第112話

 思考をとめてどれくらいの時間がたっただろうか。


 不意に部屋のドアがひらいた。


「初乃、帰ってるの」


 母が顔をだした。おそらく帰宅したら玄関に私のローファーがあったから驚いて見にきたのだろう。


 通常ならば私はバイトをしている時間なのだ。平日のこんな時間に帰宅しているはずがない。


「っていうか、あんた電気もつけないで」


 そういって母はスイッチに指でふれる。


 部屋の明かりをつけた。


 天井を見つめていた私はまぶしさで涙がでてきた。目の奥がきゅっと痛む。


「うん。ごめん」


 それでも母に心配をかけないようにベッドから上体を起こした。ベッドのうえに座りこむ


 母は数歩先のドアのところから、ベッドにいる私と机のうえの求人情報誌のフリーペーパーを交互に見た。


 おそらく事情はつたわったのだろうが、なにもいわない。それがきっと母の気づかいであり、やさしさなのであろう。


 入学まえにセリーヌのハンドタオルをプレゼントしてくれたときのことを思いだした。そんな気持ちが痛いほど私につたわり、胸がきゅっと苦しくなる。


「ごはんできたら呼ぶから、たべにきなさい」


 そういってドアをしめた。私はまた感情があふれそうになっていた。


 そとで大泣きしている雨とおなじにならないように、ぐっと奥歯をかみしめた。

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