三章・24



 関係各位に電話をしまくり、無数の書類を書いて書いて書きまくった。

 病院に担ぎ込まれたことの連絡は行っていたので、課長からも工藤からも田中はいくつものありがたいご意見ご感想を賜った。


『それ。大概に無茶ですよ、田中さん。私が言うのですからよっぽどです』

「だろうね。僕も、物凄くそう思う」

『ともすればえらいことになりかねませんよ。離職で済めばいいほうかも』

「ははは。そうなったら困るだろうなあ。課長はなんて?」

『……“これは、君に任せた事件だ”、と』

「ありがとうございますって伝えておいて」

『……は」

「ん?」

『私には、ないのですか?』

「工藤さん」

『はい』

「愛してるぜ」

『――――田中さん、』

「何かな、工藤さん」

『自分の易さが、嫌になります』

「そう? 僕はそういうとこが好きなんだけどなあ」

『…………帰ってきたら本当覚えていてくださいね』

「ごめん待って悪かった僕が調子に乗り過ぎた許してください機嫌直して出来ることなら大体するから……っ!」


 返答は無く電話が切れて、乾いた笑いが零れ出る。

 天岩戸内、緊急作業室。

 机に椅子に各種事務道具を急遽用意した六畳ほどの広さの部屋で、田中は一頻り落ち込み終えてから仕事に戻る。


 その様子を見て。

 対面の席の天使が、首を傾げた。


「楽しそうだな、タナカ」

「え? ……参ったな、そう見える?」

「何となく思っていたのが、おまえ、もしかしてマゾヒストか」

「なんてことを言うのかな天使さんは」

「でなければ変態だ。或いは阿呆だ。大馬鹿だ」

「あー、最初のはともかく、後ろ二つはそうだよね」


 話しながら、手は止めない。

 何しろ、崩すべき山はまだまだある。サボっていたら夜が明ける。

 自分たちのやることを、

 待ってくれている人たちがいる。


「しかし、天使さん」

「うん?」

「松衣ではあまり教わらなかった、という話だったけど。ちゃんとやれてるじゃない」

「――先輩にそう言って頂けると安心するよ。休憩の合間や昨夜も、コピーで貰ったマニュアルを読み進めていたんだが、実践は正真正銘これが初めてだ。誤りがあったら言ってくれ、いくらでも正す」

「了解。それにしても、」

「どうした?」

「君は嬉しそうだね、天使さん」

「何を言うかと思えば。当然だろうが、そんなもの」


 何しろ、と。

 天使はその指に握るペンを、くるりと回した。


「ようやく自分が、【異世界転生課職員】として、本当の意味で我が女神のお役に立てるのだ。心弾まぬ理由があるか」


 開始から、一時間ほどを費やした。

 異世界転生課職員として田中が持つコネを手当たり次第片っ端から切り切り使い、借りを作って頭を下げて、グレーゾーンを下を見ないで綱渡り。


 そうして出来上がった成果物が、五枚綴りが十五セット、計七十五枚に及ぶ手書き即席契約書類。


「――なんともまあ。清々しいほど、無茶苦茶だ」


 感心と呆然の程よく混ぜ合わさった表情の天照が、それらを確認、精査する。


「こんな面倒臭いこと、思いついても普通は絶対やらないぞ。大目玉を食らうな絶対。こんな厄介な前例、成立させてしまったら後々どれだけ尾を引くか」

「では、止めます?」

「ぼくの性格は知ってるだろう?」


 ぽんぽんぽん、と。

 それだけではまだ何の意味も持たない書類に、ひとつひとつ――異世界転生課日本支部の主祭神、最高責任者たる天照が、卵ソファから降りてきて判を押す。


「好奇心は、怠惰に勝る」


【神の認可】。それは、ある種の力を備える事実だ。

 七十五枚の書類、薄っぺらい紙の束が、淡い光を放ち始める。それが確かな【効力】を得たことを示している。


「ええ、存じ上げておりますとも。何しろ、そこを突かれて主祭神は天岩戸から引き摺り出されたのですからね」

「はん。まったく、これだからヒトの子というやつは!」


 田中と天使はそれらの契約書を天岩戸土産売り場で購入したブリーフケースに詰めると、先程彼らが話をしていた多目的談話室へと移動した。


 ホワイトボードでの図解、口頭での全体説明、一人一人マンツーマンの補足を行いつつの記入の後、集めたそれに記入の漏れや誤りがないかを、天使→田中→天照の三段階でチェックする。


「――うん。問題はありません、これでようやく、オーケーだ」


 肩の荷を、まずはひとつ降ろした心地。

 田中はそれらを纏め、先のブリーフケース同じく土産売り場で販売中のクリアファイルへ、個人毎に分けて丁寧に仕舞う。


「異世界転生課職員として宣言します。ここに、本人の同意による正式な認可、異世界和親条約に記される創造神の権利の、使用条件が成立しました」


 周囲に広がる安堵に喜び、ようやくだ、といった気配。待ちくたびれた、という切望。

 いよいよそれらが、解放される時が来た。


「長らくお待たせ致しました。では、お願いします――女神様」

「はい」


 私服から。

 纏い直した、【象徴】としての、【役割】としての、豪奢な衣装。


 彼女が。

【神】を務める際の、正装。

 女神はその姿で、円卓の中心の空間に待機しており、そして。

 

 ぱん、と。

 凛と、厳かに、拍手を打った。


 さすれば、現れる。

 

 この世界の、国の様式に合わせた故か――朱も鮮やかな三重鳥居が。その奥より光溢れる、世界と世界を繋ぐ、境界の門が。


 天岩戸に、

 道が繋がる。


「――――」


 眼前にて、神秘が成った荘厳さ。

 その清浄にして偉大なる空気、人は誰もが口を噤み、全身で感じ入る。


 ――その、ともすれば萎縮と呼べる雰囲気を。

 もたらした本人――否。


 こそが、打開する。

 周囲を見渡し、大声で、誰より元気に、発破をかけて。


「さあ、それでは参りましょう! いざ、楽しい異世界見学会オープンワールドへ!」


 まさしく。

 火薬に、火がつくように。


「「「「「「おーーーーーーーーッ!!!!」」」」」」


 売店で揃えた、探検隊装備を身につけて。

 十二人の少年たちが、揚々と拳を掲げた。


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