おまけ小話 ひよこ豆を数えるの刑




 とある火の日の朝。


「三百四十三個、三百四十四個……」

「だーっ!」


 ブロックマイアー公爵家の客室に子供の吠えるような奇声がこだました。

数字を唱えているのは俺だ、お菊さんでは無い。


 昨夜、始めてのお泊まりで調子に乗って枕投げなどに興じていたところ、マヤさんに見つかって大目玉を食らってしまった。

今はその罰として、ブロックマイアー家の厨房にあったずだ袋いっぱいのひよこ豆をカウントさせられている。


 テーブル越しに向かい合って腰掛け、袋から少しずつひよこ豆を器に取り、一つずつ指で摘まんで集計済みの山に加えていく。

単純な作業だからこそ、延々とやり続ける事に苦痛を感じてしまう。


 さすがはマヤさんだ。

地味な嫌がらせをしてくる。



「余はっ……余はこのような細かい作業は好かぬ!」


 気の短いレオンが耐久レースを早々にリタイアする事など、誰の目にも明らかだった。

どんぶり勘定は男のロマンを地で行くからな、この殿下は。


 とはいえ、俺とていつまでもこんな作業を続けていたいとは思わない。

二、三個適当にカウントしたところでどうせ答え合わせなどしないだろうから良さそうなものだ。


だが、もし万が一バレたらという可能性が頭を過る。

有り得る。

マヤさんだからやりかねないのだ。



「豆など数えて何になるというのだ?」

「マメな男は女の子にモテるらしいぞ?」


 見ようによっては俺の様子は随分と余裕があるように見えるのだろう。

だが実際は必死にレオンを宥めていた。


 くだらないジョークしかとっさに思い浮かばなかったんだから仕方無いだろう!

今レオンに暴れられたら、これまでの苦労が水の泡なんだ。

また最初から数え直すなんて、ご勘弁願いたい。

豆は全部俺一人に押し付けてもいいから、レオンは頼むからじっとしていてくれ。



「余は豆になどなりたくないぞ。豆などどうでも良いではないか!」


 俺の願いも空しくレオンは少しもじっとしていない。

苛立たしげに小さな手がテーブルを小突くと、積み上がったひよこ豆の山がそれに呼応するようにグラグラと揺れる。


「わかった! わかったから、こんな豆だらけの場所で暴れるな! 後で庭で思う存分踊り狂ってもいいから」


 ヒヤッとした。

豆の山はなんとか揺れを持ち堪えたが、今のは危なかった。


 そんな焦りからつい語調を荒げると、ついに怒髪天を衝いたらしいレオンが椅子を蹴っ倒しながら立ち上がった。


「余は後で無く今遊びたいのだ! 豆など放っておけば良い! 余と共に踊るのだ、レオン!」

「あーっ! レオン、跳ぶな跳ねるな拗ねるな! 嗚呼、豆が……ひよこ雪崩なだれが……!」



 失敗したと後悔しても、もう遅い。

我が儘殿下がドタドタと不器用で不気味なステップを踏む。


 潮騒のような音をBGMに踊り狂うレオンの姿を、俺は唯々ぼんやりと諦観の境地で見つめていた。



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