第84話 魔力ランクと枕投げ




「よし、じゃあみんなお待ちかねの、学生証の見せっこをしようか」

「やっと、であるな!」


 どうにかこうにかお説教タイムが終わったところで、すぐに気持ちを切り替え、ここに集まった本来の用件に取りかかる事にした。

わだかまりを残さないようにするには、互いに変な遠慮をさせない事だ。

そうさせるのに、和気藹々とするだろうこの用件は都合がいい。


 全員でテーブルを囲んで座ると、程度に差はあれど皆楽しみにしている雰囲気が窺えた。


「せーの、で一斉にテーブルの上に出すよ?」

「良いから早くするのだ」

「分かった、分かった。せーの!」


 今にもフライングしそうなレオンをなだめると、皆が俺の掛け声に従ってパンッと景気の良い音をさせ、学生証をテーブルの上に軽く叩きつけるようにして置いた。


 色はさっき見た通りの金、銀、赤、ホログラム、それに俺の青の他に、緑色のがある。

どうやらディーが緑色ならしい。

実に彩り鮮やかで、賑やかな机上だ。


「ええっと……てことは、この寮生は全員レアもの?」

「すごい、こんな偶然ってあるんだね」

「偶然、なのかしら?」


 測定前にディーの学生証を見せてもらわなくて良かったと、心底ホッとした。

あの時ディーまでもがレア版だったと知っていたら、俺はあまりの重圧に潰されてしまいそうだ。

今でこそ自分もレアものを手にしてはいるが、あの時の俺にはそんな事はわからないし、精神状態が測定に影響しないとも限らない。


 そんな事を考えている小心者な俺の横で、ルーカスやイルメラがカラフルな学生証たちに無邪気に驚いていた。


「アルトに聞いた、『戦隊モノ』に変身する魔導具のようだな」

「その話、詳しく聞かせてくれたまえ」

「しかし、そなたは魔王ならば、倒される悪者なのではないか? 宿敵におめおめとヒーローの秘密を語るわけにはいかぬ。すまぬが、諦めるのだ」

「チッチッチッ。正義の魔王というのも世の中には存在するのだよ、レオンくん」

「そうなのか!?」

「レオン、戦隊モノの話はいいけどお前また騙されそうになってるぞ?」


 男の子のロマン話を繰り広げるレオンとバルトロメウスの様子は失笑を禁じ得なかった。

子供のする話なのだから、好きにさせてやろうと思うも、ついつい口を挟んでしまう。


「はっ! そうであった。危うく暗黒面に墜ちるところであったぞ……。桑原、桑原」

「アルトくん、暗黒面ってなぁに?」

「ルーカス! しーっ、なのだ。迂闊にその名を口にするでない。どこかに間者が潜んでおるやもしれぬぞ?」

「え、そうなの? でも皆とお揃いで嬉しいな……」


 女の子みたいに綺麗だからついつい忘れそうになるけれど、しっかりヒーローものの話に興味を示すあたり、ルーカスも男の子なのだなぁと思い出す。

ルーカスはお揃いと言って嬉しそうに自分の学生証の表面を指先で撫でていた。

そこには、ルーカス・ブロックマイアーの文字、それから所属の白陽寮を示す太陽の紋章、そしてC+ランクと刻まれている。


 おおよそどんな生き物でもそうだが、魔力というものは成長していく間にどんどん大きくなり、絶頂期を迎えた後は老いるのに従って緩やかに衰退していく。


 一番下がFランク、その上にF+があり、アルファベット順に+を挟みながらA+ランクまで上がっていき、その上がS、S+、SS、SS+、SSS、SSS+と計十八段階で表されるのがこの世界、この学園で言う魔力ランクだ。


 そしてこの国の平均的な六歳児の魔力ランクはといえば、大抵は最低ランクのFランク、もしくはひとつ上のF+のランクである。

これが貴族の子になると平均が少し上がり、いわゆるボリュームゾーンにあたるのがE+ランクからDランクだが、その上はかなりまばらに分布していて、C+ランクまでならばいてもそれほど驚かれないらしい。

だがそれ以上のランク、特にSランクより上となると、大人でもほとんどいないというのがこの国の現状だった。


 以上を踏まえて考えると、ルーカスはそこそこ無難なところながらも、貴族家系の六歳児の平均よりは上の魔力を保有していると言える。


「余はCランクだぞ」

「私はBランクのようだな。ふむ、まずまずの結果というところであろうな」

「ふふん、私はB+ランクですわ」


 レオンが本来の目的を思い出して自分のランクを読み上げたのを皮切りに、皆が自分のランクを読み上げていく。

皆が言い終わったところで纏めると、レオンがC、ルーカスとディーがC+、バルトロメウスがB、イルメラがB+、そして俺がSSランクだった。


 最初から色んなものをすっ飛ばした自分の魔力に少し引いてしまう。

彼らの名誉の為にも言っておくが、別にレオンやルーカスの魔力が低いのでは無い、俺の魔力が馬鹿みたいに高いだけだ。


 この魔力ランクの判定基準だが、単純に魔力の量で測っているのでは無いというのは母上から聞いた話だった。


 魔力量自体、特に訓練などせずとも自然と上がっていくものだが、それは長い期間で見た場合の話であって、短期間で魔力の底上げを狙うのならば、魔力を繰る技術の方を磨くのが普通だ。

早い話が、魔力ランクは生まれ持った才能と努力の両方からランク付けされているというわけだ。


 測定の時に気持ち悪くなったのは、魔力制御の技能面を測る為に水晶から干渉を受けたせいだろう。

他の大多数の子がけろっとしているのは、恐らく弄くり回されているのに気づいていないせいだ。


 あくまで俺の感覚ではあるが、魔力量でいえばレオンの方がかなり多そうなのにルーカスの方が高ランクなのは、きっとこの辺りの事情に起因している筈だ。

バルトロメウスがBランクなのはこれまた推論だが、彼がとある魔法を常用し続けて技を磨いたお陰だろう。

とある魔法が何かとは今更語る必要も無い。

今も彼は自分だけ目立とうとして、ホログラム学生証をピカピカと光らせている。


 これ以上仲間内で悪目立ちして、何の意味があるのかは皆目検討もつかないが、少しばかりまぶしくて鬱陶しいだけなので、好きにさせておく事にした。

喜んでいるのは例によってご本人さんとレオンのみだった。



「ゆくぞ、てや~っ!」

「うぼあぁぁぁ! 討たれたり……」

「やった! 魔王を倒したぞ!」

「だが復活!!」

「何故だ!?」

「ふははははっ! 人の世で噂の不死身の魔王とは私の事。この身は風、この身は水、この身は土。凡すべての始まりにして、凡ての終焉。故にこの身は永久に不滅なり」

「む~、ずるいぞ!」


 学生証のお披露目が終わったところで、早速枕投げが始まった。

わざわざ自分の部屋と空き部屋から大量の枕を持ってきて、部屋の片隅に積み上げていたのはレオンで、どんだけ枕投げがやりたかったんだと呆れつつも、始める前に自分の枕以外は返してくるように言った。


 そうして俺とディー、レオン、ルーカスが自分の部屋から持ち寄ったのは備え付けの同じデザインの枕、イルメラとバルトロメウスはいわゆるマイ枕を持ってきていた。

曰く、枕が替わると眠れないんだとか。

よく聞く話ではあるが、繊細さとは無縁に見えるバルトロメウスのその主張に全員から突っ込みが入ったのは言うまでも無い。


 ここでも最も輝いていたのはレオンとバルトロメウスだった。

あれだけ待ちかねていただけあってレオンはノリノリで、バルトロメウスの方も始めての遊びだというのに、我が道を行って戦況をかき乱していた。

魔王設定を勝手に持ち出して、二人で盛り上がっている。


 考えてみれば、三人以上でやるのはこれが始めてだった。

というより、こちらに来てやったのは一回きり、これが二度目である。


 前回とはルーカスの例の事件の時で、あの時は確か後が大変だった。

途中でマヤさんに見つかって、二人してこってりと絞られた挙げ句にずだ袋いっぱいのひよこ豆を数える刑を仰せつかったのだ。

だというのに、真面目に数える俺の横でレオンが地味で細かい作業は嫌いだと言って大暴れし、タコ踊りを始めたせいで俺は散々だった。


 以来、俺の方は枕投げを鬼門とし、避けていたのだが、レオンの方は懲りないようで、クラウゼヴィッツ邸に滞在した時もやりたいと駄々をこねていた。

それが実現しなかったのは、クラウゼヴィッツ父娘がそれぞれ別の理由で許可しなかったせいだ。


 公爵は単純に騒がしいからと言っていたが、イルメラは俺の体調を理由にレオンの希望を一切寄せ付けず、『壁とでもおやりなさい』と氷柱つららのように冷たく鋭い一言でもってレオンを凹ませていた。


「えいっ!」

「……っと。危ない危ない」


 思索に耽っていたところに背後から視線を感じ、上体を逸らすと無地の枕が腕すれすれのところを通過していった。

後ろを振り向けば、ルーカスが投擲した時の姿勢のままこちらを見ている。


「また避けられちゃった。どうして当たらないの?」

「そりゃあ、そう簡単に当たらないよ。俺だって避けるからね」


 残念がるルーカスの言葉に苦笑する。

何だかんだ言って彼も楽しんでいるらしい。


 前回は二人きりだった為に、不意打ちはほぼ不可能で投げたもの勝ちだったけれど、今回は違う。

油断大敵だ。


 なお、手加減だとかわざと当たったりだとかしないのは、そうしていたと知られてしまった瞬間の気まずさが嫌だからだ。

お互いに本気でやるから面白いのであって、そこを履き違えてはならない。


「ところでディーは隅っこで何をしてるんだ?」

「何って、死んだふり? 凶暴な野生動物に出会った時は死んだふりをするといいってよく言うよね」

「えーっと、あの……」

「しーっ。あまり話し込んでいては死んだふりの意味が無いから、暫くはそっとしておいてほしいな?」


 部屋の隅の方では、ディーが新たな枕投げの楽しみ方を今まさに開拓中であった。

服が汚れるのも厭わずに、足下で横になっている彼に問えば、思わぬ答えが返ってくる。

たまにいる、鬼ごっこでかくれんぼをする子みたいだ。


 凶暴な野生動物と人間を同列に扱うのは如何なものか、然りとてレオンやバルトロメウスの騒ぎ回る姿を見ていると、似たようなものかとも思えてしまう。

そんな思いで不明瞭に言葉を継ごうとした俺に、ウインクしながら顔の前で人差し指を立てて静かにするよう促すディーの姿は、ただならぬ色香を放っていた。

彼のウインクは飛び道具である。


 本人が極力動かないで済むようにしているせいで、やる気があるのか無いのかよく判らない人だと思った。


「ふん、やっぱり殿方は子供っぽいですわね」

「そう言わずにイルメラちゃんもやろうよ? 楽しいよ?」

「そんな野蛮な事、私がするとでもお思いかしら? 枕は安眠を守るもので、投げて遊ぶものではありませんわ」


 男たちが思い思い騒ぐ中、イルメラはテーブルに付いたままなのに気づき、レオン、バルトロメウス、ルーカスが三つ巴で争っている隙に近づくとイルメラは優等生な発言を零した。

枕投げは趣味に合わないのだろうかと思いかけ、彼女の胸元に目を留めて考えを改める。


「その割にはしっかり枕を抱きしめているのはどうして?」

「こっ、これはその……。お昼寝をしようかと……」


 サッと枕を背中に隠して言い淀むイルメラは真っ赤だ。

やりたいのに素直に混ぜてって言えないだけなのか。


「イルメラちゃん?」

「なっ……ぷはっ。何をなさいますの!?」


 名前を呼んで一投。

と言っても至近距離なので、実際には軽く押しつけただけなのだが、それでも驚いたらしいイルメラは俺の枕を押しのけると叫んだ。


「やった、これで俺の勝ち」

「どうして即、私が負けた事になるのですか? 納得行きませんわ」

「だって、イルメラちゃんは投げないんでしょう?」

「そのような事は一度も申しておりませんわ! お待ちなさい!」


 負けず嫌いな女の子はさっと身を翻して逃げる俺を追いかける。

コントロールが全くなっていなくて大暴投になりながらも、おそらくこちらに向けて投げられたのであろう可愛らしい枕を、俺はしっかりと受け止める。

そうするのが使命のように思えたからだ。


 レース編みのカバーが掛けられたそれを胸元に抱えると、ふんわりと少女らしい甘い香りがふんわりと弾けた。



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