四章(破)・09
――【守月草神隠し事件】について。
その事件の“切り口”に異世界公安が気付いたのは、やはりいつものように、常光らせ続けている監視と警戒の眼に引っかかったからだった。
異世界和親条約の功罪。
神々による、犯罪行為の発生とその対策という新たな、巨大な、課題。
人々は世暦の起こりより、組織を創り、情報を共有し、使命を芯に、どれだけ融和が進もうとも、決して【自衛】の観点を捨て去ることなく持ち続けた。それは言わば世暦神社庁とは役割の異なるもうひとつの【神々との外交】であり、異世界転生課と対を成す秩序への取り組みだ。
異世界転生課は信頼すべき相手として。
異世界公安は油断ならぬ因子として、神々を窺っている。
二十数年前、ネフティナ・クドゥリアスの班に回された仕事は、既にその段階で【調査】の域を超えていた。
【異世界転生受用免許】、というものがある。
それは異世界和親条約を司る監査機関、【神々の連盟】が創造神に与える【許可証】だ。
掻い摘んで言うのなら、連盟による審査の眼鏡に適った創造神、異世界だけが、他の世界から【異世界転生】により新たなる客を招くことが出来る、その為の施設である異世界転生課の設置を許される――と、そういうわけだ。
この審査、実のところかなりのざるである。
世界の良し悪し、発展しているかいないか、きちんと管理がされているか、そういうものは採点の基準になりはするが決定的に左右はしない。
これもまた功罪、申請されれば許可は拒まず、とにかく人間にとっての【転生出来る異世界】の選択肢を増やす、それが世暦の、異世界転生を流行らせ世に馴染ませる為にその運営が下した判断だと言えよう。
ただ、勿論杜撰には杜撰のつけがある。
多くの高名な創造神がアピールし合う群雄割拠、結果を出せずに埋もれてしまう創造神とその異世界も、珍しいことではなかった。
そして、そうなってからだ。
申請すればほぼ取れる【異世界転生受用免許】が、本当の存在感を表すのは。
――――掻い摘んで言うのなら。
奪われる時にこそ、効果を発揮する。
【神々の連盟】は、彼らが取り決めた禁止・罰則規定の違反が確認された場合、創造神から与えていた許可を取り下げることが出来る権利を自分たちは有すると条文に記している。
免許停止。
或いは取消。
それは、持たざることにより浮かび上がる、逆説的な烙印だった。創造神としてこれ以上の恥辱は無いし、世暦、転生先選びに於ける【異世界の管理者】の評判ほど重要に左右する項目は無い――問題のある大家の家を、進んで借りたいと思うだろうか。その上、選ぶ家の候補は、何の比喩でもなく星の数ほど存在するのだ。
だから、創造神たちはそうならないように知恵を絞る。勝手を慎む。背筋を正す。結果、切磋琢磨が促され、各々の世界に発展がもたらされる。
――――けれど。
必ずしも、かけられた発奮が、正しく作用するとは限らない。
創造神ミロレフロームは、狂った。
彼女は、失敗だった。
失敗の、創造神だった。
曰く『ほんのちょっとした手違いで』その世界を滅亡させてしまった彼女は、ついに生き残りの生命体が最後の一人になるに至り、監査を行った【神々の連盟】の使者により、“異世界転生受用免許の停止百年”と“創造神講習会への強制参加”を命じられた。彼女に告げられた罰則の理由は、【世界を滅ぼしたこと】でなく、【異世界転生希望者が現れる世界を創れない】という技術・精神面での理由からだった。
――――この辺りの“感覚のズレ”に対する違和感を、ネフティナ・クドゥリアス他異世界公安の職員は最初期に捨て去っている。
視点、認識、倫理、価値観。
それらは自身の能力・環境・状況に即し適したものに構築されていくパズルに過ぎない。
人が蟻の生活を実感出来ないように、神は人からすれば理解の届かぬ【高き尺度】で物を見ている。
その事実を飲み込むこと、世暦は所詮神々の気まぐれによって成り立つ極めて不平等で不安定な荒海に浮かぶ板であることを刻み込むのが、異世界公安職員が最初に踏み出す一歩目だ。
しかし。
それに比べればまだ、その“動機”は明確な、人間からの理解が及ぶものだった。
創造神ミロレフロームは、ある“恐怖”から人を攫った。
自分の世界に、【異世界転生課】を存続させる為に。
【転生者が来る】という環境を、維持していく為に。
異世界公安が、その失踪事件を【神による誘拐】と証拠を集めるのに時間が掛かったのは、ミロレフロームが用いたのが異世界間渡航に“正規の手続”を通さない、違法の闇ルートであったからだ。
【異世界密航】は、【異世界転生】社会に於いて、新たに発生してしまった重犯罪のひとつである。
正規の、通常の異世界間渡航は、相手側の世界、創造神と地域の異世界転生課を管轄する神の許可がなければ行えない。厳密に管理され、いくつもの段階を踏んで行われる。
しかし、その当の相手側の世界の神が加害者であれば。
もうその世界に、他の神など存在できないまでに荒廃し尽くしてさえいれば、話は別だ。
いくらでも攫える。
違法に、迎え入れられる。
その少年はそうやって連れ去られ、一年もの間、異なる世界に閉じ込められた。
田中浩幸の養子。
異世界から置き捨てられた悲運の子はそうして、再び、事故のような不幸に見舞われたのである。
異世界公安が捜査と準備を進め、救出作戦を実行に移すまで。
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