第40話 魔系統適性検査




 ゲオルグさんの退室から程無くして、メンバー全員が集まった。

面白いのは皆が皆、一様にテーブルの上の透明な球体に視線を釘付けにしている事だ。

今日は待ちに待った魔法適性の測定の日とあって、どの子もそわそわと落ち着かない様子だった。


 球体を見つめるディーの表情が、やけに色っぽく見えるのはどうしてですかね?

まるで一日千秋の思いで愛しい恋人を待ち焦がれる遠距離恋愛中の人のようだった。



「少し早いけれど、せっかくですから始めましょうか」


 授業開始を告げる母上の声に俺を除く子供達全員がピクリと椅子の上で身体を跳ねさせる。

球体に意識を向け過ぎて、ボーッとしていたようだ。


 隣のレオンなど、集中し過ぎて口からお汁つゆが垂れている。



「アルト、アルト。あれはどんな味なのだ?」

「わかっていると思うけど、あれは魔石と違って食べられないと思うぞ?」

「そうなのか?」


 ぐいぐいと俺の服が伸びるのにも頓着せずレオンはじゅるりとナニかを啜りながら球体の味を訊ねてくる。

苦笑しつつ耳打ちしてやると、普段は吊り上がり気味の眉が、しょぼんとハの字に歪んだ。

何故そんなに残念そうなのか。


 どうやら本気で食べられると思っていたらしい。

未知の物体を見て最初に思う事が、それなのか。

野菜嫌いの癖に、到底食べられそうに無い球体相手に美味しそうだと思う基準がイマイチ判らない。

大きな飴玉、或いは魔石だと思ったのだろうか?


 変な物をレオンが口に入れてしまわぬよう、しっかりと見張っておかなければと、俺は己の心にしっかりと書き留めた。



「さてと、皆これに興味津々のようだけれど、誰かこれが何か判る人はいますか?」


 母上がテーブルの上、正確にはテーブルの上に敷かれた飾り座布団に乗せられた透明な球体を示す。


「はい」


 手を挙げたのはイルメラだった。


「はい、イルメラちゃん」

「それは恐らく試魔水晶ですわ」


 指名されたイルメラはやや不安げに、それでもはっきりとした声で答えを口にする。


「正解よ。よく出来ました」

「ふふんっ、このくらい常識ですわ」


 正解という母上の声が天井に響いた途端、幼い彼女の顔はパッと照明が灯ったかのように明るくなった。


 母上に褒められたイルメラは当たり前だと言いながらも、顔は嬉しそうにはにかんでいる。

きっと家で予習してきたのだろう。

素直じゃないところが可愛いよな。



「イルメラちゃんの言う通り、これは試魔水晶と呼ばれるもので、魔法の適性を調べる事が出来ます。前回予告した通り、今日はこれを使って皆の適性系統を測定しましょう」

「上手に出来るかな……」


 今日の授業の概要を聞いて、ルーカスが自信が無さそうに呟いた。

せっかく最近血色が良くなってきたというのに、白磁の肌は本当に血が通っているのかすら疑わしいくらいに青ざめている。


 これは何かフォローをした方が良さそうだと判断した俺は口を開きかけたが、それを遮る者があった。



「男の弱気はダメなのだぞ」


 レオンだ。

俺が何か言うよりも早くレオンは元気の無いルーカスを奮い立たせる。

俺より先んじて励ましてやる彼の行動が俺には意外だった。

性格が真逆で凡そ相性が良いとは言えない二人だから、反目しあうものと思っていたのだ。


 捉え方によってはレオンの発言は単に揶揄しているだけと言う事も出来るが、王子の顔には面白がっているような色は一切見受けられない。


「うん、そうだね」


 ルーカスが胸の前で小さな拳をグッと握る。

静かに何かを考えているようだった。

彼は彼で幼いなりに自分の性格について思うところがあるのかもしれない。


「でも本当にこんな石一つで調べられるのかな?」

「大丈夫よ。ただこれに手を触れるだけだから、何も心配しなくていいわ」


 試魔水晶に不信感を募らせるディーに、母上が安信させるような言葉を掛けると、難しい顔をしていたルーカスにようやく笑顔が戻った。


 そこでちゃっかりレオンまでもが安堵のため息をついていたという事をここに付け加えておこう。

皆、大なり小なり不安があったようだ。



「じゃあ、誰から測定しましょうか?」


 全員の憂いが消えたところで、母上が再度仕切り直す。

すると、ここぞとばかりに食い付いた子がいた。


「僕が!」

「一番は余だ!」

「ここは私が!」


 ルーカス、レオン、イルメラだ。

三人とも早く試したくてウズウズしているらしい。


 いつもはどちらかというと慎重派のルーカスがここで手を挙げたのは少し意外だった。

さっきレオンに言われた事が関係しているのか?

他の二人に関しては十分に想定内だった。



「何を言っておるのだ! こういう時は余が一番に決まっておるではないか!」

「そんな決まりなんて無いよ?」

「間をとって、ここは私が」

「何故そうなるのだ!」

「イルメラちゃんズルい!」


 だんだんと雲行きが怪しくなってきた。

三人が三人共、我先にと主張し始めたのだ。

大人と違って周囲への配慮に欠ける子供なので、声のボリュームにも遠慮が無く、ギャンギャン喧しい事この上無い。

これは喧嘩になるんじゃないか?


 仲裁に入るべきか悩んでいる間にも、三人の談合は穏やかでない方向へと発展していく。



「席順がいいと思うな」

「それでは余の番が随分と後ろになってしまうではないか!」

「お二人共、御自分の事ばかり!」


 いよいよ本格的に危うくなってきた。

三人が一歩も譲らないで一番は自分だと主張するばかりなのだから、当然話し合いは平行線である。

そんな膠着状態に堪えかねたのか、感情を爆発させたのはこれまた面白い事に同時だった。


「もう! アルトくん決めて!」

「むっ、アルト!」

「仕方ありませんわ、アルフレート様!」


 揉めていた三人が一糸乱れぬタイミングで振り向く。

示し合わせたかのようにピッタリで、思わず君ら喧嘩していたんじゃなかったのかと突っ込みそうになった。


 いや、今はそんなことより、だ。


「ええと、何で俺?」


想像もしないタイミングでごっそりと話をもってこられて、非常に困惑した。

これはまさに関係無いのに巻き込まれてしまったというやつだろう。

喧嘩の勢いのままこちらを振り返っているから、俺が責められているような気分だ。



「アルトくんなら、公平に決めてくれるかなって」

「うむ、アルトならびしりと言ってくれるであろう」

「私は貴方に頼むのはただの偶然よ」


 何をそんなに期待しているのやら。

口々に告げられる理由とやらにがっくりと肩を落とす。

イルメラはこんな時でも忘れずツンデレならしい。


「こういう時は先生に決めてもらうのがいいんじゃないかな?」


 誰を選んでもどこからか不満が出てきそうで、どうにか逃れられないかと提案する。

このままじゃ余計ややこしくなりそうだ。

しかし、ちびっ子三人は仲良く首を横に振った。


「余がアルトにと命じておるのだぞ」

「アルトくんに決めてほしいな」

「光栄に思いなさいよ?」


 三人ともどうしても俺をご指名らしい。


 母上もただニコニコと微笑みながら黙って見ているだけだ。

ディーに至ってはこちらを見てすらいない。

彼の目は輝く試魔水晶に釘付けだ。

年長者なのだから、もう少ししっかりしてほしいよな。


 長い、長いため息をついた。



「独断と偏見で決めるぞ?」

「どくだん? へんけん?」


 ルーカスが難しい言葉に首を傾げる。

判らないだろうと思って言ったのだから、当たり前だ。

少しくらい、とばっちりを食らった事をぼやかせてほしい。


 既に自分の適性を把握している俺にとっては、順番などどうでも良いのだから。



「よく判らぬが、アルトの好きにして良いぞ?」

「何でもいいから早く!」


 さあ言え、すぐ言え、今言えとイルメラに急かされて、俺は気が進まないながら口を開いた。



「一番、ディー! 二番、イルメラ! 三番、レオン! 四番、ルーカス! 最後、俺!」

「僕が最初?」

「異論は認めない! わかったらさっさと並ぶ!」


 四の五の言われそうな雰囲気に先手を打って蓋をし、整列させる。

気の進まない俺に皆で押し付けたのだから、異論は認めない。

聞いていたら際限無いしな。


 最初はレディーファーストでいこうかとも考えたが、やはり諍いの種に成りかねないのでやめた。

何の事は無い、誕生日順だ。


 当然自分達の中から一番が選ばれると思っていたレオン、ルーカス、イルメラは膨れ面をしながらも文句を言わずに列に並んでいた。

見事なシンクロだ。


 だから君ら喧嘩していたんじゃなかったのか?

素直なのか、素直じゃないのか判らない。


「いいですか、ただ手を乗せるだけですからね。解りましたか?」


 母上は何度も念を押すように言った。

過去に何かをやらかした人でもいるのだろうか?

ディーは無言で頷いた。


 俺は知っている。

激しく主張しなかっただけで、彼もまたその瞬間を楽しみにしていた事を。

無関心キャラなのに、とろりと熱い視線を水晶に注いでいたのがその証拠だ。


 するりと衣擦れの音をさせて、ディーは右手を前に突き出し、試魔水晶に触れた。


 皆、真後ろだと測定の様子が見えない事に気付いたのか、左右にずれて亀のように首を前に突き出している。


 ぼうっと水晶玉が鈍い光を放ったと思った。

そして次の瞬間、透明だった試魔水晶が色を変えた。



「これは風系統ね。もう手を離しても大丈夫よ」

「風」


 風に揺れる草原を思わせるような優しい色を前に、母上が判定する。

ディーはぽつりと呟くと不思議そうに自分の掌と水晶を見比べている。

彼の手が離れた瞬間、水晶は色を失っていた。



「次の方どうぞ」


 幻想的な水晶玉の変化に目を奪われていたイルメラがハッと我に返ってよろめくように前へ進み、同じように水晶玉に手を乗せる。


「これは……」


 ディーの時と違い、母上が系統を言うまで間があった。

水晶はこちらから見てクラウゼヴィッツの伝統カラー・紅に染まっている。

しかし、それは鮮やかな赤ではなく、吸い込まれそうな暗い紅だった。


「おめでとう。火系統と闇系統、イルメラちゃんは二系統に高い適性を持っているみたいね」

「二系統?」

「ええ、そうよ」

「やりましたわ、お兄様!」


 自分の系統を告げられて、イルメラは気色満面に兄を振り返った。

よくやったなと、兄の方は鷹揚に頷く。


 理由は判っていないが、通常は得意系統は一つのみなのだ。

それに闇は光同様、使い手自体が少ない。


 ちなみにこの世界において闇系統を忌み嫌う習慣は今の時点では主流ではない。

悪いイメージが一般化するのはゲームでいう第二部、つまり魔王・イルメラが誕生し、闇系統の魔法を用いて世界に災厄をもたらすようになってからだ。

闇系統の運命はイルメラと共にあると言っていい。


 だけど無邪気に喜ぶ姿からはとてもじゃないけれど、魔王になるようになんて見えないな。



 続いて前に出たレオンは光系統だと判定された。

何でも光系統は王家の伝統で、王族の大半が光系統だとか。


 適性者が少ない系統だと喜んでいたところに母上による解説が入ってレオンが意気消沈していたのは見なかった事にしておこう。



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