四章(破)・10
神々と真正面から事を構える強制捜査は、数々の下準備を必要とする。それは事務や交渉、各種団体・機関への調整に政治的駆け引きだけではなく、【荒ぶる神と対立する】という“儀式”には、十分に入念な用意をしなければならない、ということだ。
犯神の目処を付けるまでに二ヶ月。
残りの十ヶ月は、地固めと交戦訓練が平行して行われていた。
満を持しての完了。
異世界ミロレフロームへの強制執行。
果たして、
その際の【巫女】に選ばれた、捜査員ネフティナ・クドゥリアスが見たものは、
【神】の、残骸。
死せる創造神と、神隠しにあっていた被害者である、当時七歳の少年だった。
そこで、何があったのか。
攫われてからの一年間、少年は一体、どのような目に合わされていて、そして、
何故神は死んだのか――
――否、
どうやって。
神は、殺されてしまったのか。
どうすれば、人間が、神を殺すことなど出来るのか?
神の遺骸は語らない。
少年もまた、自身の体験について、一切口を開くことは無かった。
言うまでも無く、これは大事だ。
世暦始まって以来の、歴史的異常事態だ。
その場であったことを【神々の連盟】に馬鹿正直に報告したならば、確実にこれは即刻対処が行われる。無論、【高き尺度】に基づいた、神々に相応しい不寛容さ――或いは、絶対の立場が揺るがされる危機感で。
異世界公安は。
人で構成された【対神組織】は、それを惜しいと考えた。
少年の中に、無数の可能性を見出したのだ。
――【神殺しの方法】。
それがあれば、或いは、世界は変わる。
神々が実体として人類に接触した、【世暦宣言】の日を上回る激動が走るだろう。
単純で、膨大な、危険性。
更に、同時にこれは間違いなく【前進の手がかり】だった。
人は。
神に、弱い。
幾億の時を経ようと覆せぬ絶対のヒエラルキーだと、これまで誰もが信じてきた。疑っては、挑んでは、敗北を積み重ねた。
だが、もしも。
そこに、風穴が開くとしたならば。
全異世界に、予測の出来ない変化が起こる。そこに起こる災害を未然に防ぎ、対策を立てる為にも、異世界公安は業務上、その情報を知らなければ、探らなければならない立場にあり。
もしも。
もしも、人が神に、拮抗できる手段を得られたならば。
――――神と対立する準備が整うまで、犯罪の証拠を握っていなければ動けない、などということもなくなるのだ。
――――もっと、早く、助けられていれば。
義母の死に目にも会えないような――自分が義母の心労となったせいで彼女を殺したのだと、そんなことを少年に、思わせることだって、なくなるのだ。
異世界公安は、決定した。
【神々の連盟】に、この事件の真相を明かさないことを。
被害者であり、加害者となった少年の、監視と研究を密かに続けていくことを。
少年は親元に帰された。
それは、精神の安定を図る意図もあったが、何より【神々の連盟】に真相を勘付かれることを避ける為だった。
――しかし。
精神の安定など、彼は得ることが出来なかった。
義母の死は、幼き少年の精神、一年間の監禁にあった被害者に、決定的なとどめを刺した。
【それ以前】。
朗らかな、“普通の子供”であった彼は、消えた。
地球に帰り着いてから、彼は明確に、神を、異世界和親条約を、“他の世界に口を出す超越者たち”を憎むようになった。
かつての友人は軒並み消えた。
新たに近づく者すら跳ね除けた。
小学校高学年から、中学の三年間。この時期の彼は精神的に完結しており、【全異世界と全神々を呪う者】としての自己を、ひたすらに、ひたすらに、ひたすらに醸造させ続けていた。
異世界公安はこれを、どう扱うべきか決めかねた。この精神の突き詰められた先に、或いは【神殺し】のヒントがあるかもしれないと考えればこそ、修正すべきか助長させるべきかを選べなかった。
だが、そんな余裕も、猶予も無いと否応も無く突きつけられる事件が起きた。
【大創造神殺神未遂】。
少年が、神迎神楽祭で地球に訪れた――世暦時代最も有名な創造神であり、【異世界転生】という文化の旗手たる存在、ハルタレヴァを殺そうとした事件。
これは、世間に公表されてはいない。
余所に漏れることなく、厳重に隠蔽、揉み消された。
天照大神を初めとする地球側の神々、及び異世界転生課・異世界公安・世暦神社庁の代表者が行った、【事が知れ渡れば他の異世界からの総非難を免れられず、地球という世界が終わり兼ねない】という粘り強い交渉と、何よりハルタレヴァの恩情、どうしたわけか“自分を殺しに来た少年を猛烈に気に入る”という予想外の事態で、誰にも想像のつかなかった収束を見たからだ。
関係各位は胸を撫で下ろしたが、異世界公安は、この事態を引き起こすことになった原因について、最早これ以上放置は出来なかった。人を、世界を救う方法の研究中に、世界を滅ぼしては元も子もない――早急に、二度とこのような大事を招かない為の対策を打たねばならなかった。
会議の結果。
必要となったのは、やはり、人間関係――そこから行われる、【情操教育】。
そして、その為の相手を選ぶ白羽の矢は、彼をよく知る人物が自ら志願して掴む。
始まりは、事件から数ヵ月後。
『やあ。お久しぶりですね、田中さん』
対象の進学した、守月草東高校の、入学式。
死ぬほど不吉な顔をして校門を潜る彼の前に現れた、セーラー服の女性徒。
『私、
その、藪から棒に不躾な、二年のワッペンを袖に付けた知り合いを見て、
『――――おかしいだろ。おかしいよな。この間も、言ってやろうと思ってたんだ。なんであんた、九年前と全然ツラぁ変わってねえわけ。本当は一体いくつだよ、異世界公安ネフティナ・クドゥリアス』
『はい。JK工藤貞奈は、勿論今年で十七歳でっす』
荒れていた頃の田中は、実に鮮やかに、当然で悲しい地雷を踏み抜いた。
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