるのだ。それはパークの誇りでもある。
お城の前までみんなを案内し、すこし広くなったお城前の広場の真ん中でSVが皆に説明する。
「みんがいる、ちょうどこの場所はキャッスルコートステージといいます。いつかここでステージに上がるわけね」
みんなは周りを見回していた。広場は改めて見てみると思う以上に広い。
もちろん、演出で実際よりも広く見えるようにはできているのだが、それでも、下手な屋外ライブ会場なんかよりよほど広い。
ここを埋めるゲストのことを考えてさくらと舞は体に一瞬緊張が走った。
「ここで、みんなの前で、私たち、ステージに上がるんですか?」
さくらの少しの不安とちょっぴりの期待を帯びた質問に、SVが静かにうなずいて「そうよ」と答えた。みんなはそれをきいて、その光景を想像していたようだった。
さくらはお城の先端を見つめていた。
あの花火が上がって見えた場所だった。
もちろん実際の打ち上げ場所はバックステージでここで打ちあがったわけではないが、さくらにとってはそんなことはどうでもよい事実だった。
大切なのは昨日の夕方みんなと見上げたあの花火だった。
さっきSVが言っていた。ここでいつかステージに上がるんだって。
―― この大きなお城と、この広いコートを埋めるゲストの前で?
一瞬体が震えたような、鳥肌がたったような、そんな微かな衝動を体に感じた。さくらの隣には、いつのまにか美咲といずみも立っていた。さっきまで興味なさそうだったいずみも、手をかざしお城の先端を見つめていた。2人とも何も言わないけれど、きっと同じことを考えている。
さくらは言葉にはしなかったが、そう思った。
みんながお城の門をくぐり、お城の内部に進むと、広間には『いばら姫の物語』のストーリーを描いた絵画が飾られ、入り口近くの壁にはプレートがはめ込まれていた。そのプレートには、本来ならばテーマ性とは合わないはずの白黒写真が一緒に貼られていた。いずみがそれに目を向けると、プレートには文章が書かれていた。
"人類の限りない創造力と、人々の愛に満ちた希望の未来を信じて
私はそのシンボルとしてこの城を築きました。
笑顔と歌声があふれる明日が、永遠に続くことを願って"
初代監督の写真と、開園セレモニーでのスピーチだった。
そのプレートが貼られている場所は、ちょうどお城の中にあるお店の入り口の脇だった。 プレートから視線をずらし、店の中を見たときだった。いずみは売場のレジの端に、見たことのあるぬいぐるみストラップを見つける。
ぬいぐるみストラップは魔法使いのココのもので、いずみの携帯につけているものと同じだった。
―― 自分でも心臓の鼓動が高まるのがわかった
その店の中に、強烈な既視感を覚えた。そこに行けば、会えるような気がした。
あの日の自分と、そして……
美咲に背中をつつかれ、我に返った。
「どうしたの?」
あ……、といずみは今まで美咲に聞かせたことのない声で、一瞬言葉を詰まらせた。
「いや……店の中を見てただけだから」
「ふーん」
みんなは天井近くに飾られた絵画や、ステンドガラスを眺めてその意味を考えたりしていた。確かに、遊園地にあるようなものではなく、どれも本格的だった。このお城の中にいる限りは、本当に昔のおとぎ話の世界にいるような、そんな感覚になっていた。
さくらと舞が大きな扉の前に立っていた。
古めかしくものものしい扉で、両サイドにはドラゴンのレリーフが飾られていた。鉄製の重厚にできた(ように見えるデザインをされた)扉は、なにか潜んでいそうにも思えた。何度もこのパークに入園している舞は記憶をたどってみた。だが、ここにこんな扉があった記憶がない。
そして舞は、いばら姫の物語の内容を思い出した。
お城の中には錬金術師たちがいて、その中に偽の王子を作った悪い人がいて……
よく周りを見ても何も書いていないが、ドラゴンの台座に「Alchemist」という文字をみつけたので、それで確信した。
「悪い錬金術師の工房があったよね、たしか」
舞の言葉にさくらも思い出した。
「たしか、ドラゴンとか、閉じ込めてた……」
舞が扉の輪に手をかけた。
「開くのかな……」
さくらは不安そうな顔を舞にみせた。
「開かない、と思う、よ?」
そっと舞が手前に引くと、思いのほか軽く(材質が何しろアルミなので)、すこしだけドアが開いた。
「あ、開いちゃったね」
隙間から向こう側には誰かの古めかしい人物画が飾られ、フラスコとか蒸留器とか、そういうやばそうなものが置かれていた。
さくらはなにか嫌な予感がしたようで、舞と顔を見合わせながらそっと提案した。
「しめとこう、よ?」
「う、うん」
舞がドアを軽く押して閉めた。
……だが、閉めたはずのドアがゆっくりと開き始める。
さくらが「へ?」と小さく声をだし、その様子を不安そうに見ている。すると、扉の隙間から人の顔が見えた。
―― ヒゲを生やした中世の錬金術師みたいな男性が
ひぃ!
と舞とさくらが手を取り合うと、SVやみんながそのドアに視線を集中させた。
その男性はみんなが注目する中、ゆらりと踏み出してきた。
男性は確かに錬金術師ではあった。
アーニメントの作品を生み出し、お金を稼ぐ、という点では。
「なんだ? ふたりとも、どうしたんだ?」
固まっているさくらと舞をみて、監督が首をかしげていた。SVは少し困ったような顔で「ウォークスルー中ですわ」と声をかけた。監督の後ろからはスーツ姿の幹部社員が3人ほどぞろぞろとついて表に出てきた。
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