第65話

 顔をそちらにむけていないぶん驚いた。反射でびくっとしてしまう。


 しかし同時に、なるほどなと思った。


 私の机がぶじだった理由や、ぴりぴりムードの原因はやはりこれだったようだ。


 丹波は昨日、矢野たちの呼びだしをすっぽかした。そして私と帰宅した。


 矢野たちにしてみれば、待ちぼうけをくらったのだ。


 まだ肌寒い四月の空のしたで、何時間も待っていたのかなんて思うと、ざまあみろと思うより、じゃっかん不憫(ふびん)になってしまう。私だったら絶対に一分たりとも願いさげの状況だ。


 重くにぶい音と金属質の音が混じったような音が響いた。


 視界のそとで矢野がなにかを蹴飛ばしたようだ。音からしてまえの席のイスか机かなにかだろう。


 悲鳴がきこえて、廊下のほうに避難していく男女の姿が視界の端にうつった。


「てめえっ」


 矢野はさらに叫んだ。


 そんな叫びを登校したての丹波はまったく気にしない。おもいきり無視する。顔すらむけない。


 代わりに窓ぎわにいる私を見つけると、昨日いっしょに帰ったときのままのテンションで近づいてくる。


「初乃、おはよう」


 そういって私の名前を呼ぶ。


 教室がしずまり返った。


 昨日おとといとさんざん名前を売りにきた女の子ではなく、そんなようすを冷めた目で見ていただけのいじめられっ子の私なんかにイケメンの転入生が声をかけたのだ。それはこんな空気になる。


 もっといえば私は誰からも認められておらず、このクラスの一員ですらない。無関心を決めこんでいる二十数名のクラスメートにとっては透明人間以下の存在なのだ。


 そんな人間が、イケメン転入生に名前を呼ばれたとあってはなにごとかと思う。すくなくとも、私がむこうの立場なら気にくわない。


 まったくもって、なにを考えているのだ、この男は。


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