二章・11
勿論世暦の時代にあって異世界間結婚は何も珍しいことではないし【意中の相手と同じ場所で生きる為に】は転生理由ランキングの五指に入る。オープンワールドで感極まりそのまま移住を決心するパターンもお馴染みだ。
しかしそういうことではない。
「落ち着いて……そうです落ち着いて落ち着いて……はいゆっくり息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、大丈夫ですよここにいますよ、まだ全然どうにかなりますよ……」
すんでのところであったと思う。
あと十分、いや五分遅かったらと考えると肝が冷える。そうなればあの皇帝陛下は祭りに沸き返る不夜王城街全域に緊急発表の報せを飛ばしていただろう。
どうにかこうにか差し止めた。
『御付として事情を聞きたい』とか『希望を聞かねば段取りも組めない』などとにかくとことんそれっぽい理屈を並べ倒して、二人きりになることに成功した。
有り難きはグヤンヴィレド皇帝陛下の紳士的対応。どんな相手も疑うのではなく信じることから向き合う心。
その率直さと真っ直ぐさ、グヤンドランガ王族に顕著なるあけすけで情熱的な気質。
それは彼の疑うべくもない美点だが。
美点は時として困った欠点にもなる。
「な、な、何度も、何度も尋ねたんですよぅ……一体どういうことでしょうか、私が何かしましたでしょうか、って……」
「……それでも、皇帝陛下は?」
彼女は言う。
『解っております。何も申されずともよろしい。貴女の為に学びました。地球の女性が異性との付き合いに際し、“ハジラヒ”や“ツンデレ”と呼ばれる作法を何より重視するということを――――“イヤヨイ・ヤヨモス・キーノウチー”なる文化が存在するのだと!』
世界は、星の数ほどある。
その星の、全ての名前を知っている者など稀中の稀であるし、ましてそこでの流行りや文化や世俗、風習に冗談や諺までも正しく理解するなどそれこそ至難だ。
発達している文明の方向性、情報共有のレベルによっては他の世界に関する資料が乏しいというのはままある話で、かと思えば【元異世界転生課勤め】などという経歴を嘘か誠か吹聴して、その世界に実際に住んでいる立場からすれば噴飯もの甚だしい出鱈目を堂々と書き散らしされることもよくある話なのだ。
「……冶金関連の分野は発達してるけれど。正しい情報の取扱とか保存とか、製本の類の技術だとかはあんまりなんだよなあ、グヤンドランガ……」
悲しい情報に引っかかった皇帝陛下を責めるのは、あまりに酷というものだ。お国柄が生んだ悲劇、誰が悪いわけでもない行き違い、偽らざる愛と情熱の空回り。吟遊詩人の手に掛かれば、さぞや泣けて昂ぶる抒情詩の傑作が仕上がることであろう。
とはいえ、このままというわけにもいくまい。
思わぬ事態の拗れ方に混乱極まれる女神の説明は要領を得ない。支離滅裂な言葉をどうにか繋いで意味を探る。
昨夜は祭りと始めて使う“人間の身体”の疲れで結局対処に動く前に寝入ってしまったこと。田中と会えて心からほっとしたこと。“皇帝さん”には別に何もした覚えが無いこと。
「何も?」
「神に誓って約束しますッ!」
何とも小さな風呂敷だ。
矢継ぎ早に話を続ける。
少し前に目を覚まして田中を探しに出たところ彼とは先に中庭で偶然出くわし、これから朝の演舞だか稽古だかをするというのですぐに余所へ逃げるのも失礼に当たると思い見学していたこと。
ボロを出してはマズいからと黙っていたのだが、『ここまでにしておきましょうか』と鍛錬を終えたところでお疲れ様ですと労い立て掛けてあった剣の鞘を渡したのだが、何故か彼は本当に突然に号泣し始め、
「ストップ」
全て解った。
十分だった。
線は繋がり、
納得いった。
「ぅえ、え、え、え……!?」
奇しくも。
鍵は、やはり【文化】だ。
「――事情は、よくわかりました」
悪意は無い。
害意は無い。
そんなつもりは、どちらにも無い。
だからこそ、多分。
その真ん中にいる田中が、
「女神様はここにいてください。僕が話を付けてきます」
「は、話、って」
「グヤンヴィレド皇帝陛下に。あなたの理解は――」
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