2-5 ―エルメ・サイア―

         5


 朝一で突発的なイベントが起こったが、それ以外は平和かつ標準的な学園生活であった。

 そして――今は放課後である。

 学校の屋上にアリーシアがいた。

 彼女だけではなく、淡雪あわゆきも一緒である。二人は黙して屋上からの展望を眺めていた。

 暇潰しや気分転換の類ではない。時間が来るのを待っているのである。

 昇降口のドアが開き約束の相手――楯四万たてしま締里しまりが姿をみせた。

 アリーシアが首を傾げる。

「あれれ? 締里ちゃんだけ? 羽狩はかりくんはどうしたの?」

 約束の相手は、不本意そうに首を横に振った。

「この周辺の何処どこかで待機しているわ。流石に貴女の護衛が全てすぐ傍にいるのは問題だからって。まあ、逃げの口実なのは言い逃れしない」

「そっか。残念」

「けれども安心して下さい。約束は私だけでもちゃんと果たすから」

「うん。よろしくお願いします」

 アリーシアは丁寧に頭を下げた。

 淡雪が二人に訊く。

「できれば、いい加減に今朝の約束の内容を、わたしにも教えていただけませんか?」

 その気になれば道端に仕込んだ盗聴マイクから分かるのだが、淡雪とて流石にそれはプライドが許さなかった。それに堂桜本家の人間とはいえ、あまり羽目を外すと後々に問題になりかねない。

「うん。実はね、淡雪さんにもサポートしてもらえるとありがたいんだけど、特訓を」

「特訓ですか?」

 怪訝な顔になった淡雪は、ああ、と合点がいったと頷いた。


「……貴女は音痴だったのですね。それで人並みに歌えるようになりたいから――と」


「どうしてそうなるのよ。あと私は音痴じゃないし」

「冗談ですよ。貴女はきっと音痴でしょうが、特訓するのは魔術戦闘ですね」

 アリーシアは作り笑顔で首肯する。

「魔術戦闘だけじゃなくて、格闘戦や武器を使った闘い全般かな。それから私、歌にはちょっと自信があるから」

「音痴は仕方がないにしても、何故?」

 だんだんと顔が引き攣っていくアリーシアと淡雪に、締里が割り込んだ。

「歌は後でカラオケにでもいけばいいでしょう。訓練に関しては、私は良い心掛けだと思う。貴女がこれからどの道を選択するのか、あるいは選択の余地がなくなるのかは――現時点においては不確定だけど、常に誰かが貴女を護れる状況とは限らないから」

「それは理解できますが、どうしてコーチ役を楯四万さんに?」

「淡雪さんも凄い戦闘系魔術師ソーサラーみたいだけど、締里ちゃん達は本当のプロみたいだから。それに淡雪さんが専門としているのは『炎系』――【火】のエレメントじゃないでしょう?」

 ACT、という呟き。

 アリーシアは【DVISデヴァイス】を起動して、自身の【魔導機術】を立ち上げた。

 両拳に燃えさかる炎が宿る【基本形態】――名称は《フレイム・ナックル》である。

「締里ちゃんの専門は知らないけど、あの銃の【AMPアンプ】だったら属性を自由に入れ替えられるみたいだし。ついにで対武器戦闘も学べるしね」

 締里は制服のポケットに分割収納していた【AMP】のパーツを、流れるような手裁きで組みあげ、一挺の拳銃が完成した。


「この銃型【AMP】の名称は《ケルヴェリウス》。そして私は特定の属性を専門的に強化していないわ。全てを平均的に学んでいるの。この《ケルヴェリウス》を操る為にね」


 故に【基本形態】もベースは無属性で、身体強化に多くのリソースを注いでいる。

 補助的に使用エレメントを追加する方式を採るのだ。

 締里の様な特殊工作員を生業とするエージェント魔術師は、戦闘系魔術師ソーサラーが好んで運用する基礎から自分で構築するオリジナル魔術理論よりも、既存の魔術理論を独自にカスタムして使用する場合が多い。

 シンプルかつ使用し易さ――利便性を最も重視するからだ。

 戦闘用魔術も可能な限りシンプルに用いる。特に専用【AMP】の所持を許されているエージェント魔術師は、【AMP】使用補助を主軸に置いた【基本形態】を選ぶのである。

 淡雪は締里の《ケルヴェリウス》を観察し、彼女に確認した。

「その【AMP】はオーダーメイド品ですね」

 淡雪の記憶には、規格品や各軍の制式品の形状にこのような銃はなかった。そもそも隠密性の為とはいえ、部品単位での分解・組み立てとは別に、複雑な構造による収納形状に分割する銃など量産できるはずもない。

「ええ。オーダーメイド品というよりは、ワンオフ品ね」

「そうでしょうね。部品一つとっても最高精度で構成されていないと、すぐに動作不良を起こしそうなものですから」

 加えて、そのような機構の銃を三秒以内に目視せずに組み上げる技術も達人芸だ。

 淡雪が眼光を光らせた。

「その銃――。単価にすると軽く億単位になると思われますが、どういった経路で入手なさいました? いかに優秀な特殊工作員であっても、個人に支給される代物とは思えません」

「守秘義務があるわ。話はここまで。じゃあ……始めましょうか、お姫様」

 締里は【火】属性のカードリッジを銃把へ押し込むと、銃口をアリーシアへと向ける。

 初日だけと手加減しない、とその目が云っていた。

 アリーシアは表情を引き締め――締里へと攻撃をしかけた。


         …


 統護とうご史基ふみきと共に、二学年全クラス分の掃除を行っていた。

 もちろん手作業で魔術は使用不可となっている。

 ペナルティーが拡大されていた。理由は事実上の『引き分け』とはいっても、よりにもよって全校生徒が注目している中で、教師である美弥子みやこを倒してしまったからだ。

「とほほ。センセは悲しいです」

 そして生徒に倒されて、威厳を損なわせてしまった教師も生徒と共にペナルティーを受けていた。監視役、ではなく一緒に掃除をしている。

 役割は統護が机と椅子を運び、史基がハタキと雑巾がけ、美弥子が掃き掃除。最後に三人で片付けを行い、ゴミは袋に入れて次の教室へと移動である。

 すでに、かなり息が合っていた。

 とはいっても史基は統護に話し掛ける事なく、一人で黙々と作業している。

 統護も無言で作業に集中する。

「この調子なら、思ったよりも早く終わりそうだな」

 統護は呟いた。丸一週間はこの掃除に拘束されてしまう。淡雪や楯四万姉弟がいるとはいえ、あまり嬉しい状況とはいえない。


「……ちょっといいですか?」


 史基の目を盗んで美弥子が寄ってきた。

「なんですか?」

「例の魔術戦闘についてですが……。どうしてピンポイントで狙撃できたんです?」

「気付いていましたか」

 証拠が残らないように、締里は【地】属性の弾丸を使用した。固定姿勢での射撃ならば、亜音速かつ弾道が重力に影響されない一直線で、かつ美弥子と同属性なので着弾時の消音まで可能、という魔術なので、観衆でも外部からの狙撃に気が付いた者はごく一部のはずだった。

 観衆のほとんどは、噛まれる寸前に統護が攻撃して牙を折ったと解釈したはずだ。むろん、自由落下中にそんな芸当は不可能である。

 だが、視覚系や解析系の魔術で観測すれば話は別だ。ハイスピードカメラで録画されても、気が付かれるだろう。

「センセを舐めないでください。絶対に歯が折られないタイミングで咬みにいきましたから」

「インチキしたって怒っています?」

「いいえ。。それに直接、センセ自身が狙撃対象になったのならば、《グランド・フォートレス》が自動で防御するように設定しています。――あの程度は些事なんです。

「でしょうね」

 戦闘系魔術師ソーサラーは【基本形態】を立ち上げる際、必ず狙撃に対する防御を固めている。

 統護もあの『土の要塞』が、デフォルトのパラメータ設定において、高度な対狙撃性能をもっている程度は予想できていた。術者を中心に展開し、かつ高速移動が困難な形態ならば、狙撃手にとっては格好の的だからだ。

 突破できたのは締里の狙撃魔術が、美弥子の防御設定と強度を突破したからに他ならない。

 おそらく締里でなければ、困難な芸当だったろう。


「狙撃が問題ではなく、問題はどうして貴方は、あの狙撃がを?」


 作り出せたのか、と美弥子が口にする前に、統護は答えていた。

「そりゃ、先生が銃撃が苦手だからですよ」

「――」

 別に誇るでもなしに、統護は種明かしする。

「あんだけ銃口を出して、あれだけランダムに弾をばらまくって事は、細かい狙撃なんて無理っていっているのと同じです。しかも万が一の事故を避ける為に頭部から下、一応は足下を狙っていた。だから俺は遠慮なく大ジャンプできた。空から落ちてくる相手を精確に狙い撃つのは先生にはできないと分かってたから」

「運頼みで一斉掃射される可能性は?」

「先生は運頼みなんてしませんよ。狙い付けないで運悪く頭に当たったら洒落にならないし。よって間違いなく、触手かハサミのようなモノで俺を掴まえにくるって計算できた。後は相棒のアシスト待ちで先生の懐に侵入すればいい。おそらく先生自身も奥の手を用意していたのでしょうが、あの衆人環視の前で、かつ模擬戦で、さらに俺相手に勝てる確率を考えると、素直に倒されてくれるかな、と」

 統護は肩を竦めた。

 最後まで聞き終えた美弥子が、頬を染めて快心の笑顔になる。


「センセの完敗です。だから今朝の演習は――二百点満点をあげちゃいますっ!!」


         …


 掃除を終えた統護は、淡雪とアリーシアと合流して帰路についた。

 淡雪も【光の里】まで付いてくるという。

 どこかで楯四万姉弟も見張っているはずである。

 アリーシアは憔悴しきっていた。締里から戦闘訓練を行う旨は知らされていたので、疲労については心配していないが、この状態で、最後の仕上げ手前まで仕込みは済ませてあるとはいえ、夕飯を用意できるのだろうかと危惧した。

 特に問題なく【光の里】に着いた。

 統護は安堵する。ファン王国の事態からすると、いつ何時なんどき、誰がアリーシアに接触を試みてもおかしくはない。

「……なんだ?」

 統護は訝しむ。庭で、数名の小学生達が楽しげに戯れている。

 その中心には――メイド服の少女がいた。

 笑顔を咲かせる子供達とは対照的に、メイド少女は人形のように無表情であった。しかし、そんな彼女に子供達は不思議と懐いていた。

 さながら飼い主に構ってと必死にちょっかいをかける子猫たち、といった風景であった。

 淡雪が表情を引き締める。


「彼女は……ルシア・A・吹雪野ふぶきのです」


 その名を統護は記憶していた。淡雪から教えられた最重要人物の一人だ。

 堂桜財閥の技術部門の中枢である超天才児――堂桜どうおう那々呼ななこの護衛兼世話係。そして特殊部隊【ブラッディ・キャット】の若き隊長でもある、通称 《アイスドール》。

「彼女がどうして此処ここに?」

 統護達の帰宅に気が付いたルシアは、子供達を振り払うと、歩み寄ってきた。

 ちなみに邪険に扱われたはずの子供達は満足げに孤児院へと戻っていく。

 やや均整が取れすぎた感がある、その整った麗容に、統護は意識を吸い取られそうになった。

 美しい。淡雪とアリーシア、そして締里も特級の美少女といえるが、ルシアの美貌はそういった次元ではない。まるで計算尽くで『美という黄金比』を体現している様だ。そう。美貌を追及した人形めいている。

 会釈も機械的で、正確に三十度の角度が保たれているように見える。


「お初にお目に掛かります、堂桜統護」


 その挨拶に、統護だけではなく、淡雪さえも表情を強ばらせた。

 統護は無理に微笑んだ。

「いや。何度か会った事があるはずだ」

「そうでしたか。それは失礼いたしました」

 ルシアは謝罪したが、まったく感情がこもっておらずに、表情も動かない。

 淡雪がルシアに質問する。

「貴女は此処ここでなにをしているのです? 主人である堂桜どうおう那々呼ななこの護衛任務は?」

「ネコですか? アレの世話なら【ブラッディ・キャット】に任せております。とはいっても屋外からの監視ですけど。いざとなればワタシ自ら駆けつけますが」

 ルシアはフリル付きのエプロンのポケットからタブレットPCを取り出し、立ち上げた。

 2Dモードのモニタ画面には、ネコ耳をつけた少女――那々呼が映っている。

 それを統護の眼前にもってくる。

「これがワタシの飼っているネコです。この通り、問題ない状況です」

『にぁ~~~~ん♪』

 那々呼が画面に頬ずりしてきた。

「WEBカメラによってネコにもこちらの状況が見えているんですよ。もっとも衛星カメラからも覗いているでしょうけど」

 統護は顔を顰めた。淡雪から情報としては聞いていたが、……確かにこれは狂っている。

 ルシアは淡々と続ける。

「本日、こうして出向いたのはネコからの伝言があったからです」

「伝言だと?」

「ええ。ネコの言葉をニホン語に変換できるのはワタシだけですので。どうやらネコは貴方がお気に入りのようで」

 モニタの中では、那々呼が嬉しそうに鳴いている。

 統護はどうにか愛想笑いを返した。


「多層宗教連合体――【エルメ・サイア】をご存じですよね?」


 統護は頷く。多数の宗教団体の裏組織が手を組んでいる、世界的な魔術テロ集団だ。宗教や教義はもはや建前に過ぎず、ただ世界を浄化しようと暗躍している。設立が確認されたのは、最古で約二十年前。その二十年間で勢力は拡大の一途だ。

「いわば、現在の魔術の在り方が気に入らないって世界に難癖つけているヤバイ奴等だ」

 しかしテロの為には、容赦なく魔術を使用してくる。そういった連中であった。


「その【エルメ・サイア】の幹部の一人、『コードネーム持ち』がニホンに入国している、との情報を確認しました。間違いなく若い女性です」


 統護は軽く肩を竦めた。

「それを俺に云って?」

「用心して下さい。ネコの専門はあくまで技術研究であり諜報ではありません。しかし、その幹部は堂桜本家に何らかの要求をしてくる可能性がある、という情報までは確認できました。あるいは堂桜財閥に対してのテロか」

「堂桜の守備はそんなに脆くはないだろう」

 なにしろ世界中から標的にされている。

 そして堂桜グループ直下の警備会社――【堂桜セキュリティ・サービス】は超一流だ。

「通常の国際テロ組織ならば。けれども【エルメ・サイア】の幹部クラスとなれば、間違いなく【エレメントマスター】レヴェルでしょう。状況によっては単騎でも脅威かと」

「今までは?」

「国を挙げて防衛していましたから。しかし今回、初めて極秘という形で入国を許してしまいました。こうなると政府側も上手く機能しないでしょう。非公開の国家特務機関もこの状態でどこまで対抗できるか。足並みが揃わずに、間違いなく後手に回り続けるでしょう」

 つまり国にとっては未曾有かつ想定外の状態という事だ。

「わかった」

「これが最速での情報です。以降、堂桜側としても特殊防衛体制に入りますが、お二人にはアリーシア姫の護衛任務がありますので、その体制からは外れる事になるでしょう」

 二重の意味で試されるのか、と統護は覚悟を新たにした。

 淡雪が不快そうに言った。

「情報には感謝します。しかし仮にも堂桜の関係者を主人として敬うどころか、他人の目の前でペット扱いするというのは、どういった了見でしょうか」

 その静かな声色には、怒りが滲んでいた。

「主人……ですか」

 ルシアが視線をあげ、考える仕草をする。

 淡雪は顔をしかめた。

「仮にも自主的にメイドの格好をしておいて、何を今更……」

「そうですね。実は、。ワタシはメイド。ならば仕えるべき主人が必須。そうでなければメイドとはいえない」

「だからその主人こそが――」

 口角を飛ばす勢いの淡雪を押し退け、ルシアは統護に迫った。

 あまりの近さに統護が固まる。彫刻のようなルシアの美しさに我を忘れてしまいそうだ。

 ルシアは囁いた。

「堂桜統護。貴方はワタシが倒して最強を証明する相手――、そして……」

 統護の頬をそっと左右から包み込み。

 ルシアは統護に唇を重ねた。

 その濃厚なキスシーンに、淡雪とアリーシアはポカンとなる。

 何が起こっているのか理解できなかった統護も、唇が離れるまでされるがままだった。


「貴方をワタシのご主人様にします、統護」


 そう宣言すると、ルシアは再び唖然となっている統護にキスする。

「あぁあああああああ~~ッ!! と、統護!」

「な、なんて真似を! お兄様になんて真似を~~ぉ!!」

 淡雪とアリーシアの悲鳴が夕焼け空に轟いた。

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