フォルネの要人とイレスダートの聖騎士②

 石畳の道を西へと進んで行く。

 擦れちがう人たちは皆反対へと向かっている。祭儀の帰りなのかもしれない。大聖堂の鐘の音がきこえたのは一時間ほど前、幼なじみたちも宿へと戻っているだろう。

 西のラ・ガーディアで最初の街であるからか、ここではブレイヴたちのような旅人も多い。旅行者や巡礼者、しかしフォルネに入る前に衛士に誰何すいかされることもなかった。ただ一目で他国の人間だとわかるのは髪の色がちがうから、イレスダートでも金髪の人間はいるものの、このフォルネは特に多いときく。

 ブレイヴはふとラ・ガーディアへと向かう途中で出会った二人組を思い出した。

 自由都市サリタから街道を外れた山道へと入り、そうして山小屋で一泊した。金髪の少女と白皙はくせきの聖職者。あの二人もフォルネに着いた頃だろうか。

「何をぼうっとしている?」

 顔をあげてみれば、怪訝そうに見つめる幼なじみが待っていた。そんなに長いあいだ考え込んでいたつもりではなかったが、考えごとをしているときはどうもそう見えるらしい。ブレイヴは笑む。

「いや、べつに。ここでも足止めを食らってしまったなって」

 ともすればディアスのため息がきこえてきそうだ。だが、あのときとはちがう。こんなところにまでマイアの追っ手は届かない。

「もうすこし情報がほしいところだな」

 ブレイヴはうなずく。フォルネに入って三日、休息するには十分な時間が過ぎている。ブレイヴたちはそのまま次のウルーグへと向かうつもりだった。ここから先の国境が閉ざされていなければ。

「ラ・ガーディアの情勢が危ういとはきいていない。イレスダートでもカナーン地方でも。なにより、この国の人々からそういった危機感が見られないのはどうしてだろう」

「あるいは、この国の王が慎重なだけか」

 フォルネで何かが起こっているのだとしたら、用心深い人間ならばたしかにそうする。しかし、それにしては妙だ。カナーン地方からこの国には簡単に入れた。

「なんらかの有事が起きていたとして、民にはまだ知らされていない。あるいは、」

「この国ではなく、隣国にも関係しているのかもしれない」

 幼なじみの声をブレイヴが引き継ぐ。たぶん考えていることは一緒だ。

「と言っても、ここまで緊張感が伝わってこないのもふしぎだな。城勤めの騎士だっているはずだし、そこから家族へと簡単に伝わる」

「漏洩したそのときには家族ともども厳罰が下される。慎重な男ならばそうする」

 イレスダートの王アナクレオンのことを言っているのだろうか。その逆だと、ブレイヴは思う。わかっていてディアスはわざと言っている。

「なんだか王の像が掴めないな。近しい要人でも捕まえられたら……」

「それこそお前の仕事だろう」

 ブレイヴは苦笑する。クライドといいディアスといい、自分にそれができると思っている。過大評価だよ。ブレイヴは微笑みでそう返す。

「合流地点は噴水広場だったな。急ごう。皆も、もう戻っているかもしれない」

 レナードとノエルが東通りを、クライドは北を。レオナとルテキアは大聖堂へ行って、アステアとデューイは宿で留守番だ。

「……あの子は、やはり連れてくるべきではなかったのでは?」

 ブレイヴはまじろぐ。誰のはなしなのかすぐにはわからなかった。ディアスはシャルロットのことを知らないし、幼なじみに皆まで仔細を伝えてはいない。それでも、ディアスには妹がいる。自分の妹と歳の近い少女のことまで、ちゃんと幼なじみはみていたのかもしれない。 

「うん。……でも、サリタに置いていくなんてできなかった」

 お別れをするために、レオナはサリタの孤児院をふたたび訪れた。それなのに戻ってきたとき、幼なじみの隣にはオリシスの少女がいた。レオナは泣きそうな顔をして、反対にシャルロットは決意に満ちた表情だった。

「声はまだ戻らないままだし、体調も万全じゃない。それでも、」

 レオナはシャルロットの手を離すことを望まなかった。自分だったらどうしていただろう。おなじことをしていたと、そう思う。

 商業区である西通りには露天も連なっている。

 花や果実を売る荷車に、異国の香草を売る店もどこも繁盛しているようだ。幼なじみたちはまっすぐ宿へと帰るだろう。手土産に季節の果物でもと考えていたものの、ちょうどお昼時と重なって近づけそうもない。

「噴水広場といえば、三人で林檎を食べたな」

 ディアスの眉間に皺が寄った。覚えていないのか、それとも無理に話題を変えたせいか。ブレイヴはずっと昔を思い出す。王都マイア。あれはレオナが十歳の誕生日を迎えたそのあとだった。

「商業区をゆっくり巡って、レオナに好きなものを買ってあげたかったな」

 そうすればだって起こらなかったはずだ。人通りの多いところに行って迷子の三人は大騒ぎする。そのうち白騎士団に見つかって、白の王宮に連れ戻された姫君と騎士二人は大人たちにたっぷり説教される。それで、よかったんだ。

 たぶん、あのときの自分は道を見誤っていた。守れると、そう思い込んでいた。いまだって何ひとつ、幼なじみを守れてなどいないのに。

「待て、勝手に過去を塗り替えるな。林檎を食べたのは俺だけだ」

 突然ディアスがそう言い出した。ブレイヴは首を捻る。

「あれ? そうだった、かな?」

「そうだ。毒味をさせたのはお前だろう。忘れたのか?」

「でも、レオナに先に食べさせるわけにはいかないだろ?」

「そう言って俺に食べさせたんだ」

 どっちだっていいじゃないか。案外根に持つ奴なんだな、だなんて返せばディアスはもっと怒る。ブレイヴは次の話題を振ろうと視線を幼なじみから逸らした。ちょうど向こう側から来たクライドと目が合った。

「ごめん、クライド。待たせてしまったようだ」

「いや、俺があんたを探していたんだ」

「レナードとノエルは?」

「あいつらもまだだ。だが、あんたに先に話しておく」

 クライドの声から緊張が伝わる。良い報告なのかそれとも悪い報告なのか。クライドはもうすこし声を潜めた。

「……イレスダートの聖騎士に会いたがっている奴がいる。だが、警戒心の強い男で、酒場で落ち合うのは俺とあんたの二人だけだ。どうする?」

 ディアスやレナードたちの同行が許されないとなれば、彼らは反対するだろう。幼なじみはもうそんな顔をしている。

「行くよ。ここで素性を知られているのなら、隠れていても無駄だ。行って話がきく方が早い」

「あんたはそう言うと思った」

 ひさしぶりにクライドの笑みを見た。ブレイヴも笑む。

「それじゃあ、行こう。ディアスはレナードたちと合流して、話を伝えてもらえると助かる。……どうした?」

 歩き出そうとしたブレイヴに対して、クライドもディアスも直立したままだ。二人ともどこか呆れたような表情でいるのは気のせいだろうか。

「動くのは夜になってからだ。言っただろう? 酒場は夜にならないと開かない」

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