星霊主
重い空気が流れる中、アルザークが口を開いた。
「俺はあのとき風の獣に気を取られていて判らなかったが。おまえは星の泉でほかにも何か視たのか? あの双子の子供のこともそうだが。俺はおまえに聞かなければならないことがいろいろありそうだな。今までは聞いても理解に苦しむだけだったが。これからはそうもいってられない。それにおまえ言ったよな。なんでも聞いてくれとか質問しろとか」
「……はい」
「俺は前よりも知りたいと思うようになった。おまえの星護りとして、知っておく必要があると思うようにもなった」
視線は逸らされているが、アルザークの表情はどこか照れているように見えた。
「あのとき、泉の中には夜空図が視えました。星の泉は眠り夜空になってしまった天の代わりに星空を映すそうです」
「じゃあルキオンの夜空図が見えたのか?」
「いえ、そのときはまだ。視えたのは春の星図でしたが。でも私、その星図が奇現象と関係のあるものだとは思えなくて。研究書などを読むと、奇現象と関係性のある星図は普通とは違って変わったものが多いんです。ラアナも『
「標の星はパン屋の女将の話にもでたよな」
「はい。ラアナは標の星を歪みのせいで見失ったと。それを見つけ出さなくてはと言ってました」
「歪み、か。双子の片割れの少年も同じことを言っていたな」
「でもラアナは「いつもは星の泉に結界を張る」とも言ってました。誰も泉に近寄ることがないようにと。星の泉は人には知られてはならない場所だからと」
「それは天と地の境目だからか?」
アルザークの青い瞳がルファに向いた。
「そうかもしれません」
「あの双子について推測でもいい、説明できるのか?」
ルファは小さく頷いた。
「ラアナとラウルは〈星の霊主さま〉ではないかと思うんです。大昔からこの
───星霊主。
アルザークは風鷲の称号と共に賜った剣に宿る力が〈闘獣の星霊主〉のものであることを思い出していた。
「ラウルはアルザークさんに、自分たちは〈この時期決まった儀式を行う係〉だと言ったんですよね。星の霊主さまは物語の中で『星の巡りを導く者』とも呼ばれ語られることがあるんです。季節を運ぶ風の獣と一緒に旅をする物語もあります。だから………もしかしたら儀式によって季節が交代するのではないかと思うんです。天域夜空図辞典にある奇録にも、彷徨いの森が現れるのは冬の終わり、春の初めに多いと書かれてますから」
「彷徨いの森が現れるのは、彼らの儀式に関係しているからと思うのか?」
「はい。〈彷徨いの森〉は星の泉に人を寄せ付けない『結界』の役目をしているのだと思います」
「……すごいな、おまえ」
アルザークがぼそりと言った。
「え?」
「奇現象の原因が解明できたじゃないか。眠り夜空も彷徨いの森も、星霊主の儀式のために起る現象ということになる」
「ぁ、でも。これは私の推測ですから」
「でも俺たちは見た。本来の姿ではないにしても、風の獣やあの双子に翼が生えて天に戻っていくのを。星読みの眼に映るものは偽りか?」
ルファは首を振った。
「いいえ……。でも推測をもっと確かなものにするには星図が必要なんです。
あのとき、星の泉で最初にラアナが見せてくれた夜空図ではなくて。私は二番目に視たものが重要だと思っていて」
「二番目?」
「はい。風の獣が星の泉に現れたとき、一瞬でしたけど違う夜空図が泉の中に映ったんです。きっとあれがルキオンの眠り夜空に隠されている本当の星空だと思います」
「読み解くことができたのか?」
「橙色の彩星に違う呼び方があると知ってから、サヨリおばさんに出会って話が聞けて。それから解かってきたことがありました」
一番目に視た夜空図には春の代表星でもある赤と緑の彩星があったが、一般的な変わり映えのない天象図では奇現象との関係性は無いに等しい。
けれど二番目に視たものには別の彩星があった。
それは初めて見る橙色の星と濃い紫の
『二番目の月』や『ルキオンの月』と呼ばれるその彩星は、サヨリの故郷では〈標の星〉とも呼び、ほうき星は〈知らせ星〉という別名がある。
「二つ足りないとラアナが言った標の星の一つは『ルキオンの月』です」
「ほうき星もそうではないのか?」
「私も最初はそう思いました。サヨリおばさんも眠り夜空になる直前にこの二つの星を見たと言ったから。でもほうき星は違うんです。サヨリおばさんは十年前にも同じ夜空を見ています。でもそのときに現れたのは『彷徨いの森』ではなかった。サヨリおばさんは〈幻の
「また歪みか」
アルザークは顔をしかめた。
「でも隠れているのなら探せばいいのだと思って。過去には他所の地域でも眠り夜空が確認されて彷徨いの森が現れています。
私はルキオン以外の地で観測された眠り夜空になる前夜の星図を天文院から送ってもらいました。送られてきた五枚の星図のうち三枚には橙色の彩星が記録されていました。でも残り二枚に彩星はなくて、その代わりに別の星の記録がありました。測定が難しいほどのとても小さな星が二枚の星図に。そしてその中の一枚にはその星の名前が記されてあったんです。
その名が記されていたのは、送ってもらった中で一番古い二百年ほども前の星図だった。
「私、思い出したんです。サヨリおばさんが教えてくれた詩の中にも同じ名前があったことを」
───星の泉に眠る、春の女神の星冠。
「その星が二つ目の『標の星』ではないかと思います」
「名前の記載がその古い星図にだけというのはなぜだ?彩星と星冠が二つ揃って書かれた星図はないのか?」
「天文院に問い合わせればもっと詳しく探してもらえるかもしれませんが。存在するかわかりませんし、時間もかかるかと思います」
(ほかにもそんな星図があるのなら、ぜひ見たいとも思うが)
「夜空には名のない星々も数多く存在しますし、名前が広まっていないものもあるかもしれない。『星冠』も、星見師が把握してなかった稀星の可能性もあります」
正式奇録として辞典に加えることで、今後は研究も進められるだろう。
「───あのとき、泉で私が視たあの夜空図には名前の知らない小さな星たちも確かにありました。あの中の一つが星冠だったんです。送ってもらった二百年前の星図と比べると揃わない部分もありますけど」
「揃わないというのは?」
「星の位置です。微妙に。でもサヨリおばさんは眠り夜空になる前夜、
「魔法力を使ったのか⁉」
アルザークは慌てたような声を発した。
「どういうことだ。俺には何も感じなかったぞ」
「使う、というのとは少し意味合いが違うかもしれません。星を読み解く力は魔法力の一部でもあるので。意識して光を操るようなやり方とは違うんです。
読み解きは意識しなくても、自然と心に浮かんでくるような感じなので………」
───心が感じるままに、星を読む。
ルセルに言われた言葉の深い意味にルファは気付いた。
意識せず、自然体で。
月星の光を感じながら。操るのではなく、教えてもらうのだ。
優しくささやくような輝きたちに。
そうすると、それは自分の魔法力の中にすうっと染み込んでいくような気がする。
そして
(俺に伝わらないときもあるのか………)
アルザークは複雑な表情を浮かべながらルファを見つめた。
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