四章(急)・03



 あの、不器用さを思い出す。

 評すのならば“ちぐはぐ”だ。バランスが悪く、要領を知らない。

 そのくせ熱意だけはどんな時でも尽きるを知らず、誤った発想は暴走して空回りする。とんでもない無茶苦茶を、平気な顔でしでかしてくる。


 何度翻弄されたかわからない。というよりも、翻弄されなかったことというのが、果たしてあったのかのほうが甚だ怪しい。

 神様の尺度。


 なんて、一口に言ってしまうには、いかにも勿体無い。

 そんなふうに割り切るには、あまりにも迷いの中にあった。彼女こそが、悩み、戸惑い、移ろい、揺らぎ、懸命に――探求の中途にいた。


 まるで、人間みたいに。

 ともすれば、より真剣に――不自由に。

【ままならなさ】と、向き合った。

【挑むこと】から、逃げなかった。


 傍から見て、どんなに不恰好でも。

 時に奇妙に食い違い、或いは傲慢を感じさせるほど無理解で、否応無く差異が際立つ振る舞いをし、度の過ぎた純真さは残酷でしかなく。

 

 彼女は。

 彼女であるが故に、いくつもの壁にぶつかった。

 

 しかし。

 その全てを、【どうでもいいもの】とはしなかった。


 ひとつ、ひとつ、丁寧に。

 愛するように、慈しむように。


 それらを当然と、ありふれたものとして接してきた視点からすれば滑稽なほどに、新鮮な一喜一憂を繰り返し、感動と、尊敬と、集中と、想像を以て、試行錯誤を繰り返す。

 自らを、何度だろうと改める。


 前へ。

 先へ。

 正しいと、感じるほうへ進んでいく。


【信じられる自分】を。

 追い求め続けていく。


 その先を、見たいと思った。


 何処へ辿り着くのか。

 何を成し遂げるのか。

 興味はいつしか、願いに変わる。

 身勝手で、恥ずかしく、卑怯で、情けない――わかっていても、止められなかった。

 どうしようもなく、求めてしまって、仕方が無かった。


 もしかしたら。

 彼女が。

 あの、とことん神様らしくない神様の、創り上げる場所こそが。


 自分を。

 自分の、本当に見たかったものを、本当は信じたかったことを、その答えを、きっと――


「――こんな時に。大概暢気だな、僕も」


 心の中に浮かんできた感傷を、田中は、緩やかに治めた。

 シチュエーションのせいだろう。

 何しろ、問答無用で懐かしい。


 春と夏の境の頃。

 それまで創られた中でも、今までを通して鑑みても、トップに食い込む問題作。


【人の願いが叶う世界】。


 つくづく、痛感したものだ。

 際限の無い成就、無秩序な獲得、願望即達成シームレスカムトゥルー、そこに伴う危険性。


 陳腐な物言いになるが。

 願いとは、それ事態ではなく、そこに至るまでの行程にも等しく意味がある。


 何の為にか。

【自らを、叶った願いを取り扱うに相応しい状態へ、段階的変化を重ねて仕上がる為】という側面がひとつ。


 たとえば何らかの技能であれば、それを獲得していく段階で、それまでには知り得なかった様々な知識や情報を付随して学習し、より包括的で応用的な成長、自己環境の拡大を遂げられる。

 費やした時間と思考が培ったものに確かな実感を伴わせ、【手に入れた自分】の自信に繋がり精神を支える。


 それらは、一足飛びに結果だけを手に入れたならば、決して得られることがない。

 成長とは。

 結果だけではなく、その過程までを含んでこその、成長なのだろう。


 ――また。

 願いは常に、正しいとは限らない。正しいつもりで選んだことが、その実、とんでもない過ちだった――そんな場合も、少なくはない。


 だからこそ。

 それを叶える道程には、距離が要る。自身を鍛えるだけでなく、【思い返し、考え直し、別の道もあるのだと気付く】為に。


 覚悟を決めるまでの、それが本当に自分の求めるものなのかを確かめるまでの、お試し期間。その後、それを手に入れたら、自分はどうなるだろう、何をしているだろう、と考える、想像の時間。


 人は、決して、強くない。正しくないし、間違いもする。

 勇気と同じだけ必要になるのが慎重さで、その場に踏み止まって善し悪しを吟味する眼。

 

 だから、きっと、肝要なのは。

 必要なのは、そう。


 大人も。

 子供も。

 その、自らが生きる時代の時々で。移ろい続ける世界の、目まぐるしさの只中で。


 いつだって、選び難い選択を、突きつけられ続けながら――――安穏とした惰性と楽に、容易に逃げることはなく。

 眼を逸らしたくなる困難の、分厚く硬い壁の奥。そこにしかない、妥協無き、“ほんとうの願い”を。


 自らの内と外に、求めて止まぬ不屈の意志。

 きっと、その先にこそ。

 全力の挑戦の向こうにこそ、誇らしい幸福が待っている。


 ――――否。

 待っている、のではない。

 自らで、手に掴むのだ。


 眼を逸らすな。

 彼女のように。

 人間よりも人間だった、あの、神様のように。


「――ああ。神様に挑むってのは、そういうことだ」

  

 見開いた眼に映るは光。

 異なる神の作り上げた、喜び溢れる世界を、遥か上空から――空の中で俯瞰して、田中は白い息を吐いた。


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