三章・28



「なに、リーダー」

「おまえ、強えのな」


 地下へ向かう階段を、後に続いて降りていく。

 降りながら、話している。


「なんだよ。おれたちが渡されたみてーのだって、最初からいらなかったんじゃんか。いや、それどころじゃねぇよ。……色々めんどくせー敵との戦いだって、あっちからこっちへの移動だって、いいやこのイベント自体、おまえ一人本気出せば、あっさり終わってたんじゃないのかよ」


 最早、疑うべくも無い。

 彼女はずっと、圭介たちと同じ歩幅に揃えていた。全体の空気を乱さず、気を使って。


「どうして、手ぇ抜いてたんだよ。……一番活躍した奴が、一人だけ、助けて貰えるって状況なのに」

「あたりまえだもん」


 突然。

 立ち止まり、振り向いた彼女は、


「だって。みんなといっしょに、遊んでたかった」 


 勇気を振り絞るように、言った。


「……は?」

「――――本気なんか、出したら。きっと、みんな、わたしのこと、きらいになる」


 全てを聞いた、わけではない。

 圭介たち十二人は、それぞれが、それぞれの展開で、天岩戸へ厄介になっていた。そこで結束や団結めいたものを築きながらも、【話したくない事情】や【触れられたくない部分】は、どうしようもなく存在した。お互いの経緯。家庭環境。周囲からの目線――【何から逃げたかったのか】。


 彼女が来たのは天岩戸に来たのは一番後であり、その頃にはもう既に暗黙の了解、受け入れの空気が出来上がっていて、うっかりであろうといたずらに相手の傷に踏み込もうとする手合いもいなかった。


 だが。

 それでも少しだけ、自ら語った。


 最初に。

 クェロドポリカ-レジサ-ネフネフルミタンは、先客の十一人に、それは怯えながら、怖がりながら――諦めながら、問い掛けた。


 恐らくはそれこそが、彼女があの【逃げ場所】に至った動機。

 ――家族旅行の途中。失踪しなければならなかった、何か。


『わたしはアンドロイドです』。

『からだの中で、こわいものが沢山創れます』。

『この世界のいきものじゃ、ありません』。

『みなさん』。

『わたしがこわくないですか』。

『いっしょにいても、いいですか』。

 

「みんなと。おなじもので、いたかった」

「馬ぁ鹿」


 言いながら。

 圭介が、クェロドポリカの頭を叩いた。

 機械の感触。

 硬い感触。

 作られた温度と、手触り。


「よりにもよって、ンなことかよ」

「……え、」

「あとでそれ、あいつらにも言ってみろよ。晩メシのおかず賭けたっていいが、絶対全員笑い飛ばすぜ」

「…………」


 きひひしし、と笑う。

 少年には一つだけわからない。

 今の自分の振る舞いが、一体、【どの自分】を由来とするものなのか。


 心の中に併設した、使い分けの価値観。世の中を楽に、簡単に、のうのうと渡り歩く為の術。

 どれを用いた結果としての言葉なのか。

 何を考え、何を目的とし、何をどう動かす為の口八丁か。


 それが彼にはわからない。

 わからないのに、次から次へ。


 言葉は。

 意味は。

 その答えは。

 するすると、溢れてくる。


「ま、確かに重要だよな、協調性ってのは。おまえが手ェ抜いたからこそ、縛りプレイのおかげでこそ、ここまでずっとドキドキワクワク、絶妙なバランスでこのクエストを楽しめてきた。ああ、確かにそうだ。ゲームをプレイしてるのが一人じゃあなく、他のプレイヤーがいる時なら、【最大限に味わう努力】ってのは悪くない。でもな」


 姿勢を屈めて。

 目線を同じに。

 藤間圭介は、異世界からやってきたアンドロイドに向かい合う。


「それと【手を抜く遠慮】はまた別モンだ。当然、【嫌われる不安】とかってのもな。しゃっきりしろや。は、くだらねえ。重ね重ねバカだぜおまえ。御大層な力持ってるクセしてよ。――いいか、オイ。おれは、おれらは、とっくのとうに言ったよな。それも最初の最初にだ」


 機械の瞳。

 作られた熱。


 ――関係あるか、そんなこと。


 自分のことを、真直ぐに見ている相手に。

 次の台詞を、しっかりと待っている相手に。

 そんな些細なことは、これっぽっちも関係無い。

 全力で答えないでいい理由が無い。


「『そいつはいい。そんな奴がトモダチなら、最高に心強いし面白い。おれたちゃみぃんな弱くて寒くて困ってたんだ、一緒にいてくれるだけでもう助かる。さあ、そんな遠くにいねえでよ、もっとこっちに来てくれよ。お手々繋いで肩寄せ合って、笑わなきゃやってらんねえよなってふざけ合おうぜ御同輩』――――ってかさ、こういうこっ恥ずかしい台詞、あんまり何回も言わせねえでくれるかな」


 苦笑する圭介。

 そんな彼を、じっと見つめるクェロドポリカ。


「寂しい誰かを放っておくほど、おれたちは、寂しさに無関心でも鈍感でも無い。何せ、それがどれだけ辛いのか、嫌になるほどよく知ってる。だからな、ロボ子。世の中にはそりゃあ、ハラの立つことや気に食わない連中ばっかりだが――それでも。まだどっかにさ、捨てたもんじゃあない部分はあるんだよ。おれたちがそれを、腹の底から諦めちまわない限りには」


 時間を。

 噛み締めて、刻み付けるような、数秒間。

 

「やっぱりだ」

「……あん?」

「神さまに、これ以上貰いたいものなんて無い。やっぱりわたしのお願いは、もう、叶ってる。――――ね、マスター」


 藤間はそして、初めてのものを見る。

 クェロドポリカ-レジサ-ネフネフルミタンの、笑顔。


 満面の、とは言えないだろう。

 満開の、と賞する程の華も無い。


 それでも。

 彼女の表情を、少年は、美しいと思った。


 ここに。

 こんな、自分たちにも。

 美しいものがあるのだと、感じられた。


「だから」

「え、」

「それは、マスターが貰ってね」

 

 長い長い階段の終わり。

 そこにあった大扉を開けると、そこにはあの、クェロドポリカが攫ってきた天使がいた。


 ただし。非常に禍々しい、雰囲気と姿で。

 黒を基調とした配色、見るからに悪役然とした、ごっつい鎧。

 先程の中ボスと同じく――どうやらあいつこそが、【ラスボス】の役割ロールを割り振られているらしかった。


 ならば。

 このクエストの管理者たる創造神から――それを務めるに相応しい、能力もまた与えられて。


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