3-2 ―オルタナティヴvs水使い―

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 場所は、北九州に居を構える新鋭企業の本社ビルであった。

 この企業は【堂桜どうおうエンジニアリング・グループ】傘下では最も若い会社に分類されているが、近年の業績とその成長率は、グループ内でもトップクラスだ。

 企業名は【堂桜テクニカル・トレード】。

 貿易関係を主導していた【堂桜国際商会】が握っている既存の貿易ネットワークとは別の、独自ルートを新規開発して急速にのし上がっている技術系貿易会社である。

 改築後の真新しさが眩しい、全面ガラス張りの本社ビルの四十階――ワンフロアを独占している、シンプルかつ洒脱な内装の社長室。

 その中央に鎮座しているデスクだ。

「――社長。よろしいのですか?」

 まだ年齢二十四才という、若き才媛として名を馳せている堂桜どうおう凛音りんねは、秘書兼ボディガードの言葉に、【魔導機術】が組み込まれている電子書籍端末――ホログラフペーパーの速読を止めて顔をあげた。

「あによぉ。いま業績チェック中」

 凛音は男勝りの迫力がある雄々しい美貌を、不愉快そうにしかめる。

 秘書はいつもの反応と、平然と言葉を続けた。

「堂桜本家から緊急での強制呼び出しがかかっている件ですけれど……」

「予定に変更はなし。その日はシンガポール」

「しかし」

「外せない商談だって分からないのなら、アンタはクビ」

 秘書は小さく嘆息した。しかし言い分は述べる。

「確かに秘書としては失格でしょう。けれども私達は貴女の護衛でもあるのです」

 腹を抱えて、凛音はせせら笑う。

「ぷっ。あははははははははは! なにアンタ、あの狂人の戯言を真に受けているって? そんなの杞憂だし、それに【エルメ・サイア】が堂桜に喧嘩売るにしたって、私なんて分家筋の小物なんて相手にしないって」

 グループ内の商売敵ライバルとして瞠目や敵視を集めている――とはいっても、巨大血族である堂桜一族内での自分の立場など、端役ですらない事を凛音は理解していた。

 高校時代からITベンチャー企業を細々と経営し、大学時代に企業として成長させて、かつ父親の企業を買収し、二十代半ばにしてここまで規模と年商を伸ばしてきたのだ。

「ま。いずれは一族内でものし上がってやるけど」

 今でも定期的に本家嫡男である統護とうごにコンタクトをとっている。

 噂では【DVIS】を扱えなくなる謎の症状によって落ち目らしいが、凛音にとっては逆に好都合だ。彼に取り入ろうと画策するライバルが自然と減るのだから。

 相手は年上で傍系の自分に興味を示さないが、いずれは彼をモノにしてみせる。父の企業を乗っ取ったように、堂桜本家も嫡男の妻か愛人として食い込んで、乗っ取ってみせる。

「相手は世界最強の戦力を誇る魔術テロ集団です」

警備セキュリティに金は惜しんでいない」

 凛音は力強く断言した。

 堂桜系列の警備会社をあえて避けたとはいえ、業界最高水準の警備体制は敷いている。この一番傍に置いている彼にしても、月給二百万円も出しているのだ。むろんその給与に見合った一流の【ソーサラー】だ。

「いえ、そういったレヴェルの話ではなく、」

 ゴゴォォンンンッ!


 台詞は、爆発的な轟音によって中断させられた。


 防弾防刃防火機能を備えているはずの分厚い扉が、室内に向かって吹っ飛んできた。

 社長席は吹っ飛んできた二枚の板――ドアの残骸――と正対している。

 ドアとしての役割を失った長方形の物体は、ブーメランのように回転しながら、ビル外壁を囲っている映写機能付きの超強化ガラスに弾き返され、その重量を感じさせない速度で数度、派手にバウンドした。

「う、うそ……でしょ?」

 想像もできなかった光景に、凛音の表情が恐怖で凍りついた。

 ありえない。外壁の弾性係数は知らないが、こんな風に硬い重量物がゴム鞠みたいにバウンドするなんて。

 秘書がボディガードとして凛音を背中に庇った。

 すでに異常事態を察し、専用回線でSP用の特殊携帯情報端末スマート・メディア・タブレットで緊急コールサインを出している。しかし二十名は下らない部下達からの反応は一切ない。

「警報は? ガードマンは? 警察は?」

 怯えきった凛音の呟きに闖入者が答える。

「そんなの、このアタシの前にあって無駄に決まっている」


 闖入者は、学生服姿の上に黒いマントを羽織った、ポニーテールの少女だ。


 紅い双眸がとても印象的で、――凛音はこんな時なのにデジャヴを一瞬だけ感じた。

 その黒マントの女子学生の後ろには、十数名の黒服姿の男達。

 秘書が表情を引き締める。黒服達のスーツは普通のビジネススーツを擬態しているが、その正体は【黒服】と呼ばれている戦闘用の強化服だと見抜いたのだ。

 すなわち彼等は【ブラック・メンズ】と総称される、裏社会の魔術系戦闘集団である。

「なんなの? なんなのアンタ達?」

「社長。だから彼等こそが――」

 凛音は泣きそうな顔で首を横に振る。

 どうして【エルメ・サイア】が自分など狙うのか。なぜ、狙うにしても他の堂桜を狙わずに自分なのだ。凛音は戦闘などできない。格闘戦も魔術戦闘もからっきしだ。魔術師でない事を堂桜の人間として時に馬鹿にされる事もある。それでも人生において己のリソースは全て会社経営につぎ込んでいるのだ。

 戦うのは自分の役目ではない。戦うのは自分が出資した、その為に存在しているプロの……

「わ、我が社の、警備態勢、鉄壁の防犯ラインは……ッ」

「対テロ、対強襲としてはないも同然だったわ。予算をけちり過ぎね」

 凛音は後悔する。こんな事になるのならば、堂桜財閥に見栄を張らずに同系列の【堂桜セキュリティ・サービス】を頼ればよかった。

 ボディガードが誰何すいかする。

「お前が本家が云っていた【エルメ・サイア】の『コードネーム持ち』か」

 会話によって、少しでも時間を稼ぐ意図があった。

 問いに、少女はつまらなげに言う。

「答える義理はないが、アタシの事はオルタナティヴと呼べばいい」

 そう名乗り終えた瞬間。


 黒髪・黒マントの制服少女は、瞬間移動したかのように真横に飛んでいた。


 ズガガガガガァッ!

 ほぼ同時に、オルタナティヴがいた位置に、水製の槍が数本、突き刺さっていた。

 標的を逃した槍は、形状を維持できずに水溜まりに戻る。

【ブラック・メンズ】達は、水の槍に一掃されていた。彼等の戦闘装束の防御力を考慮すれば致命傷を負っている者はいないだろうが、当面は動けないだろう。【黒服】の耐魔性能をものともしない、恐るべき魔術強度である。

 一人無傷であったオルタナティヴは天井を見上げた。


「スプリンクラーか」


 天井に規則的に配置されている消火用散水装置――スプリンクラーのヘッド部が、一斉に水を吹き出し始めた。

 スプリンクラーが作動する条件はふたつ。火災報知器による火災断定信号からの給水ポンプの運転開始と、スプリンクラーヘッドに直接熱源が接近しての、物理的な作動スイッチ(中に仕込まれている蝋が溶ける等)のオンである。

 今の場合は、秘書が【火】の魔術で、直接的にスプリンクラーヘッドを熱したのだ。そして使用エレメントを【水】とする戦闘用のオリジナル魔術を立ち上げた。

 オルタナティヴはスプリンクラーヘッドの数と位置を覚える。

 名称は明かさないが、この布陣が相手の【基本形態】とみて間違いないだろう。

 ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾォォッ!


 スプリンクラーヘッドから吹き出る消火用貯水が、秘書の【魔導機術】によって【水】の槍と化して彼女を襲った。


 ランダムなステップワークで、オルタナティヴは天井からの槍を避ける。

 魔術を使えない――【基本形態】がない状態なので、魔術攻撃の知覚を電脳世界の超感覚的な時間ではなく、現実世界での己の五感にたよらなければならない。

 だが、オルタナティヴは超人だ。五感は常人並であっても身体の反応速度が段違いだ。

(それに……)

 全てのスプリンクラーヘッドから一斉に槍が飛んでくることはない。一度に一箇所か二箇所である。それが彼の意識容量の限界とオルタナティヴは推察した。スプリンクラー機構を利しての変則的な【基本形態】だが、全てを自在に操れるわけではないのだ。

「どうした。逃げるだけか【エルメ・サイア】の『コードネーム持ち』よ」

「つまらない水芸ね」

 びしょ濡れのまま椅子に座っている凛音に視線をやる。

 天井からの【水】の槍は、彼女へのルートだけは防いでいる。ゆえにオルタナティヴも槍のパターンを予測可能であった。しかしオルタナティヴも槍を回避するだけで精一杯だ。

「動きは読めた。まだパターンはあるぞ」

 天井からの槍が形状を変えた。

 スプリンクラーヘッドを支点とした【水】のかさが発生して、薄い刃と化したのだ。

 笠形状のウォーターカッターである。

 きゅぃぃぃいいいいいいいん。

 回転数と経を変化させながら、オルタナティヴを狙うが、それも彼女は巧みに躱していく。

 ステップワークだけではなく時に大胆なバク転や側転も交えての回避行動だ。

「……そろそろかしらね」

 オルタナティヴの呟きにタイミングを合わせたように、スプリンクラーの水が止まった。

 秘書は狼狽も露わに天井を見上げる。

「な? どうして?」

 防火貯水槽の水はこんな短時間では尽きないはずである。

 オルタナティヴはスマートフォンを取り出して、タネを明かした。

「単にアタシの手下がポンプを停止させただけよ。忠告してあげるけれど、こういった魔術を使用するのならば、スプリンクラーの配管を強化しておきなさい。そうすれば水路を制御さえ可能なように術式を組み込んでおけば、自力で水を吸い上げられるから、ポンプの動力なんて不必要よ」

 彼女の台詞に対して、秘書はつまらなげに応えた。

「いや。実はだ」


 ずっ、ザァン!


 同時に、床を満たしていた水が、一斉に棘と化して天井へと伸びる。

 スプリンクラーを停止させられた時点で、【基本形態】をに切り替えていた。

 奥の手として――魔術的な強度・密度を多少落としても、広範囲に【魔導機術】を機能させられる実力を隠していたのだ。

 こういった【基本形態】の切り替えも、戦闘系魔術師ソーサラーにとっては重要な技能である。

 場合によっては、適宜、使用エレメントを切り替える者さえいる。


 そして今度こそ――秘書は驚愕に顔を歪めさせられた。


 オルタナティヴは串刺しにはならずに、天井にぶら下がっていた。天井の板に指を二本、穿って自重を支えている。

 冷めた目で少女は秘書を見下していた。

「そして――アタシはアンタがこれをやる時を待っていたわ」

 次の制御(派生魔術)に移る為には、床面の棘全てを一度、解除しなければならない。それが彼の意識容量の限界だ。秘書はオルタナティヴから視線を離さずに――【水】の制御を解除した。

 同時に水の棘が、溶けるように、ただの水溜まりへと還る。

 天井からオルタナティヴが秘書へと飛来する。

 上半身を捻り上げて、その回転力を下半身へと捻転させていく。ミニスカートの裾が踊った。

 オルタナティヴは魔術を使っていない。ならば物理攻撃が有効であるはずだと、秘書は懐から拳銃ハンドガンを抜こうと――

 ズゴォンッ!!


 健康的な脚線美を誇る足が、死神の鎌となり秘書の首筋を薙ぐ。


 一瞬だけ速く、オルタナティヴの決め技――フライング・ニールキックが炸裂していた。

 屈強な秘書兼ボディガードは、細身の少女の一撃で気を失った。

 どさり、と重々しい音。懐に右手を差し込んだ姿勢のまま、巨体が崩れ落ちる。

 業界一流の【ソーサラー】である彼に、黒髪の少女は何もさせなかった。

 まさに化け物――

 椅子に座ったまま凛音は動けず、膝が震え、ジョロジョロと失禁していた。

「覚悟はいい?」

 オルタナティヴは不法投棄されたゴミを見るような目で、泣いている凛音を見下ろす。

 あ……、と凛音は思った。

 この双眸は、やはり確か何処どこかで見た記憶が――

「悪いわね。これもビジネスでね」

 その台詞を最後に、凛音の意識は闇に落ちた。


         …


 屋上での特訓は、三日目に突中していた。

 初日、二日目に比べてアリーシアの戦い方にも余裕が生まれ始めている。

 これまでは自身の専用【DVISデヴァイス】にプログラムされている魔術プログラムの選択と制御で精一杯になっていた。いわば魔術オペレーションに振り回されている状態である。しかし、すでに魔術戦闘におけるスキルとしての魔術に馴染み始めていた。

 今では、教官役の締里しまりだけではなく、適度な隙を見つけては淡雪あわゆきもアリーシアに攻撃を仕掛けていた。

 むろん両者共に、アリーシアがギリギリで防げるレヴェルに手加減している。

 そういった高いレヴェルの訓練が、急速にアリーシアの才能を開花させていた。

 本来ならば三年の春以降のカリキュラムである【魔術模擬戦】であり、平均的には魔術戦闘に慣れるのに二ヶ月以上を要するのが普通だ。二年次に魔術師科に選抜される生徒は、共通科目が大半占めるを一年次から己のオリジナル魔術コードを開発しているような規格外の天才ばかりだが、専用【DVIS】を受領してすぐに模擬戦レヴェルで【魔導機術】を扱える者は、流石に極少数だ。

 プロの特殊工作員エージェントである楯四万たてしま姉弟や、堂桜一族本家の嫡子である淡雪は例外中の例外である。

 つまり――アリーシアには才能があった。

「……ここで休憩ね」

 締里が愛銃 《ケルヴェリウス》の銃口をおろした。

 間合いを広げたアリーシアは【基本形態】である《フレイム・ナックル》を解除する。

 腕時計で時刻を確認した。

「もうすぐ統護も掃除終わるかな」

「そうね。今日は昨日よりも二十分は短縮してみせる、といっていたから」

「そういえば、締里ちゃんと統護って仲良い?」

 探るようなその声色に、締里は首を傾げる。

「意思疎通は問題なく取れている」

 堂桜兄妹と楯四万たてしま姉弟は、互いに協調関係をとっている。アリーシアも聞かされているが、統護と締里の会話をみていると、胸に不安が過ぎるのだ。

「気のせいじゃなきゃいいんだけど」

 淡雪が口を挟んできた。

「アリーシアさんこそ、必要以上に兄と仲が良いと思いますが」

「私は淡雪さんは、ちょっとブラコンが過ぎると思っているんだけど」

 すでに見飽きてきた二人のやり取りが始まったので、締里は深々と嘆息した。


「――で、いつまで覗き見を?」


 不愉快そうに締里が《ケルヴェリウス》の銃口を昇降口のドアへ向ける。

 鋭い締里の口調と挙措きょそに、淡雪とアリーシアは主に統護に関しての口喧嘩をやめた。

 淡雪も気持ちを切り替えた。アリーシアの前に出る。

「別に覗いていたってわけじゃないよ。ただ邪魔をしたくなかった」

 ドアが開き、若い男性が姿を見せた。

 悪びれた様子は一切みられない。

 彼が東洋系の血筋ではないのが、一見して判った。

 髪の色は地毛のままかは不明だが、褐色の肌は明らかにモンゴロイドとは異なっている。

 服装はヒップポップ系ジャパニーズスタイルだが、淡雪には少々浮いて見えた。

 彼の傍には、まだ若いのにオールドミスといった排他感を匂わせている、家庭教師然としたビジネススーツと一体化した女性が付き従っている。

「ははっ。そう警戒しないでくれよ、僕達は敵じゃない」

 流暢だが、そのイントネーションにはネイティブさがやや欠けている。

 淡雪は彼――まだ成人前後の若い青年――の顔を記憶していた。

 それは締里も同様だ。

 芝居がかった仕草で肩を竦める異国の青年に、淡雪は怒りを抑えた声を掛けた。

「なぜ貴方がこの国の、この場所にいるのですか――」

 彼は締里の銃口を意に介さずに、飄々と答える。


「――そりゃ、異国で暮らしている妹に逢う為だよ」


 その為に必死にニホン語を彼女に習ったんだ、と青年は笑った。

 笑みを向けられた家庭教師然とした女は、無反応である。

 アリーシアは自分に固定されている彼の視線に、愕然とした。

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