二章・02



「当然、聞かせて頂けますよね?」


 ぱくぱくとからあげをつまむ興味津々の表情。

 全てがこの一言の為であったと気付いたところもう遅い。


「異世界創造のお手伝い。そろそろ、一ヶ月が経ちますか」


 その通り。

 前回で、四セット目が終了した。

 田中は理解ある上司の承認と調整の結果、この、極めて異例な、異世界転生課業務範囲外スレスレの【創造神専属担当相談役】という状況を成立させた。


 の、だが。

 それだけにかかりっきりになることまでも許されたわけではない。

 市役所での仕事は市役所での仕事としてそれまで通りきちんと行うことを条件に、公的な身分で関わることを認められているのだ。


 異世界転生課業務と創造神の手伝い。その両立は以下のテーブルで成り立っている。

 平日の五日間、田中は市役所で仕事をし、女神は世界を創る。

 そして休みが始まる金曜の夜から土曜の夜にかけて、田中が女神の創りだした世界をする。


 どのような世界を創ったか。

 人間がそこで過ごせば、どんな感想を抱くのか。

 二十四時間の視察を終えた後、戻ってきた田中は雑感や改善点等をレポートに纏め提出、それを元に平日、女神は世界を創り込む。


 五日のインターバルに、一日の試験、一日の検討会。

 大まかに言えば、それが女神と田中による異世界探究創造のサイクルだった。


「つまり、事実上の三十弱連勤であると。……持ちます、身体?」

「自分で望んだことだしね」


 それは無論、疲れていないということでなく弱音を吐いてはいられないという意味だ。

 でなければ先程あんなことにはなっていないし、今もまた、気を抜けばタヌキうどんの丼に顔面から突っ込みそうな頭の揺らし方をしていない。


「しかしそれにしたって、四週前からの様子を鑑みるに、田中さんは随分と悩んでいらっしゃるようで見えますが。……もしや、あんまりうまくいっていないのでは?」

「いやいや。あの女神様――創造神様はね、うん、優れた権能を持っていらっしゃるよ。世界の規模もさることながら、物質の構成、ことわりの定着、緻密さも早さも複雑さも、本当、こう言っちゃあなんだけれど、なんであれほど出来る方がこれまで有名じゃあなかったのか不思議なぐらいに、凄まじい創造力がある」

「純エーテルで満たされた世界の、そのように完成された法則と既に発生してしまっている不要物の除外も、世界球を用いて目の前で済まされた、のでしたね。……田中さんからの報告でもなければ、にわかには信じなかったところです。それほどの力があるなら、彼女は五日どころか、一日あればこの私たちが住んでいるのと同等の世界すらも創り得る、ということになってしまう」

「……そうなんだけどね」


 四週目。

 が、前回の【特産世界】であったということは、要するに。


「一週目、二週目、三週目。既に三度、あの女神様は、【世界創り】を失敗している。……田中さんから見て、どうです。女神様に進歩はありました?」

「うん。毎回、精一杯、知恵を絞って努力してるよ」

「随分分厚いオブラートですこと」


 図星と見た。

 誤魔化すように田中はうどんの汁を啜る。


「では質問を変えましょう。田中さんはどうやって、四回も死んだんですか?」


 ず。

 と、音が止まって、丼が下がった。

 ジャージでコンビニにいるところを見られたような顔だった。


「……工藤さん」

「はい、田中さん」

「僕、それ、言ったっけ?」

「ああ、やっぱりそうでしたか」


 当然、どちらが悪いかと言うのならばこれはもう圧倒的に田中が悪い。

 この程度の簡単なに引っかかるなど、異世界転生課として、異世界派遣調査員としてだらしがない。思考が本調子でないこと、相手が親しい仲の友人だということを加味しても、何の免罪にもならない。


 むしろ感謝すべきである。自分のたるみ具合をこの上なく的確に指摘してもらったことを。

 これと同じミスをもし外でやらかしていたのなら、それこそ取り返しがつかなかったかもしれないのだから。


「誰にも言わない?」

「言えませんとも。私も立場が惜しいですので」

「…………全体的に、攻撃力がとにかく高い」


 今回の、【特産世界】に限ったことではない。

【名無しの女神】の生み出す異世界。

“扉を開けたらいきなり即死の、純エーテルで満ちた世界”という、どうしようもないほど強烈なレベルではないにせよ、以降、四度の世界とて結果はどっこいどっこいだ。


【わかったところでやりようのない世界】。

【自分が振れるサイコロに勝機の出目が無い世界】。

 コンセプトを変え、シチュエーションを変え、切り口を変え売りを変えても、それだけは絶対に共通した。


「なんとだよ、工藤さん」

「はいはい」

「二十四時間、一日を使ったテストプレイと言っちゃあいたが。……実のところ僕は、これまでまだ生きてテストプレイを終えられた試しが無い」

「ばふふッ!」


 流石に工藤も噴き出した。

 結論自体はさっきのカマかけでほぼわかっていたこととはいえ、本人の口から悲痛な顔で聞かされると、また別種のがある。


「レポートでの解説も、口頭での説明でもね。ちゃんと毎回、伝えてはいるんだよ。でも、どうにもまだぴんとこないみたいでさ。――――人間が、神じゃない生物が、どれぐらい脆くて弱いものなのか、ってのが」

「……それはそれは、重症なことで」


 一ヶ月。

 続けた注意で改善されない癖、となればもう、前途の暗さは並々ならない。

 原因はそれだ。

 肉体的な疲労は元より、精神的な苦悩のほうが、田中のことを苛んでいる。


「成程。……悪い意味で予想通りの難航中の御様子ですね」

「ん、」

「田中さん。これは提案なのですが」

「……」

「もしも、次。目覚しい変化が無異様であれば、アプローチの方向を変えてみるのはいかがでしょうか」

「――初日にも、どうするかって聞かれたね。“主導権”のこと」


 工藤は頷く。

 何度言っても直らない。ならば、行うべき対策は何か。

 簡単だ。


「何も、恥ずかしいことでも間違った手段でもないでしょう。――成功例を手本にする、というのは」


 つい、と矢印のように指された先にあるものは、例の異世界転生ガイド雑誌だ。

 要するに。

 人が来る異世界を創るには、人が来たい要素を適切に盛り込めばいい。


【誰が最初に考えたか】とか、【どこかで既にやられている】とか、そんなことには構わずに。

 むしろ、そうしたものをこそ参考にして――否、はっきりと模倣して。

 工藤が言った通り。

 別段それは、この世歴の現代に於いて、特別なことではないのだ。むしろある種、歓迎される風潮もある。


 どうしてかというと、転生には定員があるからだ。ひとつの世界が受け入れられる外来者は、その世界によって厳密に定められている――俗に言う、【転生倍率】というモノがある。

 人気の異世界は当然希望者も多く、そこで新しい人生を始めようとしても、受け入れられずあぶれてしまう者が出る。


 そうした人を救済する為の措置こそ、【近似異世界】。第一希望に限りなく近い第二希望が存在し、迎え入れてくれること。

 それを喜び助けられた転生希望者がどれほどいるか、異世界転生コンサルタント――人を本当に転生したい異世界と巡り合わせるアドバイザーたる工藤は、その必要性を実感している。


【人を受け入れる為の世界は、広く、多く】。

 女神の発想は実のところ、的を射ていないではなかったのだ。


「そうですよ。そうすればよろしいではないですか。田中さん、貴方が異世界創造の総指揮権を握り、純エーテル除去の時のように図面を敷き、女神様がそれを忠実に再現する。話を聞いた限り、そちらのほうが余程適切で、合理的で、現実的だ。女神様ほどの創造力があれば、何なら、あのハルタレヴァのような異世界だって――」

「それじゃ、意味が無い」


 断ち切るような、断言だった。

 あまりに鋭い、斬り付けるような否定の言葉。


「その方法なら、確かにそれらしいものは出来上がるだろう。でもさ、工藤さん。それで完成するのは“あの女神様の世界”じゃ、ないんだ」

「田中さん」


 怯まない。

 そんなにも軟弱で、易い女ではない。


「これは貴方の担当で、私が軽々と首を突っ込むのは御門違いだ。なので口うるさくは言いませんとも。貴方の身体と信念が持ちます限りご自由に。ですが一つ、嫌なことを言っておきます」

「、」

「貴方の“願い”と、彼女の“望み”。優先されるべきはどちらであるのか、努々履き違えませんよう」


 工藤は食堂を後にする。

 田中はまだ俯いたまま喧騒の中にいる。

 半分ほども残ったからあげの皿を一瞥して、乾いた喉に水を流した。


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