手がかりを探しに〈3〉
二人で本を読み進め、三時間ほどが過ぎた。
「こっちの本にはそれらしき事は載ってないぞ。そっちはどうだ」
二冊読み終えたアルザークがルファに尋ねた。
「こちらもなにも……」
残念そうな表情で答えるルファにアルザークは言った。
「どうする。もうすぐ昼だ」
「えっ、もうそんな時間ですか」
「午後はイシュノワの所か」
「はい、行きます。あちらには夜空図の資料がたくさんあるので、見せてもらいたいんです」
「そうか」
仕方ないというような雰囲気でアルザークは頷いた。
昼食は昨日ルファが迷子になる前に寄ったパン屋が近い場所にあったので、そこで買うことになった。
♢♢♢
「おや、良かったねぇ。お連れさん、ちゃんと戻って」
パン屋の老店主はルファとアルザークを交互に見つめながら笑って言った。
(アルザークさん、もしかして昨日、私たちを探してここも立ち寄ったの?)
パンを選びながらルファが考えていると、アルザークが声をかけた。
「ルファ、先に外へ出てる。早く決めろよ」
「えっ、アルザークさんもう買ったの?」
いつの間にか飲み物とパンの包みを手にして外へ出て行くアルザークに、ルファは慌てた。
「胡桃入りのパンと飲み物は紅茶をください」
財布からお金を出しながら言うルファに、店主は微笑んだ。
「まいどあり。でも無事に戻って良かったなぁ。旦那さん、心配してたみたいだったからねぇ。こんな可愛らしい嫁さんじゃ心配もするさな。もう迷子になるんじゃないよ。はい、おつり」
(だッ、旦那っ───って、また⁉)
おもいきり否定してもよかったのだが。ではどんな関係かと聞かれても困り、外で待たせているアルザークのことも気になり、ルファは苦笑いと会釈を返しただけで何も言わずに店を出た。
(あれ、いない?)
店の外に出るとアルザークの姿がない。
ルファが辺りを見回していると、
「こっちだ」
少し遠くから声がした。
見るとそこには小さな広場になっている一画があった。
噴水とベンチ。そこにアルザークとリュウの姿をルファは見つけた。
「あの、アルザークさん」
ベンチに腰掛け、昼食のパンをかじりながらルファは聞いた。
「今更、なんですけど」
「なんだ」
言いにくそうに言葉を区切るルファに、アルザークが面倒くさげに返事を返す。
「昨日はずっと私たちを探してくれてたんですよね。……ごめんなさい。迷子になってしまって……」
「ほんとに、今更、だな」
「それに私、風の獣から助けてもらったお礼も言ってなくて。あのときは星の泉や星図のことばかりが気になってて」
「もういい。俺は月星のことはよくわからん。夜空を見上げて月星に祈ったり、願いを託すなどという行為自体が正直、理解できない。異国人だからな俺は」
星を、
見上げることもなく。
血の匂いにまみれた場所で、
生まれて。
ずっと生きてきた身だから………。
アルザークは胸の中で呟いた。
「でも、エナシスの民でなくても空に祈ることは自由ですよ。祈る者に願う者たちに月星の光は安らぎや希望や」
「安らぎや希望?」
ルファの言葉を遮るように、アルザークが言った。
「月星とやらがそんなものを与えてくれると本気で思ってるんだな、この国の民は。おめでたいものだ。俺はそんなものは信じない。信じられるものは月星なんかではなく自分自身だ」
願っても、祈っても。
飢え続ける夜を、
消えていく命に、
届かない想い。
奪われるものが、
あるのに。
信じていれば、
祈れば。
願えば。
占えば……。
叶うなどと、
そんなものは、
この世に、
ないのだ………。
「アルザークさん………?」
遠くを見つめたまま、黙り込んでしまったアルザークの眼に、その美しい青い瞳に。
ルファは暗い影が浮かぶのを視たような気がして、なんだか悲しくなった。
(私、何かまた怒らせちゃったのかな。……こ、こういうときは、とにかく謝ってしまえ!)
「あの………。ごめんなさい」
「……もういい」
ふと我に返ったアルザークが呟いた。
「謝らなくても。俺は今、星護りだ。星読みの護衛が仕事だから。だが後先を考えない行動は慎んだほうがいいぞ」
「はぃ。気をつけます」
数分の沈黙。そして口を開いたのはアルザークからだった。
「そういえば思い出した。あの子供、ラウルが言っていた。自分たちはこの時期に決まった儀式を行う係だと」
「儀式と係?」
「なんの事かは教えてもらえなかったがな」
「メモしますっ」
ルファは慌てて鞄からメモ帳を取り出して記した。
「やっぱりまた会いたいな、ラアナに」
ポロリと口から出てしまった本音に慌て、ルファはアルザークの隣りで固まった。
「あんな目に合ってまだ言うのか?」
怒りの込められた口調とこちらを見つめる冷たい視線を感じて、ルファはしまった!と思った。
(───ああ、ココア。私、結局、今日もまたアルザークさんを怒らせちゃったみたい)
「痛い目みないと判らないのか、この阿呆!」
(あほう⁉たしか昨日はバカとか言われたっ!)
ルファは少し泣きそうになった。
「恐いと思わないのか?」
無自覚。
無防備。
警戒心ゼロ。────の、この娘に。
何をどう教えて言って聞かせたらいいのか。
(いったい、こいつはどんな育ち方したんだ。恐怖心というものがないのか?)
眉を寄せ、困惑顔のアルザークにルファはおどおどと答える。
「私………。怖いのとか、そういのより興味が湧いちゃうと、たぶんそんなのどうでもよくなっちゃって。不思議なこととか視てしまうと触りたくなったり、もっと近くで観察したいとか思ってしまって」
縮こまりながら答えるルファに、次は助けないぞ! 獣にでも喰われてろ!
───などとは、さすがにアルザークも口に出しては言えなかった。
星護りになってしまった自分に、そんなことができるはずがない。
アルザークはげんなりと溜め息を漏らした。
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