四章(急)・19
「『弓よ、」
声が降る。
吹っ飛ばした田中に、追いついてきた天使が、上空から彼を見下ろし、
命じる。
「数在れ』」
現れる。
天を、
地を、
全方位を埋め尽くす、
馬鹿馬鹿しい数の、殺意。
「――――ッ!!!!」
【万象万事万物具現】。
その
その
天使は、自在に利用する。
確かなる理性と、意志の元。
「『そして、射れ』」
雨が降る。
音速を超え、風を切り、飛来する千万の刃。
全周囲配置、連続波状。一点に向かい放たれる、逃げ場無き一斉射撃。
故に、
「グヤンキュレイオン、出力臨界ッ!!!!」
真っ向に。
打ち破る他、活路無し。
「空間を――――【世界】を、正せッ!!!!」
猛り、叫び。
振るうのではなく、
突き立てる。
瞬間、そこに生まれたのは、極光だ。
極光の、守護障壁だ。
突き立てられた中心部からドーム状に、虹色の光が広がっていく。
空間は、拡大しながら正していく。現実には有り得なかった、空想の産物を――あるべきではない歪みを認めない。境界を越えた瞬間、内側に入った瞬間に消失する。湧き出し続ける酒の井戸が、同じところを回り続ける車輪が、一秒毎に書き換わる立て看板が。
そして降り注ぐ矢の雨が。
「――――ッハ!」
その唇が獰猛に歪む。
愚かしき人間が選んだとてつもない悪手を侮蔑する。
神剣・グヤンキュレイオン――異世界グヤンドランガの神宝、伝説の武器。
それが意味するのは何か。
無論、有名過ぎるということ。
能力も。
伝承も。
現象も。
情報は、知れ渡っている。
特に、グヤンリー王城での最後の戦いに発動された力など、擦り切れるほど語られ尽くした。
真価を発揮したグヤンキュレイオンは、【
――代償として、百年後、創造神グヤンドランガに鍛え直されるまで、その力を失った。
「馬鹿がッ! 唯一の頼みの綱を、自ら手放すとはッ!!!!」
何も切り拓かれてなどいない。
結局はただの時間稼ぎだ。状況は根本的に好転せず、一手を凌いだところで、ここからはもう防戦するしかない田中には、どう足掻いてもどうにもならない。
――そもそも。
ここで詰まない為とはいえ――渡航門から先へ進む為の鍵、ハッキング・ツールでもあるグヤンキュレイオンを使用不可能にした段階で、彼の目的は失敗と決まった。
無様に。
無為に。
ただただ、無価値に。
「叶わぬ願いを抱いた罪ッ! いざ、存分に悔いて死ねッ!!!!」
油断は、無い。
天使は自らの持てる要素と、相手の情報を十分に把握した上で、行動を起こした。
地上に降りての攻撃。その手で直接、ケリをつけること。
生み出す武器が極光の領域を越えられない以上、とどめを刺すのは自らの手以外には有り得ない。この世界の存在たる、【歪曲】ではない天使ならば問題無く境界を越えられる。
上空から急降下する天使。相手の意図にようやく気付いたのか、逃げ出そうとする背中に失望を覚える。その慌て方に、彼の行動が正真正銘の無策であったことがうんざりするほど知れた。
「全く以て見苦しいッ! 華々しくあるべき散り際、せめて無駄でも足掻こうとさえ思えぬかッ!」
どうせ、逃げる場所など無いというのに。
グヤンキュレイオンが無い今、彼にはもう、帰ることさえ出来ない。第三層から何処へもいけない。他人の生み出した、醜悪なる願いの園で、彼は死ぬまで孤立する。
ならばいっそ、ここで楽になればいいのに。
――――そうなることが、誰の為でもあるというのに。
田中の選択は。
人間の考えなさは、天使にとって、不愉快極まる衝動に過ぎなかった。
だから。
だから、きっと。
そのせいで、彼女は、欠いた。
ほんの少しの。
相手を敬う――対等として見る、警戒心を。
極光の領域に突っ込む。
大層な鎧を着込んだ無様な背中を追って飛ぶ。
余程慌てている為か、わかっていても止まれぬ恐怖の為か、ついには自分自身が創り出した、自分を守る障壁の中から飛び出す。それがまた、天使に失望を抱かせる。
「底抜けの阿呆か貴様はッ!!!!」
苛立ちが速度を上げる。
そして、
その瞬間だった。
まるで、見計らったように――逃げ一辺倒だったその背中が、止まり、反転してきたのは。
天使に向かって、突っ込んできたのは。
「な、」
悟る。
天使は、ようやく、理解する。
彼の狙いを。
浅慮に隠した、打開の策を。
「に、」
その手。
そこにある。
確かにある。
彼は、
生い茂った草むらの中から、
空の酒瓶を拾い上げていた。
しまった、と思えど遅い。
田中が。
もし、正面から自分と取っ組み合いなんぞを演じていたとしても、万に一つの勝ち目も無かったろう。
こちらがいかに攻撃を加えられようと、【神の加護】を越える【天命代行】の状態にある天使が、その世界で、別の異世界の概念に妨げられることは無い。
だが。
だが、それは。
その、何の変哲も無い空き瓶は。
この世界のものだ。
創造神の敷いた法則から生まれた、彼女と属性を同じとする被造物だ。
神が生み出した金属だ。
故に、どれだけふざけていようと。
どれだけ馬鹿馬鹿しかろうとも。
打たれれば効く、確かな武器だ。
「いぃぃぃぃいいいぃいいいいぃいッッッッ!?」
「教えますよ、天使さんッ!」
走り込む。
加速してくる。
天使の停止は、間に合わない。出し過ぎた速度を、落とせない。
しかも、タイミングが、悪過ぎた。
天使は今、極光の領域にいる。【満願の園】の力で何も生み出すことは出来ない。対策を、出来ない。
だが。
田中は。
彼女がそこから出てくる瞬間に、即ち、武器が消されないまま震える丁度迎え撃てるスピードで――――!
「馬鹿なぁぁあぁぁああぁぁあッッッッ!!!!」
「御客様には誠心誠意ッ! どんな時でも敬意を以て御相手するのが、異世界転生課職員の心得だあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁッッッッ!!!!」
放たれたボールが、ジャストミートで打たれるように――天使の頭に、神の酒瓶がフルスイングされた。
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