第172話

「ごめんね、遅れて」


 顔じゅうから水をたらした丹波は、その言葉をきいてようやくほっと安心した顔になった。


 その表情があまりにもかわいく、無言になりそうで気まずかったので私はいらぬことをいった。


「こないと思った?」


 丹波はポケットからだしたハンカチで頭と顔をわしゃわしゃと拭きながらかぶりを振った。


「くると思った」


 そのいいかたがよゆうのある感じで、心を見透かされているのかなと思った。そして同時に女慣れもしてるんだろうなとも思った。


 胸がちょっぴりもやもやした。


 私たちはぶじ合流できた。


 だが、そうはいっても丹波がこのずぶ濡れのかっこうでは、どこにもはいれそうにない。丹波のいう、とっておきのデートプランは私の大遅刻のせいでさっそく台なしになった。


「まあ、しかたないさ」


 歩いているうちにそのうち乾くだろうと、のんきなことを丹波はいう。


「どうせだから、すこし初乃のアルバイト探しをしよう」


 そんな丹波の提案で私たちは、ひとつの傘にふたりではいって繁華街を歩きだす。

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