四章(破)・07
「……グヤンヴィレドさん。事前に厳重に注意しておりましたが、どうやら残念なことに理解しておられないご様子なので、改めて説明しましょう。いいですか、今作戦はいくつものデリケートな事情が絡み極めて高度な秘密性が要求される極秘案件です。くれぐれも一般の耳のある場で、異世界公安やハルタレヴァといった名前を出さないように。よろしいですね!」
「はははははっ、くどいなクドウ! こう見えて私物分りはいいほうでね、一度言われたならばしっかりと教えも芸も身につくさ!」
「さっき貴方何をしましたっけ?」
「主への宣誓だが?」
「うぅぅぁああこの感じなっつかしいですねえ。怪物だらけの荒野で犬っころを拾った時のことを思い出しますよ……」
「うむ、頬が緩むな! あれこそ私にとって、まさしく同世界転生の衝撃だったさ!」
「勝手に喜ばないでください? 楽しい思い出ではないですからね、この駄犬」
「……あの、」
「どうしたタナカ!? もしや腹でも空かれましたか!?」
「ほら! あなたの口からもしつけてやってくださいよこのでか犬を! それが飼い主の責務なんですから!」
「お腹は一杯だしそんなのになった覚えも無いし、とりあえず僕越しにケンカするのやめてもらっていいかな二人共……?」
速やかに現場から離れる為にネフティナが呼び出したハイヤーの、その後部座席に今、三人は座っている。
並びとしては、左からネフティナ・田中・オウル。……万が一を避ける為の、重要人物拘束的配置である。
「大方の事情は、クドウより聴いています」
ぎゅっ、と田中の手を取るオウル。
両手で強く、自らの熱を移すように握り締める。
「さぞ、御辛かったでしょう。……その心中、お察ししますなどとはあまりに畏れ多いですが。私の力、存分に用立てて頂きたい」
一体何をどのように説明したのか、という疑問を篭めてネフティナ側に目をやると、何とも図太いことに実にしれっとした表情を浮かべていて。
「……異世界公安は、これだから」
「褒め言葉と認識します」
しかし、とそのまま田中は視線を移す。
ハイヤーの窓は、全面がスモークガラスで覆われている。
「ネフティナ。これって、何処に向かってるの?」
「地獄ですが」
さらりと言う。
冗談に聞こえない。
「大丈夫ですとも、タイクーン。相手がどのような怪物だろうと、この世界にいる限りは、私が貴方をお守りしますから」
「――――やれやれ。だから、これも先程伝えたでしょう、グヤンヴィレドさん」
ふぅ、とネフティナが息を吐く。
「貴方の役割は。貴方が付いていけない場所にいる彼を、貴方の力で助かるようにすることだと」
「……うん?」
田中が、その謎掛けめいた言い方に首を傾げた時だった。
ハイヤーが止まる。
「着きましたよ」
外から、後部座席の扉が空く。
そこに待機していた黒服が、一例をしてネフティナに何かの包みを渡す。
「田中さん。グヤンヴィレドさん」
ぽいぽい、と投げ渡される包み。
開ける前からその中身に予想がついたのは、感触と、重さと、連れて来られた場所からだ。
「私は私でやることを進めますので、少し席を外します。二時間ほどで戻ってきますから、どうぞ、男の子同士水入らず――じっくりと楽しんでくださいね」
絶好調な笑みを残して、手を振ってハイヤーに戻る。
そうして、田中とオウルの二人はその場に残された。
守月草運動公園、総合体育館前に。
「さて。では、時間も多くはありません、急いで始めましょうか、タイクーン」
言うが早いが、彼は体育館の中へと入りつつ、寒気をものともせずに上着を脱ぐ――着替え始める。
渡された袋の中に入っていた、異世界公安特注の【訓練服】に。
「とりあえず、まずは慣らしということで、当面こちらは徒手ですが。そちらはどうぞ、お好きなモノを」
そう言って。
オウルは、体育館の床に、ずらりと並べられていた阿呆らしい量の――
――刃物・鈍器・銃器・爆弾等々を、平然と指し示した。
「是非本気で、殺すつもりでお願いします。それぐらいでなければ、身の入る訓練とは言えませんからね」
「あ、え、はっ、」
「ああ、御心配はいりません。今回の最終的な目的は勝ち負けではなく、貴方が【もうこれで死ぬ】というところまで追い詰められることですし」
頼もしい笑顔で。
それはそれは、肩肘張らずリラックスした雰囲気で、
青年は、あっけらかんと言った。
「昔はよくもっとおっかないものと遊んでいましたから」
顔が引き攣った。
久々に思い出した。
グヤンヴィレド・ベル・オウル。
異世界グヤンドランガ、元・最強の男。
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