第220話

 時間が流れた。


 ひどくおだやかな時間だ。


 とくに変わったことが起こらないまま一時間がすぎて、二時間がすぎた。


 景色をいえばあいかわらずの濃紺色で、闇のなかちりちりと夜の音だけがしずかに響いていた。


 このままおとなしく朝をむかえたい。なにごともないまま時間だけがむだにすぎていってほしい。


 私の考えは杞憂であってほしい。あの雑居ビルの炎はただの警告であってほしい。


 心からそう願った。


 しかし。


 同時にこのしずけさは、嵐のまえのようにも感じられていた。


 私の予想は的中した。


 しかも悪い方向に。


 それから十分くらいたったころだろうか。病院の敷地内に車のエンジン音がはいってきた。


 べつだん大騒ぎをするわけでもない、しずかな音だ。


 だが一般客でないのは明らかだった。


 エンジン音が一台ではなかったし、そもそもこんな夜遅くに緊急車両化した救急車以外が病院にくることなどほとんどない。


 私は胸がどきどきしてきた。


 足が震える。怖かった。


 複数台のすべてがこちらにむかっている。


 エンジン音が近づいてくる。


 一台や二台ではない。すくなくとも十台以上はいる音だ。

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