第56話

「あなたにはわからないと思います。私はケンカなんてしたことないし、街で有名な不良でもないから」


 いつからだろうか。こんなふうに私は人とのあいだに壁をつくる癖がある。


 これ以上ははいってこないでという、自分を守るための逃げ道。卑怯な壁だ。


「おれにはわからない……って。え?」


 そんな私の言葉に男の子が反応する。まんまるのおおきな目をさらに見ひらいて私の顔をのぞく。車道側からむけられるアンバーの瞳がまえをむく私の視線の端にうつった。


「なんですか」


 私はいう。


「昨日のって、やっぱりあんただったんだ」


 あっ、と思った。


 しゃべりすぎてじょう舌になっていたからだろう。かなりよけいなひとことだったらしい。どうしてこんなにおっちょこちょいなのだろう。


「昨日、どこかで見た顔だなって思っていたんだよね。それで思わずじっと見つめちゃったんだ。そうか、そうか。おなじクラスの人だったか」


 そういって勝手に納得している。


 たしかにあのとき目はあったが、それにしても、なんともまあ、桁違いのケンカの強さといっても限度がある。


 あんなに囲まれた不利な状況のなか、路地のそとの大通りにいた私に気をとられるなんて、ずいぶんとよゆうがあったものだなと思った。


「すみません」


 とりあえず反射であやまった。


「いや。いいって、べつに」


 男の子は見られたことをまるで気にもとめていないようすだ。

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