2-3 ―エージェント―

         3


 血の気の引いた白い顔色で、アリーシアが後ずさった。

 そんな彼女を淡雪あわゆきは背中に庇う。

 統護とうごは二人に向き合った。

「それで? 何の用だよ、たてよんまん姉弟さん」

 統護の挑発に、弟の羽狩はかりが頬を痙攣させた。

 姉の締里しまりが舌打ちし、弟を注意する。

「羽狩、お願いだからいちいち挑発に乗らないで。それから堂桜どうおう兄、私達はタテシマ姉弟だからと一応は訂正を入れておくわ。ついでに姉とか弟とかで区別されたくないから、私は締里と呼んで」

「じゃあ、俺の事も統護でいいぞ。一年生」

「分かったわ、統護」

「……」

 してやったり、と締里は満足げに微笑んだ。見た目が可愛いだけに皮肉が増している。

 静かだが凄みのある声で淡雪が言った。

「先輩であるお兄様を呼び捨てとは、流石に命令を無視して独断暴走するだけありますね」

「おぉ~~い、淡雪。お前も喧嘩売るなって」

「申し訳ありません、お兄様」

 締里は羽狩の後ろ頭に右手を当てると、弟の頭を前倒ししながら深々と腰を折った。

「この通り、謝罪するわ」

 締里は「アンタも!」と横目で弟に命じる。

 羽狩は渋々と小声で「悪かったよ」と姉に続いた。

 唖然となるアリーシアに、統護が説明する。


「コイツ等の正体は、アリーシアの護衛だ」


 ファン王国の王室直属特殊部隊から直接派遣されている日系のエージェント魔術師。それが楯四万たてしま姉弟の正体だ。

「護衛って襲ってきたじゃない!」

 憤慨したアリーシアが楯四万姉弟を指さした。

 締里は伏し目になって弁解する。

「大変申し訳ありませんでした。けれど御身の安全を確保する為に、ご同行ねがったのは任務でありました。本気で傷付けるつもりはありませんでした。少しだけ貴女様の技量を知りたくなってしまって、出来心であんな愚行に及んでしまいました。今では未熟だった己を心底から反省しております」

 機械的で、まるで心のこもっていない棒読み台詞だ。明らかに見下している。

「つーか、本気で殺すつもりなら十秒要らないし。ちょっと脅す程度の予定だったんだ。そしたら大人しく付いて来てくれるかな~~、なんて。色々と面倒なんですよ、お姫様のお立場は」

 ばつが悪そうな楯四万姉弟の弁明に、アリーシアは納得いかない顔になる。

 統護はアリーシアに言った。

「許してやれとは言わないけど、この二人、上司にガッツリ絞られたみたいだから」

 この件に関しての謝罪も堂桜本家にきていた。

 代償として、アリーシアの身柄確保の主導権を堂桜家に委ねさせたのだ。

 楯四万姉弟が大目玉を食らったのは想像に難くない。

「俺と淡雪については、昨日の件は水に流す。だからとっとと先に行ってくれ」

 一緒に登校するつもりはない。

 それに同じ護衛ならば、傍で護る自分と遠くから護る楯四万姉弟に別れた方が合理的だ。

 素直に従い、楯四万姉弟は統護達から先行しようとした。

「待って!」

 姉弟の背に、アリーシアが声をかけた。

 呼び止められた二人は振り返る。

「許してあげる代わりに――条件が一つあるわ」

 羽狩は顔を顰めたが、締里は表情を変えずにビジネスライクな口調で言った。

「何でしょうか、姫様。断っておきますが守秘義務があります。貴女様の出自につきましてはご当人に対しても喋ることは禁じられております」

 その台詞に、統護は辛うじてポーカーフェイスを維持した。

 ミスったな締里、と心中で嗤う。彼女の言葉から、つまり楯四万姉弟もアリーシアの出自を知らされている事が判った。二人はファン王国側からそれだけ評価されているのだろう。

 思えば、姉弟だけの護衛任務だ。相当に優秀でなければ任されないはずだ。

 今後は上手く協力体制を築けられれば、儲けものだ。

 アリーシアは頷いた。

「それは分かってる。私が貴女達に頼みたいのは。戦闘技術を教えて欲しいの」


         …


 統護とアリーシアが一緒に教室に入ると、長身の男子――証野あかしの史基ふみきが詰め寄ってきた。

 現在、二年生で主席の生徒だ。

「テメエ! 統護ぉ」

 蜥蜴とかげと揶揄される神経質そうな顔が、怒りと興奮で沸騰していた。

 体型は統護と同等だが、身長と骨格が一回り大きいので、接近すると統護は見下ろされる。

「な、なんだよ」

 烈火のような史基の怒りに、統護は一歩引いた。精神的にはもっと引いていた。

 統護よりも頭一つ大柄な史基は、統護の胸ぐらを乱暴に掴んだ。

「掃除当番を投げ出して帰りやがって!」

「あ」

 すっかり忘れていた。

 淡雪からのメールを受けると、そのまま教室を飛び出していたのだ。

 原因を察したアリーシアは統護を庇うように前に出て、史基に頭を下げる。

「ごめんなさい。昨日の件は私のせいだから統護を責めないで欲しいの」

「統護、だと?」

 史基が顔色を変えた。

 遠巻きから見ているクラスメート達の数人が「よけいな真似を」という顔になる。

 アリーシアは統護の胸ぐらを掴む史基の手を、やんわりと解く。

「だから暴力は止めてよ。私が代わりに次の掃除当番の時に一人でやるから」

姫皇路ひめおうじには関係ない話だ。俺は統護と話をしている」

 面倒な展開になったな、と統護は顔をしかめる。

「いいよアリーシア。実際に非があるのは俺の方だ。次の掃除当番、俺が一人でやるからそれで勘弁してくれないか、証野」

「おい。女の前だからっていい顔するじゃねえか」

「じゃあ、どうすりゃ納得するんだ」

 史基はアリーシアを見て、引き攣った笑顔になる。

 アリーシアはアリーシアで不満げな顔をして、史基を睨み付けていた。


「土下座しろ。それで許してやる」


 教室中が凍りついた。

 統護は肩を竦めて即答する。

「断るよ。非は認める。昨日は済まなかった。あとアリーシアは関係ない。事情すら説明しなかった俺が悪いんだからな。だから掃除は一人でやろう。けれど土下座は――拒否だよ」

 史基が統護の胸元へ手を伸ばす。

 今度はされるがままではなく、統護はその手を掴んで後ろ手にねじり上げた。

 合気の応用だ。

(しまった……っ!)

 つい反射的にやってしまった。身に染みた習慣とは恐ろしいものである。

 片手で軽々と史基を制した光景に、教室中が固唾を飲んだ。

 唯一の例外が、クラス委員長の少女である。彼女は、統護がみせた流麗な動きに、眼光を鋭くしたが、すぐに文庫本へと視線を戻した。

 こうなると統護としても、下手で引き下がれない。意図して声を凄ませる。

「あまり舐めるなよ。大人しくする時とそうでない時の区別くらいはついている」

 元の世界で喧嘩や荒事に無縁だったのは『ぼっち』で空気だったからだ。

 母親からの近代ボクシングだけではなく、その気になれば、そこそこできる程度の心得は、として幼少時から父親に叩き込まれていた。実社会では役に立たない、つまらない芸当だが。

(いやな展開になったな。くそっ)

 もがくが史基は動けない。腕一本ねじられただけで、全身の動きを封じられていた。

「て、テメエ……」

「統護。ええと、どうするの?」

 構図が代わってアリーシアも困惑している。

 実は統護もこの後はノープランであった。

 教室中の視線が、とある生徒に映る。視線の束の先には、我関せずと読書している女子生徒が座っていた。先程、統護の動きを一瞥した少女である。二房のおさげが特徴な、いかにも地味目の文学少女だ。みなの視線に気が付いた文学少女――クラス委員長の累丘るいおかみみ架が、「仕方がない」と不愉快げに呟いて、椅子から腰を浮かせ、事態の収拾に動こうとした、その時。

 教室のドアが開いた。

 ビジネススーツに着られている御年二十八才の女の子、担任教師の琴宮ことみや美弥子みやこが入ってきた。

 彼女はすぐに異常を察して、統護に狼狽した声を飛ばす。

「な、なにをしているんですか!? 堂桜くん!」



 統護と史基、双方の言い分を聞いた上で、美弥子はひとつの提案をした。

「――いいでしょう。話し合いでは無理そうですので【魔術模擬戦】で決着をつけなさい」

 二人は承諾する。【魔術模擬戦】とは、文字通りに【魔導機術】の実技で行われる模擬戦である。職業【ソーサラー】を目指す魔術師候補生にとっては、必須かつ最重要な項目だ。

 本来ならば専用【DVISデヴァイス】の扱いに習熟した三年次からの授業であるが、美弥子は喧嘩を容認できる立場ではないので、こうして模擬戦で代替するしかなかった。

 敗者が、今週は一人で掃除当番を受け持つ、という条件である。


 いま、美弥子のクラスの生徒は全員、第一グラウンドへ出ていた。


 この第一グラウンドは土のグラウンドで、主に陸上競技用として使用されている。一周八百メートルの広大なグラウンドである。

 当事者二名以外は見学だ。

 この騒ぎを聞きつけて、他のクラスの生徒達も窓際に張り付いて注目していた。

 学校側もこのイベントの見学を特別に認めている。

 二学年だけではなく、三年の生徒も大勢注目している。生徒会長である東雲しののめ黎八れいやもその中の一人であった。

 学園関係者ならば、誰だって興味を引かれるだろう。

 かつて史上最年少の最高位到達を期待されたが、【DVIS】を操れなくなり、その道は閉ざされた。しかし反面、超人的な身体能力を得た元主席の堂桜統護が、現主席を相手にどういった魔術戦闘をみせるのか。

 史基は当然ながら距離をとって遠距離攻撃に専念してくるだろう。果たして身体能力だけの統護が、その展開をどう打破するのか。

 勝敗以上に、その点が焦点となっていた。

 美弥子が声を張り上げる。

「それでは! 今回は直接戦うのではなく、タイムアタック戦とします」

 タイムアタック戦? と、みなが首を傾げた。

 地面に手を置いた美弥子は「ACTアクト」と呟き、腕時計を兼ねている己の専用【DVIS】を起動させた。アナログ式だった時計盤のカバー面に、大量の英文がスクロールしていく。

 ずぅずずずずずず――……

 不気味な地響きが、地の底からもち上がってきた。

 地面から大量の土が隆起して、彼女を中心に、ある形状へと変化していく。


「――《グランド・フォートレス》」


 その【ワード】と同時に、美弥子の戦闘用魔術の【基本形態】が完成した。

 天井が空いた、前面に扇状にカーヴしながら展開されている分厚い壁であった。


【基本形態】のタイプとしては、【ゴーレム】や『使い魔』使役型の亜種にカテゴリされる。


 術者である美弥子を囲う『土の要塞』――の威容に、見学者が感嘆の吐息を洩らした。

 美弥子が得意とする属性は――五大エレメントの【地】だ。

 彼女が授業中に放つ名物 《チョーク・バレット》も、この【地】属性をアレンジしている。だたし【基本形態】を介さない単一魔術としてアレンジされているので、実戦では使用に耐えられない。単純に注意として威嚇発射するだけの魔術だったりする。

「なるほど。どちらが先に先生を倒すかを競うんですね」

 不敵な統護の言葉に、美弥子は苦笑した。

「あらあら。魔術を喪っても自信は失ってないんですねぇ。センセだって教師として生徒に負けるわけにはいかないんですけど。違いますよ。センセが直接戦うのではありません」

 自信……か。統護は初めて自覚する。

 喧嘩や試合に興味はない、と元の世界では不戦を貫いてきたが、逆の見方をすれば、戦えば勝てるからと、無意識下で相手を見下していたのかも知れない。

 けれど、この魔導世界――【イグニアス】では、そういうワケにはいかないのだ。

「だったら?」

「正解は……これです」

 美弥子は全面に展開している『土の要塞』に手を触れた。

 そして【ワード】を唱える。


「――《クレイ・ウォーリアー》」


 壁面の一部から土で構成された兵士が二体、切り取られるように出現した。

 人型のディテールは省略されているが、おおまかなフォルムはさながら鬼のようだ。

 いわゆる【ゴーレム】の一種である。

 円楯と園月刀を構えた兵士を制御しながら、美弥子は宣言した。

「二人には、この《クレイ・ウォーリアー》を倒すまでの時間を競ってもらいます」

 これならば魔術を使用できない統護にもハンデなしの闘いになるはずだ、と美弥子は目論んでいた。

 二人の生徒は揃って物足りなさそうな顔になる。

 それも織り込み済みであった美弥子は、意地悪い表情を作った。

「センセも、この学園の魔導教師として高位の【ソーサラー】に認定されていますが、最高位である【エレメントマスター】には届きません」

 しかし、と美弥子は二つの拳大のチップを翳して見せた。

 これは【AMPアンプ】――『アクセラレート・マジック・ピース』と呼ばれる補助機器だ。

「注目です。センセが特注している専用【AMP】です。一個五十万円もするんですよ。これを使えばセンセの魔術も最高位に匹敵するレヴェルになります」

 それぞれを《クレイ・ウォーリアー》の背中に投げつけた。

 チップが背中に埋まっていき、《クレイ・ウォーリアー》が劇的にパワーアップする。

 身体が二回り膨れあがり、さらに武装もランクアップした。

 口元を引き締め、統護は警戒する。

 史基は戦慄しているが、闘志も上がっている。

「ちなみに外見の変化だけではなく、魔術式AIによって自律思考しますからねっ♪」

 ゴーレム制御による負荷から解放され、美弥子はにこやかに告げる。

「――あ。そうそう忘れてました。は引き分けです。その場合はみんなに『喧嘩して御免なさい』って謝った上で、一ヶ月間ふたりで仲良く掃除当番ですよ」

 そんな条件を付け加えた。

 童顔なので愛くるしい笑顔だが、目が本気で据わっている。

 生意気な生徒二名の天狗の鼻を叩き折る――最初から美弥子は、喧嘩両成敗として二人とも叩き潰す算段だった。

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