三章・29



「さっきは、ゲームの途中で抜けちゃったから」

「おい、」

「わたしはもうちょっと。あのお姉さんと、遊んでくるね」

「ロボ子ッ!!!!」

「ありがと、マスター。その呼ばれかた、だいすき」


 引き止める手を、伸ばしたところで届かない。

 クェロドポリカは再び飛翔し、天使に向かって突撃し――


「おまたせ、お姉さんッ!!!!」

「まったくだ、クェロドポリカッ! 制限解除の許可は下りた、今回はあの蕎麦屋の時より、ちょぉっとだけ本気を出してやるッ!!!!」


 ――二人はもつれ合うようにして、地下の天井を破り、戦いながら何処かへ飛び去ってしまった。

 派手な退場の衝撃は地下にも及び、不穏な振動が断続的に起こっている。のんびりしてはいられない、いつ崩れるかもわからない。


「――馬鹿かよ。適当につけただけの、アダ名ですらねえ呼び方に、喜んでんじゃねえよ」


 一言、吐き出して。

 彼は、割り切った。

 天使が座っていた玉座の横には、【御褒美】と書かれた紙の貼り付けてある大きな宝箱がでんと置いてあり、


「…………っ、」


 圭介は、固唾を呑んでそれを開ける。

 すると、


「こーんぐらっちゅれーしょーーーーーーーーんッ!!!!」


 びっくり箱そのものの勢いで、大量の紙吹雪を舞い散らしながら威厳・危機感・共にゼロの女神が中から飛び出した。


「数々の謎を解き、立ち塞がる苦難を乗り越え、よくぞお宝に辿り着いたね探検隊! ……隊?」


 首を傾げるのもわかる。

 隊というには、慎ましやかだ。

 ここにいるのは圭介だけで、他の子供は誰もいない。


「まあ、色々あってさ。別行動っつーか成り行きっつーか、ここに来たのはおれ一人なんだけど、もしかしてなんか問題かな」

「あ、あーあーあー! 成程、【ここは任せて先に行け】パターンですね! それもまた美しき王道かな! ならば問題はありません、これにてゲームクリアーです! ぱちぱちぱちぱちーっ!」


 ひとしきり拍手を終えて、よいしょ、と箱の中から出てくる女神。


「今回の私プレゼンツ緊急異世界見学会、【メガミークエスト】はどうだったかなーっ!? プレイ後には是非是非アンケートに答えて、豪華プレゼントを当てちゃおうね! ……あ、当てちゃってねお願いね!? なんていうかその、こういうことをやってると、実際体験してくれた人の感想って、ほんとに、ほんとうに、ほんっとーーーーに気になるの……!」


 鬼気も切羽も詰まった様子は人によればドン引きものだ。限りなく必死で、そのハイテンションも不評の恐怖への可能な限りの対抗策であることが、人間観察を日常としてきた圭介には容易に見抜けた。


「…………アンケートに答えてプレゼント、はいいけどさ」

「え、あ、う、うんっ!?」

「あんたが最初に言ってた、【お願いを聞く】ってのは、どうなってんだよ」

「そ、そうだよねそっちのほうも気になるよねっ!? ご、ご、ごめんね色々段取り悪くってっ!」


 えーと、とやおらこめかみを両手の指で押さえてうつむく女神。

 その間抜けな様子で何をしているのか、圭介はすぐにわかった。

 彼もからだ。


「――うん、集計結果が出ました! 実は今回の【がんばったで賞】は、ゲーム終了時点で、参加者のみんなに【誰が一番がんばったと思いますか?】ってカミサマネンパで尋ねることになってたんだけど、なんと驚くなかれ、満場一致で決定したよ!」

「……へえ、」

「ふっふふ、つまり、おめでとうだね藤間圭介くん! 君はまさしく、皆に慕われ愛される、期待のリーダーだった!」

「そいつぁどーも」


 意外さなど無い。

 そう仕向けていたことがなるようになっただけ。


 ただ、それでも驚くことはある。

【貢献】を判断するのが女神ではなく、内部だというのも想定していた。

 その場合過半数は戴くとして、多少票は割れると思っていた。


 ところがどうだ。

【満場一致】と来たか。

 それはつまり、全員が全員――【くそったれな底辺からの脱出権】を、譲り渡したということだ。


 赤の他人に。

 つい最近知り合ってばかりの、相手に。

 他人を蹴落として、自分だけが幸せになろうと考える者など、誰もいなかった。そればかりか、【自分はいいから、あの人に幸せになって欲しい】と、誰も彼もが考えていた。


 ――本当に。

 救いようのない、愚直とは断じて呼べない、単なる愚かさ。

 どうしようもないほど突き付けられた、

【汚いのは自分だけだった】という事実。


「……はは、」


 ここで笑わずいつ笑う。

 まんまと見事に出し抜いた。

 本音を隠し、本心を偽り、見せ掛けの仮面で最後まで騙し切った。哀れ少年少女たちは、人を疑うことを知らぬばかりに、逃げ出した先でさえ食い物にされる。


 その痛み。

 その落胆。

 そこから大層学べるだろう。それこそが授業料で実感だ。安易に人を信じればどんな気分を味わうか、まさしく痛感するのにここまで最適な機会があるか。


 無益ではない。

 むしろこれから、失った分を補って余りある実益を生む。


 置いていかれる側。

 捨てられる側、恐れる側、使われる側から、抜け出して。

 その逆になる秘訣の体験ほど、値千金なものはない。


「――――じゃあ、女神様。おれの【お願い】、聞いて貰ってもいいかな」

「ええ。わたしに出来ることならば」


 簡単だよ、と彼は言った。

 ――そう。

 本当に、簡単だ。

 簡単なことだった、と。

 藤間圭介は、誰にも明かさぬ内心で反芻する。


 幸せになることなんて。

 負けない為のコツなんて。

 何も、特別なものは、必要なんかじゃあなかった。


「あのな、神様。おれが欲しい、おれの願いは――――」


 晴れ晴れとした言葉。

 それを、


「素晴らしい。本当に良い願いですね、藤間圭介くん。約束しましょう。その望みを、私は、確かに叶えると」


 創造神は、聞き遂げた。

 そして――


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