第二編 第一章 *

 ようやく山林を抜けられた。

 男は数日ぶりになる人工の道を踏みしめた。疲弊は想像していた以上らしく、足に力を込めると腓が戦慄くように震えた。痛みは疾うになく、鈍い感覚だけが支配する。

 本来ならば、身体を休めるのが先決。

 男はそれが分かっていても、歩みを止めなかった。


 こうなることは、ずっと以前から覚悟はしていた。自分が信じたものを疑わず、行動してきた結果に過ぎない。それ故に、後悔などはしていなかった。


 だが、それでも、男は焦っていたのだ。


(そう……電話を……)


 男は外套の衣嚢から携帯電話を取り出した。電源を点けると、暗闇の中にともる。画面を見て電波が通っていることを確認し、もたつく手付きで短縮番号に電話をかけた。


 しかし、返ってくるのは無機質な音声のみ。


 男は諦めて、携帯の電源を切った。直後、携帯が震えているように感じたが、それは錯覚。自分の手が震えているだけだった。


 何故、連絡がとれないのか。

 分からないが、何かがあったことだけは確かだ。


 男は見つめていた携帯を視界から隠すように握りしめた。

 そのまま拳を衣嚢に入れて、知らぬ間に止まっていた足を動かし始める。


 手の震えはしばらく止まらず、いつまでも携帯が振動しているかのように感じられた。

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