第44話 けしからん犯人を捜せ②
「冷えるな……」
両手を擦り合わせながらポツリと洩らすと、ティアラも無言のまま頷いた。
日が暮れると一気に気温は下がる。
風は強くはないのだが、やはり冷たい。
月は完全に雲に隠されており、光源は控え室の窓から漏れるもののみ。
闇の中で見るティアラは、いつもと違った艶っぽい雰囲気を感じた。
夜のデートも悪くないかもな……。
って、今はそんなことを考えている場合ではない。
視線を真正面に戻すと、灰色の高い城壁がそびえ立つ。
犯人がどこから来るかはわからんが、この城壁を越えて来る可能性が高いだろうと俺は予想していた。
この場所に来るには、城の出入り口の前を通るしかない。
だが入り口前には、二人の門番がいるのだ。
そいつらに気付かれずにこの裏まで来るには、城壁をよじ登るしか手はない。
屋上にも見張りはいるが、これまでに見つからなかったことを考えると、闇に紛れるのが上手い奴と考えた方が良いだろう。
何にせよ、面倒そうな奴だ。
俺は
タニヤから飴玉ほどの大きさの、白くて丸い物体を貰ったのだ。
こいつを地に叩きつけると大きな音が鳴るらしい。
最初は怪しくて受け取る気にならなかったが、「爆発なんてしないから! 音が鳴るだけだから! 私も使うし!」というタニヤの言葉を信じて受け取った。
もし犯人が現れたらこいつを投げ、離れた場所の二人に知らせるという算段だ。
ちなみにアレク達も同じ物を持っている。
「なかなか、現れないね……」
「そうだな……」
ティアラの呟きに俺が同意した、その時だった。
パン!
突然、乾いた破裂音が夜空を駆け抜けた。これはアレク達の合図だな!
「あっちに現れやがったか!」
「きゃ!?」
いきなり俺に抱きかかえられたティアラが小さく悲鳴を洩らす。
だが俺はそれには構わずに、アレク達の所へと走って向かう。
別に格好つけたかったからではなく、ティアラの走る速度は遅いだろうと見越しての行動なので、誤解しないように。
そういえば俺、ティアラが走る姿を見たことねえな。ぽてぽてと可愛らしく走りそうだな……。
などと考えながら走っている内に、前方にアレクとタニヤの後ろ姿を捉えた。
「犯人は!?」
俺の声に同時に振り返る二人。だがどちらとも浮かない顔をしていた。
そして無言のまま、視線を足元へと移動させる。
つられて俺も下に目をやると、そこにはトゲトゲしい針の山みたいな物体があった。
大きさは兎よりも一回り大きい感じだ。
俺はティアラを下ろし、ゆっくりとその針山に近付く。
「まさか、こいつが犯人……なのか?」
「断定はできんが、おそらくそうだろうな……」
アレクは腕を組み、嘆息したように呟いた。
魔獣ネウラコイラ。
当然のことだが、この前アレクがサーラにあげたぬいぐるみより、凶暴そうな顔をしている。
尻尾の蛇からはチロチロと赤い下が覗いていた。
初めて見る魔獣なのか、ティアラは俺の後ろに隠れながらおそるおそるネウラコイラの様子を伺っている。
「確かにここも控え室も、窓の外には鉢植えを置ける程度の出っ張りがあるわね」
「しかも窓枠でちょうど顔が隠れるな。この黄緑色の針山だけを侍女達は見たということか」
「でも、どうして魔獣が覗きなんかを……」
ティアラが口に出した疑問に、皆黙り込んでしまった。
こればかりはネウラコイラ本人に聞かなければわからない。
だが当の本人は、頭をキョロキョロと動かすばかりで理由など吐いてくれそうにない。当然だが。
普通に考えて、魔獣が人間の女体に興味を示すなどありえない。
何か別の理由がありそうだが……。
「あっ――」
突如聞こえてきた声に、俺達は一斉に振り返る。
そこにはこの間のお騒がせ侍女、サーラが目を丸くして佇んでいた。
まさかとは思っていたが、やはりサーラが噛んでいたのか……。
「説明、してもらおうか」
それほど凄みを利かせてはいないはずだったのだが、サーラはその俺の声に「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げ、首を縦に振ったのだった。
狭い俺の部屋に、五人の人間。
一人用の部屋の中に五人とか、人口密度高すぎんだろ。
心なしか酸素が薄い気がする。
せめてもの慰めは、俺以外の人間は女性という点だろうか。
いや、それにしてもやはり息苦しい。
ティアラとタニヤとアレクが俺のベッドの上に腰掛け、床に正座するのはサーラ、といった配置だ。
ちなみに俺は、クローゼットの前で肩身を狭くしながら突っ立っていた。
いっそこのまま壁になりたい。部屋の主がこの扱いって何なの。
ていうか、どうして俺の部屋を利用するんだ。そこは侍女達の控え室でいいだろ。
心中でそんな文句を呟いた時、タニヤが口を開いた。
「要するに、内緒で飼っていたと」
一言でまとめると、そういうこと。
タニヤのセリフに、サーラは俯いたままコクリと頷いた。
「この前町の外に行った時に、たまたま子供を見かけて。試しに餌をあげたら懐いてくれて、それで――」
ネウラコイラは主に夜行性。
この大きさなら、屋上の兵士に見つからなくても不思議ではない。
昼の間は、植え込みの陰にでも隠れて寝ていたのだろう。
つまりあのネウラコイラは、餌をくれるサーラを探し求めて窓を覗いていたのだ。
で、あのトゲトゲが俺の頭に似ていたから誤解されたと。
こっちとしてはいい迷惑だ。っつーかいっそのこと、もう髪切っちゃおうかな……。
「どうやって連れ込んだの?」
タニヤの問いかけに、サーラはさらに肩を小さくしながら答え始める。
「荷物袋に入れました……。この間アレク様に頂いたぬいぐるみですが、触りすぎてしまったのか、少し感触が柔らかくなっちゃいまして――」
「今度直してやる。好きなのは構わんが、やはり城の中に魔獣を連れてくるのはどうかと思うぞ」
「そう、ですよね……。申し訳ございません……」
アレクのやんわりとした苦言にも、サーラはただ平謝り。
これに懲りて、もう城の中に魔獣を連れ込むような真似はしないでほしいものだ。
「あ、あの……」
突然、何かを訴えるように俺の方へと顔を向けるサーラ。
「ん?」
「頭を触っても、いいですか?」
「やめて」
サーラの申し出を即座に断る俺。
お前、どんだけ好きなんだよ。
ていうかティアラにあの表情を見せるなんて教育的によろしくない。
俺の方がもっとよろしくないことをしている、という声がどこかから聞こえた気がするが、気のせいだと思うことにする。
「まったく、今回はとんだとばっちりだった」
次の日。
俺は朝っぱらから小さく愚痴を吐いていた。
解決したとはいえ、どうもスッキリしないのはなぜだろう。
「疑ったお詫びに」と侍女達からクッキーやらスコーンやらの菓子類を今朝もらったのだが、あまりにも量が多かったので、今四人で分担しながら消費しているところだ。
「まぁまぁ、そう言わないの。こうやって美味しいお菓子をいっぱい貰えたわけなんだし」
口いっぱいにクッキーを頬張りながらタニヤは言うが、お前、絶対俺より食っている量多いだろ……。
そんな図々しい侍女を横目で見ながら、俺はレーズンの混ぜ込まれたクッキーを二枚同時に口に入れた。
世の中には魔獣を捕まえて使役する、『テイマー』と呼ばれる人間もいるらしい。
サーラは侍女をやめて、ネウラコイラ専用の『テイマー』になった方がいいんじゃねーの? と俺はクッキーを
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