第5話
西日に照らされた境内に人の気配は絶えてなく、ただ
遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ揺るがるれ
昼と夜とが入り混じり、
黄昏に沈みゆくなか、無心に歌う幼い子供の声だけが響く。
あやし。
「───ま?」
誰そ彼は。
「お侍さま?」
振り向いた綱の目の前に女が一人。
「申し訳ございません、驚かせてしまいましたか?」
若い、妙齢の女だ。どこぞの貴族に仕える女房でもあろうか。
ましてや、ここは住吉社の境内。見かけない方がおかしいというもの。
「いや……いかがなさった」
努めて何気ないふうを装ってはいたものの、いまだ身体中の毛穴という毛穴が開いたままなのは、
「もしや渡辺さまに
女が大事そうに抱えた袋の中身は、その形からして琵琶だろうことが知れる。一瞬、
うなづいてみせると、見るからに安堵した様子で女は息をつく。
「よかった。津守のご隠居さまをお訪ねでいらしたのですね」
「その通りだが……
「失礼いたしました。わたくし菟原で庵を営んでおりました法師
津守翁から依頼された護衛の対象本人である。まさかここで行き逢うとは思わなかった。
「こちらこそ失礼を。某は渡辺綱と申します」
「まあ」
翠鳥と名乗った女が声を上げる。
「ご当主でいらしたなんて。まさか、ご隠居さま……」
「ええ。貴女を京までお送りするよう頼まれました」
「そんな、お忙しいでしょうに」
「構いませぬ。滝口のお役目のこともあり、普段から京と川尻を往き来しておりますので。近いとはいえ、何かと物騒な世の中です。ましてや最近は京の治安も良くない」
綱の言葉に翠鳥が美しい眉を顰めた。
「それほどでございますか」
「あまり言いたくはありませんが。それに
そもそもの話、都の治安が良くないのも未だ政情が完全には安定していないからで、原因はといえば
ただ、
「正直言って、いま上洛するのはお勧めいたしかねます」
「……それでも。それでも京に行かねばなりません」
きっぱりと彼女は言った。
「わたくしは知りたいのです。こう申してはなんですが、我が祖父はこの
被衣の下のかんばせは固い決意に満ち、その双眸は落ちる夕日を反射して爛々と輝いている。
「真理を
それはほとんど
「故に、わたくしは知りたい。どうして祖父が死んだのか。なぜ死なねばならなかったのか。なにゆえにあのような死を迎えたのか。わたくしは知りたいのです」
「そのために京へゆくとおっしゃるのか」
「はい。都には祖父を超える唯一人の御方がいらっしゃるとお聞きしております。古今随一の陰陽の道の達人が」
夕闇の中、子供たちの笑い声が風に乗って聞こえる。
微かに、ひそやかに。
それは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます