第二編 第三章 ⑤

 放課後の帰り道、貴方は約束通り永久と一緒に街まで来た。彼女は今日はなんの文句もなく登校し、貴方と一緒に行動していた。

 目当てである駅ビル内の書店に入ってから、貴方たちは別行動を取った。永久は色々と見たいところがあると言って、小説や雑誌など色々なコーナーへ向かって行った。ついていくのも面倒なので、貴方は漫画の立ち読みをして待つ。

 それから三時間は経っただろうか。

 流石に飽きてきて、読んでいた漫画を元の位置に戻し、適当に店内を歩き始めた。しばらくそうしていたのだが、貴方はふと、雑誌のコーナーで足を止めた。目に入った雑誌の煽り文句が気になったのだ。


『行方不明者の帰還』


 雑誌を読む。どうやら、件の行方不明者たちが、先日、次々にもとの居場所に戻ってきたらしい。特に変わった様子もなく、以前の暮しを再開したようだ。ただ不思議なのは、彼らは一様にしてどこに行っていたのかを語らないという。


 貴方は読み終えて、雑誌を閉じた。どこに行っていたのかは気になるが、とにかく彼らはみんな帰ってきたのだ。これは非常に喜ばしいことだ。


 だけど、永久の両親は帰ってきていない。


 雑誌を強く握り締めたところで、急に裾を引っ張られた。永久が数冊の本を抱えながら、貴方の服を掴んで見上げていた。

 貴方は雑誌を棚に戻して、


「買う本、決まったのか?」

「ああ」


 と、持っていた本を手渡してくる。


「これだけ?」


 覚悟していた量よりもずっと少なく、貴方はきょとんと聞いた。


「そんな馬鹿な。ついてこい」


 貴方は袖を引かれてついていく。ついていった先には三つのかごが置かれていた。置かれたかごの中には一杯に本が詰められている。詰められた量に呆れてしまう貴方。


「ちょっと待て。俺、言ったよな? 持てる範囲でなら買ってやるって」

「持てないのか……?」


 顔色を変えず、声音は落として問い返してきた。尻尾と耳が残念そうにうなだれ、どこか捨てられた子犬のような目をしている。

 その目はずるいだろう。

 罪悪感さえ覚えてしまう。


 一瞬、貴方はほだされかけたが、ぎりぎりのところで踏み止まった。


「……一応、まだ怪我治ってないからさ。せめて半分に厳選してくれ」

「…………うむ。善処する」


 永久は渋々といった体で、かごの中の本を検め始めた。


「お前、どんだけ本が好きなんだよ……」

「この店が欲しいくらいには好きだぞ?」


 愚問だったようだ。


 永久が選び終えたあと、二人で買わない本を元の場所に戻していった。かごは貴方が持ってあげて、彼女はそこから本を取って本棚に戻す。かごが一つ空になったところで、永久がきょろきょろと周囲を見渡した。


「む……台がないな」


 言って、彼女は貴方を見上げて、


「頼来。この本をあそこに戻したいのだが」


 本棚の上方を指さして、こちらに本を差し出してきた。


「はいはい」


 貴方はかごを置いて、彼女を持ち上げる。


「届くか?」

「うむ」


 永久は手を伸ばして、持っていた本を本棚に差し入れる。

 床に降ろされると、永久は振り向いて、


「すまなかったな――などと言うと思ったかこの馬鹿者!!」


 突然、吼えた。


「え? 何を怒ってるんだ?」

「今の場面、どう考えても君が代わりに戻すところだろう!?」

「でも、俺、怪我してるしさ」

「私は持ち上げられても本は持ち上げられないと言うのか!?」

「あー、ほら、お前の方が軽いって」

「全然嬉しくないぞ!? そもそも、君なら片手で簡単に届くだろう!?」


 貴方は数秒してからハッとして、得心顔を見せる。


「……あ。そう言えばそうだな」

「君、気づいていなかったのか!?」

「いや、あまりにも自然に身体が動いたもので」

「私を抱き上げる方が不自然だろう!?」

「故意にやったんじゃないんだから、そこまで怒るなよ」

「むしろ無意識にやったから怒っているのだよ!! 子供扱いするな!!」


 あ、本当だ。これでは無意識下でも永久を子供扱いしている。

 うー、と唸って睨み上げてくる永久を見て、貴方は頭を撫でる。


「悪かったって。子供扱いなんてしてねえよ」

「……君、頭を撫でれば全て許されると思ってないか?」


 流石にばれた。

 流石に誤魔化されなかった。

 噛み付かれそうな気がしたので、貴方は手を引っ込める。


「それに君……今、どこを触ったと思っているのだ」


 永久は怒りがおさまらず、とても低い声でそう呟いた。


「頭と耳?」

「抱き上げた時の話だ!」

「だったら、脇腹しか触ってないよな?」

「また子供扱いする気だな!?」

「ちょっと待てって! 本当に分かんねえぞ?」


 見当もつかず、貴方があたふたして言うと、永久はぼそっと、


「……胸、触っただろう?」

「――嘘だ、それはない。絶対ない」

「そこまで言い切るとは失礼な奴だな!? どうせ私は胸がないぞ!!」

「違う違う! そうじゃない!」


 貴方は断言して、彼女の言葉を否定した。


「流石にそれは気づくだろ。だって、ブラ――下着の感触なんて、なかった……けど」

「…………」


 永久が睨み上げてくるのを見て、悟ってしまった。

 まさか……


「お前、まさか、つけてないの?」

「必要ないのだからいらないだろう!? 何か文句でもあるのか!?」

「いやいやいや!! あれって必要不要でつけるものなのか!?」


 この歳なら大きさに関わらず、必ずつけるものだろう?

 男の貴方には分からなかった。


「お客様」


 貴方が混乱していると、女性店員が声をかけてきた。


「あまり騒がれますと、他のお客様にご迷惑をおかけしますので」

「……すみません」


 素直に謝ると、店員の彼女は物腰柔らかく微笑んだ。そして彼女は優しそうな顔で、優しそうな手付きで永久の頭を撫でて、


「大丈夫、すぐに大きくなりますからね。お兄ちゃんをあまり困らせちゃ駄目ですよ?」


 何を勘違いしたのか、彼女はそう言い残して去っていった。

 永久はというと、トドメをさされたようでうなだれている。


「……永久」

「なんだか、全てがどうでもよくなってきたぞ……このまま帰るか」


 永久はふて腐れてそんなことを言った。

 貴方は永久の様子を見ていて、非常に悲しくなった。せっかく、さっきまで嬉しそうにしてたのに、これで本を買わずに帰ったら、可哀相すぎる。


「そんなこと言うなって。さっき戻した本、全部買ってもいいからさ」

「なら、取ってくるぞ」

「ああ、そうして――立ち直り早いな!?」


 しかも、もうかごを持って取りに向かっている。永久の嬉しそうな尻尾を見て、貴方はもしやと思う。


「もしかして、永久に遊ばれたのか?」

(だとしたら、とんだ悪女ですわね……)


 最後らへんは全てこちらの言動を予測して、選んだ態度を取っていた気もする。ということは、ブラをつけていないのも嘘だったのだろうか?


(何を想像してますの?)

「してねえよ!」


 ただ、子供扱いされて怒っていたのは、おそらく本当だろう。彼女が感情らしい感情を見せるのは、その時くらいだし。


「……一体、いくらになるんだろうな」


 持てるかどうかもそうだし、値段がどれくらいになるか心配になった。

 貴方は長財布を開いて紙幣を確認し、永久を追いかけた。

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