第73話

「はあ」


 うんざりした気分で教室に戻ろうとした。

 

 水のみ場から顔をあげる。


 足音がきこえた。


 進行方向とは逆のほうから。


 そちらのほうに目をむけた。


 廊下の先に担任が見えた。こちらにむかって歩いてきている。


 方向からして二年三組の教室にむかっているところだろうか。すこし距離はあったが、目があったので軽く頭をさげる。


「宮沢」


 そのまま立ち去ろうとすると、担任に名前を呼ばれた。


「はい」


 半日ずっと黙っていたので、またもや声がかすれてしまう。担任は私の目のまえまで近づいた。


「教室に戻るところか?」


 そのとおりなので、はいとこたえる。


「そうか」


 担任はいう。


「それなら丹波に職員室にくるようにつたえてくれないか」


 私の返事を待たずに担任が続ける。


「教科書のことだといえば、丹波にはつたわるはずだから」


 一方的ないいかただった。ことわるひまさえあたえられない。


「じゃあ、よろしくたのむ」


 そういうと担任はきびすを返して、もときた道を戻っていった。


 うちのクラスの場合、問題児をかかえているため、いくら担任でもホームルームや授業以外では極力教室に顔をだしたくないのだろう。問題点を見つけてしまうと注意する義務が生じてしまうが、理事長の孫に対してきびしい処罰はできない暗黙になっている。


 そんな板ばさみになってしまうくらいなら、ようすなど見ないほうがいくらか危険を回避できる。そういった考えかたなのだ。


「いや、ちょっと」


 私は遠ざかる担任の背中にむかって、ぼそぼそとしゃべりかけた。


 しかし声は届かない。


 担任はあっというまに廊下のずっと先まで進んでしまう。


 どうしよう。


 私は思った。

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