1-6 ―孤児院―

         6


 子供達の元気満点の『ハッピーバースディ』が、やや不揃いな合唱で響いた。

 孤児院【光の里】の食堂は、折り紙製の鎖やちり紙製のバラなどで飾り付けられている。

 素朴だが温かい手作り会場だ。

 現在在籍している三十二名の孤児だけではなく、この孤児院から巣立ったOBとOGも十三名が駆けつけていた。

 対して、大人の在籍者は園長である扶桑ふそう琴生ことみただ一人である。

 大人とはいっても、まだ二十三才の若さであった。彼女も【光の里】出身で、前園長が高齢で勇退した後任を買って出た。薄給どころか無給で無休に近い仕事の為に、他になり手がいなかったのだ。

 会場の中心には、主賓である児童が嬉しそうに立っている。

 みなが楽しそうにしている様子を、琴生は一歩引いた位置――壁際で、微笑ましそうに眺めていた。

「お疲れ様です、コトミ園長」

 輪から外れて裏方に徹していた琴生に、もう一人の裏方が紙コップを差し出した。

「ありがと。アリーシア」

 琴生はアリーシアと紙コップの縁を軽くぶつけ合った。中身はオレンジジュースだ。

「飾り付け、大変だったんじゃないですか?」

「そっちこそ。御免なさいね。あたしがちゃんと料理できれば、アリーシア一人に負担を掛けなくて済むのに」

「ううん。私が好きでやっている事だから」

「そう言ってもらえると助かるわ」

 今の【光の里】にプロの調理人を呼ぶ予算はない。かといって、誰もが練習すれば、三十名を超える人数の料理を効率的に作れるようになるわえではない。事実として琴生だけではなく、年長組の何人かがチャレンジしたが、味と量と予算の三つをクリアできた者はいなかった。

 少ない予算で大勢の舌を楽しませる事ができるのは、此処ではアリーシアだけだ。

「コトミ園長こそ、疲れているように見えるけど」

「心配なし。平常運転よ」

 ガッツポーズを作ってみせる琴生。

 しかし琴生の笑顔を見ても、アリーシアは笑顔を返せなかった。

 アリーシアの目から見て、琴生は顔色が優れていない。また少し痩せたのかもしれない。

 寄付を募る営業活動もあまり実を結んでいないのは、アリーシアにも分かる。

 二人が並べば、アリーシアの方が年長に見える。琴生は小柄で、やり手のキャリアウーマンとは正反対の印象の女性だ。田舎の純朴なお姉さん、という外見なのだ。それ故に、営業活動に回っても、よく相手方に軽く見られてしまう。

「――それより」

 と、琴生は年少組の中で、艶やかにニホン民族舞踊を披露している少女に視線をやった。

 複雑そうな表情になった琴生は、アリーシアに言う。

「貴女がお友達をここに連れて来る、なんて初めてじゃない?」

 踊っている少女――堂桜どうおう淡雪あわゆきの姿に、アリーシアは困ったような笑みを作った。

 人気を集めている妹とは対照的に、兄の統護とうごは居心地が悪そうにOBやOGの相手役をしていた。

 アリーシアにくっついてきた兄妹は、ケーキ作りも手伝ってくれた。

 けれども、まだ統護との間はギクシャクしたままだ。

「どういう心境の変化?」

「たまたま、ですよ。たまたま彼等が孤児院っていうか、庶民の誕生会に興味を示したから、ちょっと借りがあったから招待しただけです」

「堂桜財閥……か」

「それに会社からだけではなく、堂桜一族個人からも寄付してもらっていますし、心象を悪くするわけにはいかないでしょう?」

 とはいえ、この孤児院だけでみると大した金額ではない。堂桜財閥はニホンという国だけではなく、世界規模で様々な慈善事業や寄付活動を行っている。当然ながら末端ともいえる私設運用に近い一つの孤児院まで、大きな予算は回ってこない。

「でも、よかったです」

 アリーシアは胸を撫で下ろした。

「なにが?」

「みんなが堂桜さん達を受け入れてくれて」

 在籍孤児が外部の友人を【光の里】に連れて来る事は、禁止されていない。

 しかし、年間で数えるほどしか外部からの友人は訪れない。それが、世間からの孤児院への評判と、孤児達の閉鎖性を物語っていた。

 琴生は意地悪そうに訊いた。

「――で、やっぱりあの男子って、アリーシアの彼氏なわけ?」

「ち、違いますよッ!」

 アリーシアは真っ赤になって否定する。

 そんな分かりやすい反応に、琴生はクスクスと楽しそうに笑みを零した。


         …


 庭に面したベランダ近くの壁際。

 ようやく子供達から解放された淡雪に、統護は紙皿に載せたケーキを差し出した。

 四分の一に切られたイチゴが乗ったカップケーキだ。

「お疲れさん。大人気だったな」

 ねぎらいの言葉に、淡雪は頬を綻ばせる。

「お兄様も」

「俺は逃げ回っていたよ」

 天井を見上げ、統護はばつが悪そうに頬を掻いた。

 異世界に転生したからやり直すといっても、そう上手く社交的には振る舞えない。元の世界で経験していた学校祭でも、身の置き場に困っていた。今日もOBやOGの人達に気を遣わせてしまった。

 兄の雰囲気を察してか、淡雪が話題を変えてきた。

「わたし、こういった催しは初めてですから、色々と勉強になりましたし、楽しかったです」

「それは俺もだよ」

「元の世界ではお誕生会の経験は?」

「残念だけどウチは無かったんだ、そういうの」

 統護は苦笑で誤魔化した。

 だから小学生の頃、友達の誕生会に呼ばれると嬉しかったというよりも、羨ましかった。

 そして気が付けば――友達そのものがいなくなっていた。

 中学生になった頃には、友人同士で誕生会という名目で遊びにいく連中も多かったが、統護はそういったイベントとは無縁だった。

 唯一の例外は、密かに好意を寄せていた幼馴染みであったが、彼女も二年前に違う世界に旅立ってしまっていた。異世界ではなく他界――つまり鬼籍きせきに入っていた。

 この異世界に来る直前にも、走馬燈で久方ぶりに彼女を思い出したが、果たしてこの【イグニアス】世界に彼女は存在しているのだろうか? 共通して存在している者も何人か発見している反面、淡雪をはじめとして元の世界には存在してなかった者も多い。

 堂桜一族だけでも大人数なので確認し切れていない状況だが、淡雪に調べてもらえれば、幼馴染み――比良栄ひらさか優季ゆうきが存在しているか否か、確認できるかもしれない。

(いや)

 統護は首を横に振る。たとえ優季がこの異世界に存在していたとしても、元の世界で事故死した彼女と同一ではないのだ……。いまさら会ってどうしようっていうんだ。

 思考に耽っていた統護に、淡雪が気まずそうに声をかける。

「――お兄様?」

「あ」と、統護は我に返った。

「悪い悪い。ちょっとセンチ入っていた」

 淡雪は気まずそうに俯いた。

 統護は淡雪の肩に優しく手を置く。

「気を遣わなくていいって。それよりケーキ食えよ。俺さ、この年になってまた誕生会を経験できて、良かったって思っているんだぜ」

 淡雪はケーキを食べ始めた。

「美味いだろ?」

 味そのものは素人作以外の何物でもない。淡雪ならば、超一流パティシエ製のケーキの味が標準のはずだ。けれど、これは自分達が手伝ったケーキだ。

 美味しいです、と淡雪は笑顔になった。

 統護は子供達といるアリーシアを見て思う。

 この場所を護ってあげられずに、

「……だったら逃げるわけにはいかないな」

 会話を怖がっている場合じゃない。

 その呟きは淡雪にも聞こえないほど小さかったが、強かった。


         …


 夜になった。

 生憎と、月や星が拝めない曇天である。

 アリーシアは旅行バッグとキャリーケースに必要最低限の荷物を押し込むと、書き置きを残して、【光の里】の門を出た。荷物を省くために学園の制服を着ている。

 誰にも気が付かれなかったはずだ。

 最後に振り返って、【光の里】を目に焼き付ける。目尻の涙を乱暴に拭った。

「サヨナラ、みんな」

 何者かに狙われている身で、もう此処にはいられなかった。もしも孤児院の家族に被害が及ぶ事になれば、アリーシアは自分を許せない。


「――よっ。こんな時間に制服着て何処どこいくんだ?」


 気さくな声に、アリーシアは目を丸くする。

 パンパンに膨らんだリュックサックを肩に掛けた統護が、遠くから歩いて来ていた。

 彼も学園の制服を着ている。

「堂桜くんこそ、なんで?」

 つい声に険が含まれる。逆恨みに近いと分かっていても感情を抑えられない。

 誕生日会に来た時、忘れ物でもしたのだろうか。

 まだ少し距離があり、灯りが乏しいので統護の表情までは見えない。

「どうやら勘当されちまったみたいだから、当面の間、【光の里】で世話になろうかと。園長さんには話は通してある。……で、姫皇路ひめおうじさんは?」

「私は……、堂桜家の屋敷とかで住み込みの仕事アルバイトを探そうかと。家政婦でもメイドでも何でもやる覚悟だから。私をマークしているんだったら、その方がそっちも都合がいいでしょ?」

 投げやりに言った。

「そんな簡単な事情でもないんだけどな」

「じゃあ、どんな事情なのか詳しく教えなさいよ」

「できない。お前が何も知らずに、事態が収束して元の鞘に収まればそれがベストだと、関係者の誰もが思っている。なによりも真実を知ったら、お前は本当に【光の里】に帰れなくなるかもしれない」

「――ッ」

 再びアリーシアの瞳に涙が溢れる。必死に下唇を噛んだ。

 彼は自分を【光の里】に居られるようにしようと、そう決めているのだ。

 声が近づいてくる。もうすぐそこだ。

 アリーシアは統護の顔から視線を逃す。

「だから暫定的なボディガードとして、俺が【光の里】に住み込むよ。加えていうが俺は保険だからな。状況としてお前が危惧している孤児院への被害は、まず出ないだろう」

「それを信じろっていうの?」

「信じなくていい。当の俺も実は信じていない。こうして独断で押しかける程度には」

 統護は真っ直ぐに歩いてくる。

 門前ですれ違い際に、前を向いたままの統護は言う。

「姫皇路さんが俺たち兄妹に嫌悪感を抱いているのは理解できる。でも、少しだけ時間をくれないか。俺たち兄妹は、必ず姫皇路さんを守り通すから――」

 その台詞は、震えて揺れていた。

 統護はアリーシアを通り過ぎ、孤児院の敷地内へと進んでいく。

「~~ッ!」

 いったいなにを意固地になっていたんだろうか。これでは自分がバカみたいだ。

 アリーシアは涙と泣き顔を振り払って、統護の背を追った。


「待ちなさいって! ちゃんと先輩である私が【光の里】のルールを教えてあげるから」


 笑顔になっていた。

 信じてみよう、とアリーシアは思う。

 かつての統護とか、護衛対象云々なんて関係なく――今この時の堂桜統護を。

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