3-6 ―統護vs黎八―

         6


 待ち合わせに指定された場所は、因縁めいていた。

 そこは廃校舎の校庭であった。

 スマートフォンに転送された地図とGPSに従ってやってきたが、この【イグニアス】という異世界の景色は、元の世界に相似しているとはいえ、統護とうごにとっては差異を感じざるを得ない景色ばかりである。

 だが、この風景は違った――


 元の世界に在った、公立藤ヶ幌高校と同じ外観だ。


 まさかこんな場所にあったのか。統護は生唾を飲み込んだ。

 統護とて元の世界にあった実家や、元の中学校や高校を探さなかったわけではない。

 情報収集技術については、元の世界とこの【イグニアス】世界では、ほぼ同等と感じていた。科学技術と化石エネルギーに依存しなければならない元の世界とは違って、【イグニアス】では、人が宿す『魔力』をエネルギーとした【魔導機術】という上位技術が共存している、というだけである。

 機械や機器、設備にしても差異はあっても、大きな違いはなかったのだ。コンディションによって左右される人間の魔力よりも、サブ・エネルギーとしての一面だけではなく、設備維持により安定供給される化石エネルギーや原子力に頼っている面も根強い。

 当然、PCやITについても、元の世界とその在り様はほぼ同じであった。

 しかし、いくら検索をかけても見つからなかったのだ。

 それがこんな形で再び目にしようとは――

「ボロボロじゃないか……」

 思わず声が上ずる。

 統護は懐かしさに眦を下げた。今にも朽ち果てようとしている、コンクリの塊だ。

 黎八れいやはまだ到着していないようだ。

 統護は割れたガラスが割れたままの窓を開け、校庭を囲っている廊下へと侵入した。

 校舎の中も瓜二つである。

 噛み締めるように一歩一歩ゆっくりと歩く。

 窓からの景色も昔と一緒だ。

 これは偶然なのか、それとも必然なのか。

 どくん、どくん、と心臓が暴れ出した。冷や汗も大量に流れ始める。

 まるで元の世界へと還ったみたいだ。


 この世界と元の世界の――自分の『違い』を思い出す。


 否定したくなってくる。元の世界の堂桜統護は偽りで、は、こちらの世界の自分なのではないか、と。

 そして、本当に元の世界に還りたいのか? と統護は自問した。

 元の世界に還ったら、強大なチカラを失う。

 妹は存在せず、アリーシアもいない。

 それでも本当に――オマエハカエリタイ?

 本当に色々と揺らいでくる。


「――堂桜どうおう統護とうご


 廊下を進む足を止める。

 思索に耽っていた為、呼び止められるまで気が付かなかった。

 相手は、生徒会長であった。

 元の世界の高校と、現在通っている【セントイビリアル学園】でも共通して。違うのは着ている制服のデザインだけだ。

 フラッシュバックのように、あの時の事を思い出す。

 この【イグニアス】と呼ばれる異世界に転生する日の夕刻。

 学校の廊下での邂逅。

 今は夕刻ではなく、夜間であり、存在している世界そのものが移相している。

 だが――

「会長」

 統護はこの世界の東雲しののめ黎八れいやではなく、元の世界の東雲黎八へと呼び掛けていた。

 だが、当然ながらその声は、この東雲黎八には理解不能だ。

 黎八は表情を変えずに言う。

「確かにボクは小学校時代から何年も生徒会長を務めている……が、統護に会長と呼ばれた事は一度だってない。統護はボクを会長なんて呼ばないんだ」

 失言だとは分かっていた。しかし統護は弁解したり、誤魔化す気にはならなかった。

 闘志は消えていた。

「お前はいったい何者だ? 統護の姿と名を騙る、偽物め」

 その声は怒りで震えていた。表情のみが変わらない様が、どこか異様である。

 偽物と断じられ、統護は怯んだ。


 俺はやはりでは偽物なのか――


 気配で分かった。

 黎八は【魔導機術】を立ち上げたと。しかし淡雪あわゆきやアリーシア、あるいは史基ふみき美弥子みやこのような外観で識別できる【基本形態】ではなかった。

 特殊エレメントによる魔術だ。つまり逆にいえば基本エレメントではないのだから、【火】や【風】【水】といった形態での魔術攻撃はこないといえる。そういう意味では【基本形態】は一種の種明かし的なデメリットもあるのだ。

 黎八の冷たい声音が響く。

「言え。お前が

 声は警句ではなく、脅迫であり、その凄みはまるで別人である。

「やっぱりこうなるのか」

 ひょっとしたら、という淡い期待は打ち砕かれた。

 元の世界の会長に悪い、と思った。

 黎八は鉄面皮を維持したまま感嘆する。

「ほぅ。その様子からすると、ボクの魔術が起動したとわかったか。当然だな、お前が堂桜統護ならば」

「戦う――しかないか」

 これが三戦目。

 こんなカタチでの戦闘が三戦目か。

 いつの間にか、戦いに忌避感がなくなっている。

 けれど、相手は……

 すでに黎八が認識している堂桜統護を演じる余裕はない。表情が弱気に染まっていく。

 ゆっくりと歩み寄ってくる黎八は、間違いなく――敵だ。

 少なくとも統護の秘密を暴こうとする脅威だ。

 あの時の廊下と同じように見えるが、違うのだ。

 それなのに――嫌に重なって見える。

「さあ正体を明かせ。そうすれば命だけは助けてやる」

 統護は迷った。もう誤魔化しきれないのならば、いっそ事情を打ち明けるか?

 それとも、覚悟していた通り、このまま戦うか。

 勝つ自信はある。

 しかしこの戦闘に勝利したところで、いったい何が得られるというのか。

 残るのは遺恨だけではないか。


 あの時の会長と、この会長は違うというのに。


 ――〝唐突で悪いんだが、よければ……ボクと友達になってくれないかな〟――


 その言葉を耳にし、逃げてしまった。本当は彼に差し出された手を、とるべきだった。

 間違いなく不正解だった。

 ならば今度の正解は?

 敵意と共に向かってくる力に対し、どうすればいい?

「くそ。なにが世界最強だ」

 統護は自虐した。能力的に無敵になったところで、

 闘いになる、と覚悟を決めてこの場に赴いていたのに。


         …


 堂桜一族の長は、【堂桜コンツェルン】本社ビルの最上階にいた。

 VIPとの会談専用のラウンジに、今は一人でいる。

 正装を解き、ワイシャツにスラックスという気軽な格好でソファーに身を沈めていた。

「……」

 彼は疲れた顔で、天井のシャンデリアを眺めている。

 普段は若々しくエネルギッシュな彼であるが、今は年相応の五十代にしかみえない。

 胸ポケット内のスマートフォンが自動的に起動した。データを受信し、魔術プログラムによる機能選択の後、内蔵【DVISデヴァイス】と宗護そうごの専用【DVIS】がリンクした。

『ご報告申し上げます、社長』

 三十代半ばのキャリアウーマンが出現した。

 半透明の立体映像で表現されている、ややキツイ印象の美女で、宗護の第一秘書であった。

「なんだ」

『エルビスと名乗る男性が、社長に対して面談を求めております』

「……」

『どうなさいます? 予定では十五分後には』

「つまり十五分もあるという事だ。通してくれ。ただし彼一人でな」

 宗護は表情を改めた。疲労の色が消え、普段の彼へと戻る。

『畏まりました』

 データ通信が終わり、秘書の立体映像も消えた。

 吸おうとしていた煙草をシガレットケースに戻し、宗護は自身の【DVIS】に意識を飛ばして、扉の開閉をコントロールしている内蔵【DVIS】を操作した。

 対戦車砲すら防ぐ特殊防御扉は、宗護の意志でのみ開閉する。

「入ってきなさい、王子」

 扉を左右に開放し、宗護はエルビスと名乗る少年を迎え入れた。

 エルビスは不満を隠さないで入室した。

「どうしてフレアが拘束されなければならないんだ」

「王子が彼女を信頼しているのは知っています」

 そうでなければ、護衛として傍には置かないだろう。

 護衛以外にも性処理係としての役割も担っている、という情報も入っているが。淡雪と王室直属の楯四万たてしま姉弟を相手に互角なのだから【ソーサラー】として超一流なのは確かだが、王子が自身の意志で一番傍に置き続けているという事は、相当に具合がよいのだろう。

「とにかく時間がありません。すいませんが話があるのならば手短に」

 会話はニホン語ではなく、英語を選択した。

 ファン王国の事変において反体制側の重要人物だと認識していても、やはり彼は宗護にとっては、家族付き合いしていた相手のお坊ちゃんという印象が拭えない。

 エルビスも英語で答えた。以降は英語での会話だ。

「こうして直接身近で見ると、老けたね、宗護」

「統護と淡雪も、随分と大きくなりましたからな。私ももう歳ですよ」

 とはいえ、一線を退くにはまだ二十年は早いと自負している。

 特に息子が――となっては。

「その統護だけど、なんか変わったね、彼」

「息子が変わった?」

「はは。とぼけなくていいって。【DVIS】が扱えなくなったり、身体能力が超人めいているっていうのは。まるで……根本的に別人だろ」

「別人、ですか」

 宗護の目が眇められた。

「僕も妹関連で統護の情報は逐一確認していたけど、どうなっているんだ?」

 エルビスは不愉快そうに鼻を鳴らす。

「アリーシア姫の護衛について、その件で不満を述べに?」

「いや。僕としてはアリーシアの存在など邪魔でしかないからね。賊に襲われて亡き者になるというのなら、これほどの好都合はない。もちろん兄である僕がやるはずもないけど」

「生憎と父君との約束で、ご子息、ご息女の安全については我が一族が全力でサポートする、というのが御座いましてな。その失言は空耳だったとしましょう」

 エルビスは皮肉げに肩を竦めた。

「それで父王と反目している僕にも以前と同様に接する、か」

「王子の身柄を拘束すれば内乱が終わるというわけではありませんからな」

「僕の立場も随分と軽くなったな」

 エルビスが顔を歪める。

 しかし宗護はフォローしなかった。事実しか口にしていない。

 気持ちを切り替えるように、エルビスはひとつ柏手を打った。

「とにかく、僕が宗護と話をしたいというのは、我が国の改革が成功した暁の話なんだ」

「ほう。すでに兄である栄護えいごとの契約を煮詰めているとばかり」

「彼では役者不足だよ。一時的とはいえ、栄護を堂桜への橋渡しとして利用させてもらったけれど、やはり僕が認識している堂桜の長はお前だよ、宗護」

 なるほど、と宗護はこの事件のシナリオの裏側を理解した。

 と同時に双子の兄を哀れんだ。

「それで?」

「シンプルな契約だ。僕がファン王家の長になった暁のビジネスパートナーとしての挨拶だ」

「……」

「例のレアメタルに関しては、値段を一%増しで君にとって自由に融通を利かそう」

 宗護はため息を堪えられない。

 商談の可能性がある相手に対して、愚行極まりない行為であったが、それでも宗護にとっては、やはりエルビスは親友の息子以外の何者でもなかった。

 エルビスもその程度は予想していたのか、あえて大物ぶった虚勢をはる。

「どうやら君にとっては僕はまだまだ未熟なボンボンらしい」

「そうですな王子」

 素直に認めた宗護に、エルビスは冷ややかな視線を向ける。

「けれど……内乱の結果はともかく、僕は確実にあの腹違いの妹を排除する。内乱が成功すれば僕は革命の英雄となり――、失敗に終わっても僕以外の次代の王は存在しない」

 その稚拙なシナリオを拒否して、ファンの民は貴方の王位継承権を拒絶したのです、と宗護は心中で呟いた。

「アリーシアはファンの女王にはならない。お前の息子と娘は僕の野望を止められない」

「……」

「出来損ないに墜ちた、堂桜統護には」

 その言葉に、宗護は反射的に言い返していた。


「確かにヤツは俺の期待を裏切った。しかし――ですぞ、王子」


 その言葉の迫力に、エルビスは怯えた顔で後ずさった。


         …


 黎八が迫ってくる。

 威嚇するように、ゆっくりと大きな歩幅で近寄ってくる。

 統護の心は大きく揺らいでいた。闘いに応じるべきか、否か。

 ぴりりりり。

 デフォルト設定のままの味気ない着信音。統護は縋り付くようにポケットのスマートフォンを取り出した。

 メールの送信主は、淡雪とアリーシアだった。

「どうした? メールか。確認くらいは待ってやる。気もそぞろではボクも不本意だ」

「お言葉に甘えるよ」

 統護はスマートフォンの四インチ画面を確認した。【DVIS】内蔵型ならば、内容を網膜投影したり、脳内に展開した電脳空間に表示させる事さえ可能だ。しかし統護の機種は魔術的な機能を備えていなく、元の世界にあったケータイと同じように扱える。

 統護の目に入ってきた明朝体でのテキストは――


[ 何があったのかは分かりませんが、お兄様はお兄様です ]


[ 自分を信じて。そして自分の為に必要ならば戦って。私も戦うから ]


 自然に、統護の頬が緩んだ。

 そして――迷いは吹っ切れた。

 特にアリーシアからのコメントが利いた。彼女の早朝特訓を眺めていた時、自分も強くなる必要があると感じていた。その気持ちを思い出した。

 アリーシアは自分の運命と闘う。

 それを自分と淡雪は護ると心に決めた。


「だったら……俺もこんな場所で逃げている場合じゃないよな、堂桜統護」


 前哨戦ですらない闘いで、負けるわけにもいかない。

 最後まで戦うしか、責任を果たす手段はないのだから。

 黎八は微かに笑んだ。

「いい顔、いい目になったじゃないか。まるで――本物の統護のように」

 本物、という言葉が途端に陳腐に聞こえた。

 偽物、という自虐も馬鹿馬鹿しい。


 両拳を肩口に構えた統護は、迷わずに先手をとる。


 その場に突風を発生させる急加速で、黎八の眼前まで低い姿勢で飛び込んだ。

 ボクシングのステップインである。

 狭い廊下がステージだ。左右の動きは制限されるので、前後の動きのみでの勝負になる。

 左肩のモーションでフェイント。

 黎八は反応できていない。ならば、このまま牽制なしで強打――右フックをたたき込める。

 ゴォン! という震動が黎八を襲う。


 統護の右拳が――黎八の鼻先でストップしていた。


「危なかった。想定はしていたが、ここまで迅いとは」

 黎八の右掌が統護を照準していた。

 この変哲のない右手の平が黎八の【基本形態】だという。見た目は普通の右手に過ぎない。

 余裕なのか黎八は左目をウィンクしている。これは彼の癖らしい。

「なるほど、な」

 張り付いたまま動かない右拳。

【結界】ならばありえない。魔力が込められていない物理衝撃ならば、自律的にストップできる反面、魔力が込められているモノ――特に高い魔力を秘めている魔術師の肉体攻撃は、自動でストップできないからだ。また人間大の物体を自動で止めてしまうパラメータ設定だと、逆に動けるモノが制限されすぎて戦闘に不向きになる。

 ゆえに、この不可解な魔術現象は【結界】だとしても、かなり局所的かつ、特殊な代物だ。

 曰く――


 東雲黎八の【魔導機術】の前には、全ての攻撃(ベクトル)が停止してしまう。


 打撃技だけではなく、魔術攻撃すら。つまり『魔術ベクトル』と『物理ベクトル』、双方の異なるベクトルを一つの【基本形態】で対応している。

 それも【結界】とは異なる右手に宿した不可視の【基本形態】で。

 不可解なのは、不可視にも関わらずに、魔術攻撃と物理攻撃の両方に対応可能という点であった。両方止めたければ、防御魔術として使用エレメントが可視できるのが通常だ。

 単一魔術や派生魔術のみならず【基本形態】も含めて、魔術効果としての魔術幻像はその為に『物理を超えたパワーヴィジョン』として顕現させられているのだから。

「お前を試そうか」

 黎八は己の左拳を統護の腹に添えて微かに押すと、素早く腰だめに引いた。


 ぼっ、という鈍い音をたてて、統護の腹が拳大にへこんだ。


「がは」と、統護は苦しげに息を吐いた。

 予想外の攻撃だ。効いた。

 これでは防御技術もなにもない。鍛え上げている腹筋も通用しなかった。

「今まで隠していて済まなかったが、ボクが使用する近接格闘用の技術は、中国拳法の八極拳でね。今の一撃はいわゆる発勁という秘儀だ」

 嘘だな――と、統護は断定した。

 根拠は至極単純に、統護は過去の経験から『本物の』発勁を知っているからだ。


 つまり――この一撃は、


 それも【ワード】を唱えなかった点からすると、【基本形態】の基本性能に違いない。

 そして基本機能は魔術特性の発露であり、使用エレメントを指し示すケースが大半である。

 加えて発勁だと嘘をついた。

(しかも左手だもんな。使用エレメントが分かったぜ。ま、

 確かに、このやり方ならば、仮に超次元の電脳世界を展開していても、拳を密着してからのパンチによる発現なので、魔術オペレーション反応も誤魔化せるかもしれない。数度しか通用しないだろうが。

 統護は不敵に笑んだ。ニィ、と頬が釣り上がり気味になる。

 憎み合っての戦闘ではない。だからなのか、少しばかりの楽しささえ覚える――

 密着したまま統護は左拳をフックで放つ。

 読んでいたのか、スリッピングで黎八は躱し、カウンターの左ショートを統護に当てた。

 ゴォキ! 効かされた。思いの外、いいパンチだった。

 不可視の壁に張り付いたかのような右拳を支点に、統護の身体がよろける。

「不自然な体勢での手打ち、とは。苦し紛れだな。やはりお前は本物の統護では――」

「いやいや。だいたいは理解した」

 予想外の左フックには、普通にディフェンスするしかなかった――と、確認できた。カウンターで誤魔化したつもりだろうが、せめて羽狩はかりのキックの様には弾き返す余裕があれば。

「なに。手品のタネ、だと」

 黎八の戦闘データはほとんど存在していない。彼は専守防衛で必要最低限の防衛戦しか行わない為だ。しかし対楯四万たてしま姉弟戦は、彼の魔術特性のかなりを記録していた。

 ここから先は、真っ当な戦闘である必要はない。

 インチキにはインチキで対抗する。


「――会長、アンタはにも程があるぜ」


 統護の右拳が停止している今も、黎八は左目をウィンクしたままだ。

 試しに、右目に唾を吐く。

 その唾は停止せずに、黎八の右目を直撃した。

 その途端に、統護の右手に自由が、いや、正確には力感が戻る。

 黎八は右目を――左手で拭う。咄嗟の動作だった。

 致命的な失態を悟り、黎八はバックステップして統護から離れようとする。

「その右手が【基本形態】だというのもフェイクだろ」

 今の動作で。もう看破した。

 仮に右手に宿っている不可視の【基本形態】だとすれば、統護の右拳が自由になるはずがないのだから。

 見破られた黎八のポーカーフェイスにヒビが入る。

 統護は追い足を利かせると、一気に距離を詰めて、右拳をテイクバックした。

 バレバレのテレフォン・パンチなのは意図しての事だ。

「アンタの【基本形態】は――両目だ」

 統護のパンチが唸りをあげる。


 拳撃に極大の魔力を込めた――《デヴァイスクラッシャー》と異名される一撃だ。


 戦闘系魔術師ソーサラーによる攻撃用の派生魔術ではないが、超高密度の魔力塊にも等しい統護の拳に対して、黎八は右目を瞑って左目で視た。

 予想通りのリアクションだ。ウィンクが癖というのも大嘘なのだから。

 黎八がベクトルを操作して支配下に置けるなど、ブラフ(ハッタリ)に過ぎない。

 ベクトルという概念ではなく、単純にスカラー(量)を減少させていたのだ。

 すなわち……


 右目のコンタクトレンズ型【AMPアンプ】で『のスカラー』を。

 左目のコンタクトレンズ型【AMP】で『のスカラー』を。


 そして、専用【DVIS】であるメガネを仮想ハブとして、二つを並列で仮接続しているのだ。本接続の切り替えスイッチがウィンクというわけである。

 視認したモノのスカラーを限りなくゼロまで減少させて、無力化に抵抗しようとする相手の無意識の反発力を利用して、黎八の使用エレメントによる魔術特性で『一箇所に停止している』と錯覚させる――のが、彼のオリジナル魔術のカラクリだ。

 黎八の魔力総量と意識容量では視認した極一部分しか『スカラー減衰』ができないが故の、ベクトル操作しているという方便だった。

 締里しまりの弾丸がスカラー減衰後に、空中に停止せずにそのまま地面に落下したのは、そういう理屈だったのである。

 羽狩が止められていたのは、剣型【AMP】による魔術攻撃ではなく、彼の両手だった。


 そして、それを可能とする黎八の使用エレメントは――【重力】。


 単なる【重力】ではなくメガネ型【DVIS】と【基本形態】により、その魔術特性を反【重力】――すなわち【斥力】=反発力に反転させて魔術特性としているのだ。

 ゆえに、黎八は視界内の反発力を巧妙に操作できた。

 統護を穿った発勁モドキも、自身の拳から生じた反発力を利用した魔術攻撃であった。

 右目が間に合わずにキックを弾いたのも、【斥力】を使用してのカウンターだ。最初にベクトル操作とギミックしていたので、ただのカウンターだと気が付かせなかった。

 要するに限定範囲内での【斥力】の単純なコントロールと、視界内でのみ有効な二種類のコンタクトレンズ型【AMP】の機能を併用して『ベクトルを支配・制御できる』と相手に錯覚させて、精神的に優位に立つ戦術だ。肝要なのは、両目の使い分けとハッタリだ。

(カラクリがバレちまったら、単なるつまらない手品に等しいけどなぁ!!)

 これで終わりだ。

 ピシィ――


 統護の《デヴァイスクラッシャー》が、『魔術現象のスカラー』減少効果を破壊――と、同時に黎八の左目コンタクトレンズに、亀裂が走った。


 実のところ単に【DVIS】を破壊してしまうのではなく、この異世界の魔術現象そのものを破壊できてしまう。特に【基本形態】に用いられる魔術幻像や【結界】といった固定現象に有効だ。逆に、攻撃魔術による魔術的物理現象には効果が間に合わないケースが多い。

「なんだと!?」

 不可視の『スカラー減少効果』を破壊すると、統護は反対に魔力を引っ込めて『純粋な物理攻撃』となった右フックを見舞った。このストロークを稼ぐためのテレフォン・パンチだった。

 物理現象のスカラー用の右目は間に合わない。

 黎八の【斥力】によるカウンターも同様である。

 ゴシャァッ!!

 その一発で黎八は真横にあったドアを突き破り、無人の教室へと転がり込んだ。

「インチキに頼り過ぎたな」

 通常の戦闘系魔術師ソーサラーであれば、【基本形態】を立ち上げている魔術戦闘時に自身の魔力を全カットするという真似は不可能だが、魔術を使えない統護にはそれができる、という何の捻りもないオチであった。

「いくら大手【AMP】メーカーの御曹司だからってチート《ずる》が過ぎるぜ」

 チート(反則)を使ったのはこちらも同じだけど、と心の中で舌をだした。

 手加減は上手くいった。制止されそうになった時に、力加減をする余裕が生まれた。

 殺してはいない――はずだ。

 統護は教室に入り様子を確認した。

 黎八は、整然となっていたはずの机と椅子を派手にまき散らし、その中央で倒れている。

「ボクの負けか」

 意識を失っていなかった黎八は、首から上だけを動かし、統護の方を向く。

「まあ、ボクの戦い方は勝つのではなく、相手を諦めさせる、だしな」

「これで納得してくれ、とはいわないよ」

「本当にお前は何者なんだ。以前の堂桜統護ならば、絶対にそんな台詞はいわない」

 息を吸ってから、統護は堂々と答えた。


「俺は――堂桜統護だよ。偽物っていうんだったら、俺にとっては以前の俺が偽物だ」


 言ってから、統護は首を横に振った。

「いや。過去を否定しない。どっちも俺だ。だから本物も偽物もないよ」

 黎八は満足げに瞼をおろし、天井を向いた。

 その口元には――笑みが浮かぶ。

「そうか。ならば彼女もきっと同じ事を言うのだろうな」

 その言葉の意味を統護は理解できなかったが、きっとこの言葉の為に自分に闘いを挑んだのだと直感した。

 黎八はやはり自分を見ていない。だから――


「唐突で悪いんだけど、黎八。改めて頼む。俺と……友達になってくれないか」


 自分を見てもらおう、と手を差し伸べる。

 無視されるかも、と思うと統護の心臓がバクバク暴れる。あの日の彼も、こんな風に緊張したのだろうか。そしてあの日の堂桜統護は……


「――ふ。無理して以前のように喋らなくいい。ボクの事も会長でいい」


 差し出された手に引かれながら、黎八は起き上がった。

 そして鉄面皮のまま答える。

「それから友人云々というのならば、とっくにボク達は友人だ」

「会長……」

 統護は涙が浮かびそうになった。

「何も言えない事情があるのだろう。こんな形で試して、本当に済まなかった」

「いえ。俺の方こそ。話せる時がきたら、ちゃんと打ち明けます」

 和解は成立し、改めての友情が始まった。

 統護は元の世界の黎八に呼び掛ける。

 ありがとうございました。

 それから元の世界の会長も勝手に友達認定しちゃってます。……いいですよね?

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